DAY1 猫

 この世の中、何かが起こるのには必ず原因があるわけで、それは何であれ例外ではないわけである。僕の周りの不思議にも原因はあり、それの半分くらいは彼女であるのだろう。


 今日もそのようだった。


 彼女はガレージというか倉庫というか、そんなところに住んでいる。しかしながらそう思っているのはその住処の外見か、せめてシャッターの空いているところから中を見てだけの人だろう。そのガレージのような倉庫のようなところは正面のシャッターが開いているところからでは確認できないところにいくつかの扉があり個室へと繋がっている。その部屋部屋の自由度は高く誰でも入れる彼女の個室に誰も招かれない客室、個人所有にしては少し多すぎる量の本が収納された図書室。未だ見ぬ隠し階段まであるというのだから驚きだ。もちろん僕はこの彼女の住処を隈なく探検したわけでもないので隠し階段を見たことがないのは隠してあるのだし当然と言えるだろう。

 僕は、彼女のところにと思って彼女の個室の一つを訪れた。僕は彼女を見て少しジト目気味になっていたことだろう。

「お前、何してるんだ?」

 僕が彼女に発した第一声は他の何でもなくそれだった。

「君は僕の何について“何してる? ”と聞いたんだい?」

 僕の質問の意味はこの状況、少なくとも僕の視点から同じものを見ていれば誰にでも分かるものであろうし、質問の対象とされている彼女にとっても理解はたやすいものだろう。彼女のその行動が無意識でなければ、もしくは当たり前と思っていなければ。

「お前のことだ。僕の言わんとしていることぐらい分かるだろう?」

 僕は彼女が変わっていることは知っているし、それと同じくらいに彼女が聡明であり、一般に言う賢い人間に分類されるであろうことも重々承知している。

「人間、特に他人というのは予想外の行動や発言をするものだからね。確認しておくに越したことはないと思うよ。それで? 君は僕に何と聞いたのかな?」

 彼女はこういう言葉遊びが好きなのだ。反論しずらいところである。予想外の行動や発言、か。会話が噛み合わなかったり、取り越し苦労をしたりするのはそういうところから来るものなのかもな。

「じゃあもっと具体的に言い直そう。何でお前は回転椅子の上に乗って2時間も回り続けているんだ?」

 反論してもまた上手く切り返されそうなので僕は会話を進めることにした。何故、2時間という具体的な時間を知っているのか、ということは聞かないで頂きたい。

「何でって、僕は人間なんだよ?」

「誰が何処からどう見てもお前は人間だろうよ。」

「そりゃそうさ。僕は人間なのだから。僕のことを見て僕のことを人間、つまりホモ・サピエンスとは違う生物名を挙げる人が居たら、その人は即座に病院へ行って、精密検査してもらう必要があるだろう。でもね、この場合は違う、そういうことじゃないんだ。もっと内面的な話だよ。」

 外見ではなく、内面の話。

「それは性格とか習慣とかの話か?」

 彼女は右手首を一度顔の高さほど上げて胸のあたりまで下ろしながら人差し指を僕の頭の少し上あたりを指すぐらいの角度に向けて止める。あとの指は閉じている。簡単に言うと彼女はリズムをつけて僕の頭の上を人差し指で指した。

「似ているけれど少し違うかな。人間という生き物はたまに無意味な行動をしたくなる、ということさ。」

 それは、そうなのかもしれない。僕には思い当たることが無いわけではない。しかし、

「それは人間だけとは限らないんじゃないか?」

 彼女は手を下ろして、

「それはそうかもしれないね。でも、僕は人間以外の生命体になった記憶なんてないからわからないよ。そして僕は、人間だけとは言っていないしね。」

 そうだった。彼女はこういうところは細かいのだった。“人間以外の生命体になったことはない”ではなく“人間以外の生命体になった記憶はない”と言ったように。だが、今大事なのはそこではない。

「ということは、お前は意味もなく2時間も回っていたのか?」

 僕の質問に明確な答えを提示せず、彼女は、

「君が来たから、もう止めたよ。」

 と言った。

「僕が来たから?」

「そう。猫っていうのは気まぐれな生き物なのさ。 にゃんにゃん♪」

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