第5話 新しい生活

「ほらあんた、早くして! もう」


 はいはい、わかりました。

 

 そう言いながら私は、家族の荷物の入ったキャリーバッグを雨に濡れながら家に運んだ。

 一家でキャンプに行ったのだが、突然の大雨で急遽引き返してきたのだった。

 平日は会社で奴隷、休日は家で奴隷。まだ平日の方がいいかな、そんなことを思いながら今、私は家族3人で過ごしている。



 美沙恵と離婚してしばらく、私の生活はかなり荒廃していた。

 何も手につかず、駅のホームでは危うくふら、っと線路に飛び込みそうになることすらあった。

 しかし、私は美沙恵とある約束をした。

 別れてもお互い幸せになれるよう、新たな道を探そう、と。

 自分が辛い思いをしていたら、勇気を出して離れてくれた美沙恵にも申し訳ない、そう思って私はなんとか前に一歩踏み出すことができた。

 そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのが、今の妻である。

 

 最初はそれなりに優しく、私の悩みも聞いてくれたのがきっかけで、結婚することにした。しばらくは話も弾み、気も合う間柄だったのだが、子どもが生まれ生活が忙しくなり始めると生活は一変した。私への愛は完全に消え失せ、今の私は妻にとっての奴隷そのものへと変貌を遂げたのだ。


「ふう、疲れた。あんた、コーヒーいれて」

「はいはい、えーと、豆は……」

「今日の天気なら豆はキリマンジャロに決まってるだろうが! ほんっとに役ただずね、あんたってやつは——」


 はい、すみません……。

 そう言いながら、私は美沙恵のことを思い出していた。


 美沙恵がいたら。 

 だまって、はい、と差し出してくれたあのコーヒー……。でもきっとあれは夢だったんだ、そう思わなければやってられない。

 私は自分の中に鬱積し続けるフラストレーションと戦う日々を過ごしていた。



 しかし、私だってやられっぱなしではない。

 今私はとある活動に精を出している。


 この「明るい」パートナー交換制度、撲滅運動だ。

 私同様に苦しんだ仲間で集まり、この制度を合法的に廃止するために活動している。

 時々集まり、どうすれば法改正を出来るのか、弁護士を交えて意見交換を行っている。つい先日代議士の方ともコンタクトが取れた。一歩ずつ前に進んでいるのだ。

 

 ふう、と一通りの家事が終わりソファにくつろぐと、私はソファの下に隠してある会報を取り出した。これは撲滅運動のメンバーが作った冊子だ。これを読むのが数少ない私の楽しみとなっている。


 そこには同志のこの運動への熱い思いとともに、この制度による悲惨な現状が綴られている。

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