DAY2 美しさ
彼女の住処には僕が知っているだけでもテレビが3台はある。客間に一つ。ガレージ、つまり部屋ではないところに一つ。彼女の個室のいづれかの部屋に一つ。いづれかというのも彼女はよく家具を移動させるので今どの部屋にあるのか、と聞かれても僕にはわからないからだ。彼女は部屋に入らずテレビをみているときにこう言った。
「美しくない。このテレビ番組は美しくない。」
こういうときは彼女の独り言として見て見ぬ振りならぬ聞いて聞かぬ振りをするべきだったのかもしれないが、ちょうど僕も暇を持て余していたところなので聞いてみることにした。ちなみに、彼女の見ている番組のタイトルは“地球と生命の誕生”というものらしかった。
「テレビの画質の話か?」
彼女の所有するテレビはかなり高いと思われるような物なので大きさも画質も申し分ないと思うが、僕はテレビで“美しくない”というのは画質ぐらいしか思い当たるものがなかった。
「確かにカメラを通しているのだから実際に目で見るものよりは画質は落ちているだろう。というよりも最近は画質が良くなりすぎて実際には見えないものまで見えるようになっている。確かにこれは美しくないと言えるだろう。うまいことを言うじゃないか。」
もちろん僕がそこまで考えているわけもない。そもそもテレビの話で美しくないと言われて、画質以外に思い当たるものがある人はほぼいないだろう。いたとしたらそれは希だ。その人の脳は希少部位だ。こんな風に僕の頭の中で脱線事故が起きかけていると彼女は続きを語り出した。
「でもね、さっき僕が言ったのはそれとは違うんだ。もっと内容的、構成的な話さ。」
テレビの形状がダメとか言いださなくて良かった。彼女なら言いかねないと思っていた僕はほんの少しだけ安心しつつこの話で結局彼女が何を言いたいのかわからない僕は気をぬくことは許されない。
「テレビジョンじゃなくて番組の方ってことか? テレビ番組に美しいとか美しくないってあるのか?」
彼女は軽く笑いながら、君が何を考えていたか何となくわかった気がするよ、と言ってから話を続けた。
「少なくとも僕はあると思っているよ。時間内に終わるか、疑問が残らないか、内容や情報が間違っていないかとかね。」
なるほど。そんなものがあるのかどうかは知らないが、完全なテレビ番組を美しいとするならば、美しくない理由というのはそういうところなのだろう。
「それで?その番組のどこが美しくないんだ?」
誰が見てもそう思っただろう、彼女はそう前置きをして、
「どのようにして地球が、そして人類が誕生したのかというところの説明があまり具体的ではないんだ。根本的な疑問が残るよ。」
彼女と長らく時間を共にしてきた僕でないとわからないぐらいに彼女は頬を膨らませた。
「悪いのはそのテレビ番組でもディレクターでもプロデューサーでも企画制作会社でもないと思うぞ。」
悪いのは誰か。そこにもともと存在しない責任をなすりつけられるとしたら学者や研究者なのだろうが彼らにとってもいい迷惑だろう。とにかく、もともと存在しない責任なので彼女の言っていることは八つ当たりもいいところなのだが。
「その辺りの説明が具体的で無いのは、未だ解明されていないからだと思うぞ。」
その僕の言葉に、彼女は何も返さなかった。エクスクラメーションマーク以外は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます