第2話

 例の女の子との初会話から数日、俺は彼女と連絡先を交換することに成功した。

「また、ラノベの話、しましょうね」

 そう言って彼女は楽しそうに微笑んだ。

 彼女はやはり色々な種類のラノベを読んでいるようで、らの担の俺ともよく趣味があった。だから、彼女と話すことは単純に楽しかった。それに言うまでもなく、女友達などできたことがない身からすれば、自分と楽しそうにお喋りしてくれる女の子に好意を抱かないはずがない。我ながら男というのは、本当にちょろい。

 だが、彼女と交流を深めていくにつれて、俺の中の疑惑は深まっていく。

 彼女の正体は、本山らのなのではないだろうか?

 会話をし、直接声を聞くようになってから、俺の中の迷いは増していく。彼女の声はらのちゃんの声と同じであるようにも聞こえるし、あるいはまったく別人の声であるようにも聞こえる。聴けば聴くほど、判断がつかなくなっていく。まるで、霧立ち込める森の中に迷い混んでしまったような気分だった。

 ――確かめたい。

 もはや、この一件に白黒つけずにいるという選択肢は、俺の中にはなかった。問題はその方法だけだった。

 一番簡単な方法は彼女に正直に尋ねること。

「おまえは本山らのなのか?」

 そう尋ねれば、答えは出るだろう。

 だが、彼女が正直に答えるとは限らない。Vチューバーの中の人というのは、基本的に極秘情報。一般にオープンにされることはありえない。信頼する身内ならともかく、ここ数日で初めて会話を交わすようになったような相手に正体を明かすとは思えない。向こうからすれば、俺が自分の正体を吹聴しないとは限らないのだから。

「………………」

 本人の意思いかんに関わらず、彼女が本山らのであるかどうかを判別する方法が一つだけある。

 もちろん、確実な方法ではない。向こうが俺が探りを入れていると悟ってしまえば、簡単に回避できる方法だし、向こうが無警戒であったとしても、偶然に回避される可能性も高い方法だ。

 だが、仮に失敗したとしてもリスクはそこまで大きくはない……はずだ。多少、迷惑をかけてしまうかもしれないが、なんとか許される範囲ではあると思う。

 要はあとは、その方法を自分が実行する覚悟があるのかどうか。問題はその一点に尽きる。

 そこまで考えて、俺はようやく気がつく。

 仮に彼女の正体が本山らのであったとして、それを暴いて俺は何をしたいのだろう。

 単なる好奇心なのか……それとも……。

 俺が結論を出せないまま、次のバーチャル読書会は始まった。


「こんばんらのー。今日も始まりましたバーチャル読書会。本日は、『無限の出会いとさよならと』の作者、香川七月先生にお越しいただいています」

 直前まで迷い続けた結果、俺は例の計画を実行することに決めた。

 計画とは、非常に単純だ。

 それはこと。

 これでもし彼女が俺と通話できたなら、彼女が本山らのという説は崩れることになる。バーチャル読書会は生放送。一人の人物が二人の人間相手に同時に喋るのは、不可能だからだ。

 もちろん、彼女が本山らのと別人であったとしても偶然、通話が繋がらないという可能性は高い。俺は今日、彼女に連絡するとは伝えていないからだ。先にバーチャル読書会の時間に合わせて、通話したいという旨を伝えれば、仮に彼女が本山らのであった場合、俺が彼女を探っているということを勘繰られてしまうかもしれない。ゆえに俺はアポなしで彼女に連絡を取ることにした。

 通話がつながらない可能性は高い。だが、もし、今、彼女と通話することが出来たならーー

「あれ? 香川先生……? おかしいですね、マイクトラブルでしょうか……みなさま、少々お待ちを……」

 繋がれ……!

 俺は手に持ったスマートフォンに念じる。

 そのとき、ふと気がつく。

(俺は通話が通じてほしいと思っている……?)

 実際に計画を実行して初めて気がつく。

(つまり、俺はあの子が本山らのであって欲しくないのか……?)

 そんなことを考えた直後だった。

「えっと、もしもし……中川くんですか……?」

 ——つながった。

 俺はすぐにパソコンの画面を確認する。

「みなさん、すいません……もう少しだけお待ちを……」

 画面の向こうではらのちゃんがゲスト作家と通話できず、あたふたしている。

 つまり――

(この子は、本山らのではなかったんだ……)

 その事実が判明した瞬間に、俺の中に生まれた感情は――

 だけど、それを整理する前に今の俺にはやるべきことがある。

「ごめん、間違ってかけちゃったみたいだ」

「ああ……そうだったんですね……」

 どことなく落胆した調子の声。

 俺は言う。

「だけど、話したいことはたくさんあるんだ」

「え……?」

「だから、また通話してもいいかな……?」

 電話越しの相手の顔は見えない。だから、黙りこまれてしまうと、彼女が一体どんな表情をしているのか、こちらからは解らない。

 だけど――

「はい! いつでも電話してください! 待ってますから!」

 彼女の声だけで、俺は彼女の表情をありありと想像することができた。

 ——本山らのではなく、彼女の表情を。

 俺は、彼女にらのちゃんの影を見ていた。だから、今、この瞬間まで、彼女自身を本当の意味で見たことがなかった。

 でも、これからはらのちゃんではなく、彼女自身と向き合おう。

 俺はそう決めた。

 電話越しの彼女が言う。

「あ、別に今からお話してもいいですよ。見たい放送はあったんですけど、まだトラブルで始まらないみたいですし」

「ごめん、俺からかけといて難だけど、今から用事があるんだ」

 俺のわがままの時間はここで終わりだ。

 ここから先は、もう一人の自分の時間。

「そうですか……何の用事があるんですか?」

 俺は言う。

「ちょっと、


「も、もしもし……」

「あ、香川先生ですか?」

「あ、は、はい。そうです。すいません……マイクがおかしかったみたいで」

「そうだっだんですね。いやあ、繋がってくれてよかったです。私一人になってしまったらどうしようかと思っていました……」

「ご、ごめんなさい……」

「いえ、気にしないでください。では、改めて紹介させていただきます。『無限の出会いとさよならと』の作者、香川七月先生です!」


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