第3話 不機嫌な魔導研究者の旅立ち(2)
まず、男騎士二人を村の集会所へ連れていき、もう一度神術を用いて治療し、後は村医者に任せた。それからそのまま集会所で話すわけにもいかず、ジーンとラフィアは神術を用いた女性の家へ行った。
その女性の名前はシーラスというらしい。
「で、騎士がたった三人で何の用だ?」
そのシーラスの家で食事を取っていた。ジーンはいつも、このシーラスの家でご飯を食べているのだ。
「魔導研究会とティーファッド騎士団両方からの依頼です。魔導研究員首席、ジーン・ケルメス・ゴラッド殿」
「あ?ラフィアだっけ?そんなの俺聞いてねーけど?電話も電報も受け取ってねーし、依頼状とかも家に届いてなかったはずだが?」
どうでもいいという風にジーンは熱々のチーズグラタンをスプーンで頬張っていた。バケットにも手を伸ばし、グラタンを乗せて食べるということもしていた。
シーラスは我関せずといったままサラダを口に運んでいた。ジーンの要件には一切口を出さないというスタンスなのだろう。
「今日、我々がお持ちいたしましたので……」
「事前連絡なしとか、バカじゃねーの?」
ラフィアのこめかみに青筋が浮かんでいた。
それもそうだろう。
いくら失態があったとはいえ、ラフィアは組織の末端なのだ。上のミスを被るのも部下の仕事だが、ここまで悪態をつかれるのはどうなのだろうか。
「それは確かにこちらのミスです。ですが、訪問した者を自動で排除しようとする魔導を仕掛けるのはどうなのでしょうか?」
「それぐらいしねーとアブねーんだよ。俺の肩書きは何だ?」
「……魔導研究員首席、ですよね?」
「それで察することができねーのかって言ってるんだよ」
そう言われても理解はできない。魔導研究員の中で、一番頭が良く権威を持っているということだろうか。
「……時間切れ。ま、つまりだ。俺が一番魔導に詳しく、一番力があるってことだ」
「それはつまり」
「狙われやすいんだよ。だから自衛してるだけだ。っていうか、引っかからない方法を魔導研究会ならわかってる。お前ら、信用されてねーんじゃねーの?」
呆れたように、ジーンは食べ終わって役目もなくなったスプーンをくるくると回していた。
あれが自衛のレベルなのか。
騎士でなかったら、死んでいるレベルだ。魔物ですら十体近く屠れる威力。それを自衛で片付けるのか。
「……ジーン君、お行儀が悪い」
「ああ、すいません」
シーラスによる指摘でジーンはスプーンを回すのをやめる。ジーンは十代後半、シーラスは二十代半ば。年上の言うことはきちんと聞くのだろう。
「少し口を挟ませていただきますね?あなたたちがどう思っているのかわかりませんけど、ジーン君の魔導は世界一ですよ?アスナーシャ教会の導師と戦っても勝てるでしょうね」
「あの、それは相性の問題では?魔導は傷付ける力。神術は祝福の力。攻撃に優れた魔導と守り、癒すことに優れた神術。それに加えてアース・ゼロによる魔導の強化。もしも力量が同じでも、相性の関係で魔導士は勝つでしょう」
「ふむ。なるほど。それが道理かもしれませんね」
そこからシーラスは口を挟まなかった。もう話すべきことは終わったのだろう。
「で?任務って何だ?魔導研究会からの依頼状あるんだろ?」
「はい」
荷物の中から一枚の書類を出す。それをジーンは強引に奪い、中身に目を通す。そして数秒すると、紙を伏せて呆れた。
「バッカじゃねーの?これ、管轄違いだろ。原因不明の病気が街に蔓延?そんなの、神術士様の出番じゃねーのか?」
「すでにアスナーシャ教会は動いています。それでも解決が望めないため、あなたにこの依頼が届いたのです」
「魔導による病気の蔓延?……病気はあくまで自然現象だ。そこから人体に影響を及ぼす……。やっぱり管轄違いだな」
「街の中心には暴走した魔導士がいるようですが?」
「……」
そんなことは依頼状を見ればわかる。住民が自ら街の中心である建物に拘束しているという。
これを、ジーンは作為的だと考える。
(何故街の中心にその悪厄ともとれる存在を捕らえる?街の詳細地図もなしにどう判断しろと……。これは決めつけだ。暴走した魔導士が原因?そもそも暴走って何だ?何故暴走なら暴れずにそのまま拘束されてる?)
今の状況だけで判断できることをまとめるが、この依頼状の内容がわからない。正式な依頼状であるのはわかるが、内容は信じられない。
「暴走、か。……」
「どうかされたので?」
「お前らの任務って何?もしかして俺の護衛とかか?」
「え、はい。西のデルファウスまでの護衛、かつ調査報告のために首都へ来ていただく必要がありますので、その時まで護衛です」
「いらない」
その否定をラフィアは予想していなかった。これは騎士団本部で決定されたことだ。つまり、拒否権はない。そもそも護衛対象が拒否をするなど、前代未聞だ。
「……えっと、あの。どういうことですか?」
「俺一人で行くから、首都に帰っていいぞ」
「そうはいきません!先輩方はここで療養してもらいますが、自分だけでも護衛いたします!」
「迷惑。一人で余裕だから」
ジーンはいつも首都に用事がある時は一人で行く。馬車に乗って、魔物に会ったら一人で倒す。それで今まで問題はなかったのだ。今回も問題はないだろう。そう踏んでの回答だった。
「ですが、こちらにも立場というものがあります!」
「そこは何とかしろよ。俺、複数での旅とかしたことないからやだ」
「そんな我が儘言われましても!」
「シーラスさん、これ我が儘ですかねえ?」
「充分我が儘ですよ」
食べ終わった食器を洗いながらシーラスは笑って答えた。そう言われてもジーンは納得しない。
いつも通りなのに我が儘とはどういうことか。
手順を踏んでいないのは騎士団の方なのに、何故自分が悪いように言われなければならないのか。
騎士団にはそこそこの恩もあるので、それでこの仕打ちということに少し引っかかっていたが言葉にはしない。
「護衛をつけてもらいなさい。それがその人たちの仕事なのだから」
「いや、でも……。俺の予定が狂うというか」
「じゃあ、少しだけ助言ね?そんな人、気にしなければいいじゃない」
「なっ⁉」
「なるほど。さすがシーラスさん。そうか……。いないものと考えればいいのか」
シーラスの考えに二人は全く別の反応を示した。馬鹿にされたラフィアは顔が真っ赤であり、ジーンは何度もうなずいて納得までしていた。
ジーンにとっては、まさに鶴の一声だろう。
「シーラスさん、あなたは天才か!」
「あなたの方が頭良いじゃない」
「いやいや、その発想はなかった。なら俺の予定も狂わない……。ああ、パーフェクトだ!」
「全部、経費は騎士団持ちでしょう?好き勝手できるわ。いつも泊まらないような高級ホテルとか、食べない料理とか何でもすればいいのよ」
「くっ……。反論の余地がない!むしろ利益まである⁉あなたが神か!」
「神術士であるのは認めますけど、神様はアスナーシャ様ですよ」
「そうだった。じゃあ俺はプルート・ヴェルバーに感謝しよう」
そうして二人は神に祈るように目を閉じ、胸に手を当てていた。プルートは魔導の祖であり神様ではないはずだが、ジーンは祈っていた。
「二人だけで納得しないでください!護衛に納得してくれたのはありがたいですが、せめて普通の人としての接し方とか……」
「普通の接し方って?」
「村の皆と接してる風でいいんじゃないかしら?」
「それは無理だ。村の皆とこいつは違う」
「あー、確かに」
それは特別な接し方だったとシーラスは思ったが口にしなかった。この村はジーンにとって「特別」なのだ。
「じゃあ、首都のお知り合いは?」
「なるほど?研究会の奴らと接するようにすればいいのか。つまり会話は右から左だな?」
「それ、さっきと変わってないですよ!」
「首都の知り合いなんて、基本会話成立しねーし、会話そのものをしねーけど?」
それが首都での普通の接し方。
極端なのだ。特別大事にするか、深く関わらない。その二極しかジーンの中には存在しなかった。
「な、何故?」
「価値がないから?」
「情報交換とか、研究員から得られるものもあるでしょう?」
「いや全く?だってあいつらが話す内容って大体知ってるし」
例えばこういう法則を見つけたとか、こういう魔導の術を発見したとか、こういう魔物がどこ地方にいたとか、そういうのをほぼジーンは知っている。
また、彼らが話す内容は、ジーンの研究内容とほぼ関係ない。魔導についてはほぼ全て理解している。むしろ知りたいことは神術だ。
魔導と対をなす神術。対をなすからこそ、研究するべきなのだ。
「ということで、お前はいないものとして扱おう。シーラスさん、今日もご飯美味しかったよ」
「それは良かった。じゃあこれ、明日の朝ご飯ね」
渡された袋に入っていたのは、銀ホイルに包まれたおにぎり。この村の郷土料理だ。炊いたお米を丸か三角の形に結んで、中に魚だったりお肉だったり、野菜の漬物を入れたりする。
「ありがとう。いつも助かる」
「お昼にはもう出発してるわよね?お昼ご飯は要らない?」
「そうですね。一応正式な依頼なので迅速に動かないと……。今はまだ魔導研究会から抜けるわけにはいかないので」
「そう。今日はもう休むの?」
「もう少し読書します。いくら時間があっても足りませんよ」
そう言ってジーンはシーラスの家から出ていく。これだけお世話になっても、シーラスの家でお風呂に入るわけでもなく、一緒に寝るわけでもない。
ましてやおやすみの挨拶もしない。それでも彼女はジーンにとって特別なのだ。
「騎士様は今日どちらに泊まられるのですか?」
「先輩方と同じ集会所を借りる予定でした。あと、騎士様はやめてください。私はまだ騎士になって日が浅いので。ラフィアとお呼びください。それにあなたの方が年上ですよね……?」
「そうですね。ではラフィアさんと。ちなみに私は二十五歳ですよ」
「私は二十二です。騎士になって二年目です」
ラフィアの予想は当たっていた。騎士の自分よりも落ち着いた様子を見てそう判断したのだが、それにしても目の前のシーラスは大人っぽい。
「今日はこちらに泊まっていかれては?いくら騎士とはいえ、男の方しかいない所で寝られるのはどうかと……」
「特に気にしたことはないのですが」
「ダメです。いくら騎士とは言えども、あなたは女性なんです。そういう部分を捨てるべきではありません」
もうシーラスの中では決定事項であった。それを覆せないと悟ったのか、ラフィアは諦めて小さく首肯した。
「わかりました。今夜はここでお世話になります。……シーラスさんは、そういった部分を捨てていないので?」
「それはもちろん。女性だからジーン君にあれだけできるのだと思いますよ?男友達、というのもいいでしょうけど」
「彼のこと、好きなんですか?」
単純な問い。
ここまで他人である異性に世話をやけるというのは、そういった感情があるからではないかと邪推した。そうでもないと納得できないのだ。
その問いに気を悪くした様子も見られず、シーラスは目を伏せながら頷いた。
「ええ。好きですよ。まあ、どちらかというと弟として、でしょうけど」
「弟としてなんですか?」
「そうじゃない想いもあるのかもしれないけど、私では彼の隣に立てないから。一緒に並ぶこともできない。手を取ってあげることもできない」
「手を……?あっ」
じっと自分の手を見ていたシーラスの表情を見て納得していた。シーラスは神術士で、ジーンは魔導士だ。
この二つがどうあっても相いれないのはとある現象が原因である。
エレスティ。
魔導と神術の間で起こるエネルギー現象。これは双方を傷付ける、魔導よりも危険な力だ。少しでも二つの力が干渉すればすぐに発生する。
魔導と神術そのものの激突でももちろん起こすが、魔導士と神術士が手を触れるだけでも発生する。これは身体そのものに魔導も神術も流れており、身体の周りに薄い膜を張っているかのように力が巡っているのだ。
お互いを傷付けてしまうなら、そもそも近寄らなければいい。これが魔導士と神術士の暗黙の了解なのだ。
全部理解した後、不躾な質問をしてしまったことを反省して、ラフィアは頭を下げていた。
「すみません……」
「いえいえ。ああは言いましたけど、ジーンは結構無茶しますので、目を離さないでくださいね?」
「はい、わかりました」
その後二人は一度先輩騎士たちの様子を見に行った後、風呂に入りそのまま就寝した。
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