第14話 会いたい
娘の部屋に戻る途中、大きな中庭に面した縁側へ出た。中心には大きな池があり、頭上には透明な天井があるかのように海が広がっている。池の近くにはボロ切れを纏った人間が数人、向かいの部屋に向かって列を成している。
ナギサがその奇妙な光景に釘付けになっていると、シキが口を開いた。
「死んでここに導かれた霊魂だ。死んだ人間は最初あそこにやってくるのだ」
それを聞いてナギサはすぐに彼らの顔を見た。見知らぬ顔ばかりだ。良かった、とナギサは安堵した。
「あいつらは今からここで100年、ただじっと生まれ変わりの時を待ち続けるんだな」
「…100年、って、死んだ人間は全員そうなのか」
「悪霊以外は、な。精霊は100年かけて祖霊となり、一年に一度の宴で新たな身体に宿る。」
「…姉ちゃん」
ナギサは立ち上がって走り出した。なぜ気づかなかったのか。この屋敷の中に、姉ちゃんがいる。もう一度会いたい。会って話したい。謝りたい。
「待て!危険だ!」
シキがナギサの肩を掴んで冷静になれ、と言った。
「社はお前の村より遥かに大きい。一体いくつの霊魂が存在すると思ってる?やめておけ、貴様の姉上は見つからない。」
「少しでいいんだ、声をかけるだけでも…」
「だめだ!結界の外は危険だ。社の神様たちはお前のことを探し回ってるんだぞ。死んだ人間がやってくるあの場所とは違うところから現れたことは今まで一度も無かったからだ。見つかれば死ぬ。最悪魂すら喰われて消えてしまうんだぞ」
「それでもいい…」
シキは呆れたというふうに手を離した。
ナギサは姉のことで頭がいっぱいだった。
「姉ちゃんは、俺のせいで死んだ。海に落ちて、溺れた俺を助けようとして…姉ちゃんはただ一人の家族なんだ。幼い頃二人で村に捨てられて、姉ちゃんは身体の弱い俺のために村中の仕事を手伝って食わせてくれた。姉ちゃんは俺にいつも優しくて、愛想が良いから村の人たちにも愛されていた。姉ちゃんは死ぬべきじゃなかった。俺が死ぬべきだった。俺は何もできない穀潰しだ。俺が死んで、姉ちゃんが生きていたら村もじいちゃんもこんなことにならなかった筈だ。」
シキは黙ってナギサの話を聞いていた。
ナギサは頭を抱えた。姉が死んでから今日までの事を思い出して嫌悪感を抱いた。ずっと後悔し、ずっと何もしない日々。
目眩。姉のことを思い出すたび、思い悩むたびに何度も苦しめられてきた。だからいつしか変わることを諦めたのだ。
「臆病者」
「マガツカミ様…」
シキの視線の先に、娘が立っていた。娘はナギサに歩み寄った。
「目的を忘れるな。さもなくばまた後悔することになるぞ。」
そう言って娘はナギサに書物を手渡した。
書物には丁寧な文字がびっしりと並んでおり、絡繰の図が描かれている。
「灯台の…設計図…」
「やはり詳しいのだな」
娘は端正な顔をナギサに近づけた。青い光をたたえた真剣な瞳は真っ直ぐで、まるで姉を思い出すようだった。娘は人差し指をナギサの胸に突き当てると、呪文のようなものを唱えた。すると途端に目眩が収まった。
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