第15話 禍ツ神の後悔

 それから数日の間、ナギサは社で時が経つのを大人しく待った。宴では毎日様々な催しが開かれており、それをぼんやりと見、飽きると部屋に戻るを繰り返した。宴の食事に手をつける気にはなれなかったが、昼にシキがお結びを持ってきてくれるので平気だった。


 現世への扉が開く2日前の昼、シキと屋敷の中を散策していると、突然騒々しい話し声が聞こえた。声のする部屋の前へ行き、中を除いた。部屋の中心には娘が座っており、それを十数の人のようなものが取り囲んでいた。娘の目の前には、一際図体のでかい、ソウヘイの歳くらいの風格ある男がすわっている。


「あれは?」


 シキの方を振りかえると、シキの顔は後悔に青ざめていた。どうやら、娘は神々に叱責されているようだった。


「…なぜ、未だ捕まえられないのか?」


「貴様、何か隠しているのではないか?」


「使えない神だ、こんな無能に力を与えたのが間違いだった」


 周りの神たちの心無い言葉を、娘は凛として静かに聞いていた。そのあまりにも惨い様子に、ナギサは思わず部屋の中へ入ろうとした。しかし、シキの強い制止によって思いとどまった。

 どうやら自分のことで娘が酷い目にあっているのだと、ナギサはショックを受けた。


 ナギサは中庭の縁側に座って物思いに耽った。

 自分のせいで娘は神としての権限を失いつつある。生者を故意に見逃していることがバレたら、彼女はいったいどうなってしまうのだろうか。


 そして灯台の設計図に目を落とした。

 灯台の仕組みはとても複雑で、所々聞いたことのない物質の名前が書かれている。しかし普段からガラクタをいじっていたので、どこを直すべきかは何となくわかるような気がした。

 ふと、設計図の端に名前が書いてあることに気づいた。


「コ…ハル…?」


「禍ツ神の人間だった頃の名前だよ。」


 突然、背後から声がした。振り返るとウミヘビが立っている。驚いたナギサは勢いよく立ち上がって足を踏み外し、中庭に転げ落ちた。


「な…祖霊殿!」


 シキが現れたのを手で制し、ウミヘビはナギサに手を伸ばす。初めて出会った時のようにどこか含みのある表情を浮かべているウミヘビは、金輪際関わるべき神ではないと思っていた。


「祖霊殿、いや、君は…何に成りたくてここに来た?」


「え?」


「大丈夫、取って食いやせんから、教えておくれ」


 そう言ってウミヘビは力強くナギサを引っ張り起こした。ナギサは警戒して距離を置いたが、全く悪意のない表情に変わったウミヘビを見て、そっと自分の顔に着いている面をめくり外した。シキはぞっとした。人間であることを晒すということが、如何に残酷な結果をもたらすのか見てきたからである。


「俺は…何者でもない。ただの人間だ。ここに来た理由もわからない。でも、じいちゃんを…大切な人を助けるために、生きることを諦めきれないでいる。」

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