第20話 一夜明けて
モーターが動くような音が灯台の中を低く響き渡り、柱がゆっくりと回り始めた。レンズは埃をざらざらと落としながら、激しく瞬き、真っ白な閃光を海原に突き刺した。
「動いた…」
ハルキが思わず声に出し、ナギサの方を向く。
光の帯が顔に当たるたび、目を見開いてただひたすらに、静かに涙を流すナギサが居た。
「ハルキー!ナギサー!」
リコの甲高い呼び声に、2人は今感じている揺れが只事ではないことに気づいた。石壁が段々と崩れだしている。急いで階段を駆け下りて、外へと向かう。
「届いたかな」
「きっと、届いてるよ」
ナギサを迎え、フユは優しく微笑んだ。
「ナギサ、ドアが歪んでる。開けるの手伝え」
崩れゆく灯台を死に物狂いで脱出した。瓦礫がバラバラと降り注ぐ中、ナギサは上空に瞬く光が消えてゆくのを見た。
…
目が覚めると、ナギサは自分の部屋のベッドに横になっていた。窓枠に付いた雨水が日光にきらきらと反射して、眩しい。
飛び起きて倒れ込むように一階へ行くと、そこにはいつも見慣れた光景があった。
「ナギサ、おはよう。今日は遅いな」
「じいちゃん…」
思わず目が潤み、どこか恥ずかしくて、ナギサは咄嗟に背中を向けた。
「…ご飯作るの忘れてた」
「作っといたよ、食べな」
「…ん。」
それからソウヘイから色んな話を聞いた。
荒れた海で途方に暮れていたところを、灯台の光で助かったこと。漁師たちは全員無事であること。灯台の一部始終を見た大人たちが駆けつけ、倒れている4人を見つけたこと。山道の土砂も、みんなが撤去してくれたこと。ハルキもリコもフユ姐も、怪我をしているが、大した怪我ではないことや、魚は越冬に問題ない程度に獲れたが、停電は未だ復旧せず、天気も安定しないことなど、いつも通り2人でご飯を食べながら、淡々と話してくれた。
「あれを動かせるなんざ、凄えなあ。どこで習ったんだ?」
「…知り合い」
あの屋敷での出来事は、話してもきっと信じてくれないだろう。頭を打って夢でも見たんだと言われるのが関の山だ。
「それと…ペンダント、壊しちゃった」
「はっ、別にいいさ。ま、あんな危険なことして無事だったんだから、お守りってのも本当かもなあ」
「うん…」
…
朝食を食べ終えると、ナギサは外へ出た。
植物の匂いがより一層強くなっており、地面はふやけてじゃりじゃりとしている。
昨晩の出来事を思い出すも、色々ありすぎて混乱する。とにかく、じいちゃんが無事に帰ってきた。それだけで十分だ。
山を降り、姉の眠っている墓の前に魚をお供えした。手を合わせていると、後ろから足音が聞こえた。
「ナギサ」
振り向くと、ハルキが立っていた。白い布の巻かれた腕をポケットに突っ込み、何か言いたげな様子で立っている。髪や服は風に煽られているのに、顔はこわばってぴくりとも動かない。
「何も、言わなくていいよ」
ナギサは山の方を指さした。寂れた灯台がそびえ立っているはずの方向には、ただ青々とした木々が生い茂っている。
「あれ、謝りに行ってくる」
…
「2人とも、顔をあげなさい」
村役場の応接間で、村長は2人に座るよう促し、まるで夫の職場に遊びにきた農村のお母さんのような格好で、籠に入った干し芋とお茶をテーブルの上に置いて話し始めた。
「あの灯台は、もともと取り壊す予定だったの。だから、かまわないわ。…ナギサくん。君があれを直さなかったら、もっと大変なことになってた。大人たちでも諦めかけてたのに、君は本当に勇敢で、賢くなったのね。みんなを代表して、お礼を言うわ。…でも、もう危ないことはしないでね。」
村長はあっけらかんとした声でそう言った。当然怒られると思っていたので、2人は拍子抜けした。
「村長からは以上!それと、フユといつも仲良くしてくれてありがとう。ハルキくんも、フユをいつも気にかけてくれてるものね。あの子には父親がいないし、私も忙しいから、フユがみんなと笑ってる姿を見れて、本当に嬉しいの。」
村長は満面の笑みで言った。フユにそっくりだ。線路も壊れて、嵐が来て、それどころではないだろうに。
「…フユ姐は?まだ家で休んでるのか?」
ハルキが心配そうにしている。フユは土砂に巻き込まれたのもあって、一際重い怪我を負っているはずだ。
「心配かけてごめんね。でも、大丈夫だよ。あの子は今、儀式の打ち合わせ行ってると思う」
「儀式…」
「ええ。気休めにしかならないけど、天候回復と村の復興を願って、軽くお祈りすることにしたのよ。フユが巫女に選ばれたの。明日の夜やるから、よかったら見においで」
ナギサの心に再び暗雲が立ち込めた。明日は満月だ。100年目の呪い…生贄の巫女…リコの話を思い出す。あれは、気休めでは済まないかもしれない。
役場を出てからは、海へ走り出した。
「お、ナギサ!もう大丈夫なのかい?」
フユ姐は港にいた。綺麗な着物を着ている。顔には丁寧に化粧が施されており、すこしうきうきとしている。
「似合う?」
いつもなら、その姿に見惚れてしまうのに、まるで彼女が、あの娘のように屋敷に囚われてしまうのではないかと思うとゾッとする。
「儀式は…ダメだ」
「は?何を言ってんだ?」
ハルキとはが後ろから付いてきて、顔をしかめた。
「そういうのは、信じないんじゃなかったの?」
フユの着物の陰からリコが出てきて言った。軽いとは言っていたが、リコは厳かな神具を抱き抱えている。神社の手伝いをしているのだろう。
「100年の呪いは…本当にあるんだ。あの灯台の崖の下に、むかし海の社があったんだ。」
「ちょっと…怖がらせないでよ〜」
フユは袖をバタバタと振ってナギサを叩いた。その手には包帯が巻かれている。明るい表情とは対照的に、からっ風が強く吹き始め、青い冬空を不穏に見せている。
「本当だよ。あの灯台をなぜ直せたか。それは、俺があの夜、屋敷で…海の社で出会った人に設計図を見せて…もらって…その人は、灯台を…」
ナギサの声がだんだんと小さくなってゆく。
何を言っているんだ。こんなこと、誰も信じてくれる訳がないのに。自分でも、おかしなことを言っているとわかっている。でも、灯台を動かせたとはいえ、こんなよそから来た子どもには、この村では何の説得力もないし、何の決定権も無いことは、わかりきっている。
「大丈夫!儀式って言っても、パフォーマンスみたいな感じだって、お母さん言ってたし。村を少しでも元気にできればって。だから、心配しないで。みんな、絶対見に来てね!」
フユはいつも通り、元気にそう言って、準備するからどいたどいた、と2人を追い払った。
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