第2話 不機嫌な魔導研究者の旅立ち(1)



 小さな村へ、一台の馬車が向かっていた。それは世界の二大兵力の一つである、ティーファッド騎士団が所有する馬車だった。

 乗っているのは三人。男の騎士が二人に、女の騎士が一人。男の騎士が操舵をし、あとの二人は会話をしていた。


「護衛に三人って少なくないですか?だって相手、魔導士なのですよね?」

「お前それ、どっちの意味だよ?魔導士だから色々な人から狙われて三人じゃ足りないのか、本人が魔導士という凶悪な人種だから三人で足りないのか」

「どっちもですかね。どっちにしろ面倒でしょう?魔導士なんて。……それに、嫌いです」

「任務に私情を挟むな。長い任務になるからな。我慢しろ」


 任務書を開いて今回の面倒な任務を確認する。

 今向かっている村に住んでいる魔導研究者に、とある魔導によって問題が起きている街の原因調査をしてもらい、その調査結果を首都へ報告してもらうために首都まで護衛するというものだ。

 帰りは知らないという少し可哀想な依頼だが、魔導士に対する扱いとしては相応だろう。

 彼女たちは首都から勅命を受けてある村へ向かっている。正直憂鬱なのだ。できるなら魔導士とは関わり合いたくない。

 そうは言っても任務は任務だ。

 夕方になるとようやく目的のラーストン村に着き、馬車を馬小屋に預けて先輩である男の騎士たちは村長の家を尋ねて、目当ての家の場所を知り向かっていった。

 大きな木の近くにある二階建ての一軒家。近くに家など建っておらず、孤立しているように見受けられた。そこに一人で住んでいるということだった。


「一人で住んでいるのですか?魔導士だから?」

「いやいや。彼の希望だよ。我々は一緒に住もうと言っているのですが、どうしても聞いてくれなくて」

「彼はどういう人間なのです?やはり凶暴ですか?」

「まさか。村の皆と仲が良いですよ。たまに魔物と戦ってくれますし」

「へえ」


 思わず感心してしまった。今回の魔導士は比較的まともな部類なのかもしれない。

 魔物。

 魔導を扱う獣の総称だ。これを退治するのもティーファッド騎士団の活動の一つだ。

 魔導を扱う、とは言うが、ほとんど使ってこない。むしろ自前の爪や牙で襲ってくることの方が多い。ティーファッド騎士団はむしろ、魔導を使われる前に倒せを至上としている軍隊だ。


「彼が魔導研究員首席とは聞いていますが、お会いしたことがないんですよ。そういった学会には出席しませんし、首都から遠いラーストンこの村に住んでいますし」

「でしょうねえ。彼はここを気に入っているようで、首都に住むつもりはないって」

「よほどこの村が好きなのですね」


 そう世間話をしていると、何か思い出したのか村長は女騎士に一つ尋ねた。


「そういえば騎士様は何用で来られたんですか?」

「西のデルファウスという街で魔導による事件が起こっていまして。その解決にご助力願おうと」

「なるほど。ちなみに事前に連絡はしましたか?」

「は?……いえ。任務書を持ってきたのは今日ですし、魔導研究協会からの依頼状も一緒に今日持ってきましたので……」


 そう答えると村長は額に手を当てて嘆息していた。その意味がわからず女騎士は首を傾げていたが、次の瞬間その意味がわかった。

 突如として大爆発が起こり、その余波が二人の所まで届いていた。

 その余波だけで周りの家を揺らし、よく地割れや建物・木などの倒壊がなかったものだと思う程だ。見ると魔導研究員の家の前で爆発は起きており、火の粉が今も辺り一面に舞っていた。

 このせいで、一瞬でもまともだと思ってしまった自分を女騎士は恥じていた。


「な、何ですか、あの大爆発⁉まさか、魔物が……!」

「いやいや。あれが彼の自動発動型魔導だよ。もう夕刻だし、大丈夫かとも思ったけど」

「自動発動型⁉あの規模を、詠唱もなしに何かに反応して発動するようにしてたってことですか!」


 十年前のアース・ゼロから魔導士の力は増幅したとはいえ、今やってみせた魔導は優秀な魔導士でも四詠唱は必要なものだ。

 四詠唱は約一分。それだけ詠唱をしつつ詠唱陣を維持しつつ、それでようやく発動するものだ。

 それをある条件を設定して、特定の魔導を瞬時に発動させるなどどれだけの力量があればできるのか想像もつかない。


「あ、先輩方!」


 あの爆発を受けて、平気なはずがない。むしろ生きているのかすら疑問だ。

 急いで家の前へと駆け抜けると、すでに神術士と思われる女性が神術を用いて治療をしていた。


「あの、先輩方は平気でしょうか……?」

「ええ。火傷がひどいですが、鎧のおかげで何とか。さすがですね。対魔導用の金属で作られた鎧でなければどうなっていたことか……」


 治療が終わったのか、女性は神術を解いて、件の魔導研究員の家の扉をリズムよく三度叩いた。

 すると扉が開き、紫色の少し伸びたストレート髪、それにこの世を嫌悪しているような曇り切った群青色の瞳をした十代後半くらいの少年が出てきた。


「あーと、ご飯の時間じゃなくて、誰かが発動させたってことですよね?生きてます?」

「ええ、生きていますよ。ティーファッド騎士団の方々だったみたい」


 それが魔導研究員首席であるジーン・ケルメス・ゴラッドとティーファッド騎士団の女騎士、金色の長髪に紅い瞳をしたラフィア・F・コウラスの初めての出会いだった。



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