第11話 宴の場

「…とは言ったものの、少し離れぬか。」


「その通りだ、みっともないぞ無礼者!マガツカミ様のお召し物が乱れてしまう。他の神様の前でそのようなお姿を晒させるつもりか?」


 歪な形の何かや、大小さまざまな人間や青白い靄が徘徊する屋敷で、ナギサは娘にしがみついて歩いていた。


「…ナギサ、恐れるな。この仮面をつけている限り、よほど無作法を働かなければ正体を知られまい。祖霊は穏やかな者ばかりだが、神とは言葉を交わすな。目的を忘れずに堂々としていろ。」


「ああ…ごめん。これじゃあ逆に怪しいよな」


 辺りを見回す。質素な着物を来た少年少女はシキ、ナギサと同じような札を顔に貼った者たちは祖霊とのことだ。そして神々は普段は滅多に姿を現さない。

 吹き抜けを見下ろすと、料理が用意された広間があった。そこにも様々な形の祖霊が居た。


「お前の見た大男は、祖霊だな。なぜ神の真似事をしてお前を喰らおうとしたのかは謎だが…」


「おやおや、こんなところで何をしているのかい?禍ツ神」


 突然、後ろから声がした。娘はその声に顔を硬らせ、シキはナギサを引っ張り跪かせた。ナギサは娘の袖の隙間から、声の主を覗いた。蛇のような顔立ちの男だ。濃い紫の着物からは蛇が数匹這い出ている。


 神というのはどれも顔が整っているものなのだろうか、とナギサは思った。すると俯いているシキがナギサの袖を引っ張り、見てはならない、と小声で言った。


「祖霊が迷っておったのだ。同郷の殿方で歳も近いもので、つい長話を」


「へぇ、御贔屓かい。こりゃまた随分と若くてみずみずしい身体でいらっしゃるなぁ」


 神は娘を嘲るように言った。視線を感じる。品定めをするような視線だ。


「私が選ぶ立ち所ではない事、知っておるだろう。ウミヘビ、お主こそ何をしておるのだ?」


「知らぬか。人間の子どもが迷い込んできたのだ。さぞ美味かろうと探しておるのさ。お前は身体を喰ふことがないから関心無かろう」


 心臓がバクバクと鳴っている。ナギサは俯いて身体の震えを抑えるのに必死だった。


「そんな事をしていては、宴に遅れてしまうぞ」


「はは…言うようになったな。お前こそ散々渋っておったくせに。さて、そろそろ戻るとするかい。祖霊殿はシキに任せておけば良い。」


 ウミヘビという神の足元から、藍色の蛇が三匹こちらにやってきた。ナギサが顔を上げると、蛇は一人の少女へと姿を変えた。


「待て、私の付き人も従わせろ。面倒なことになってしまうのは良くない。シキ」


「承知。祖霊殿、お立ちください。」


 そう言ってシキはナギサの腕を掴んだ。ナギサは立ち上がって娘の方を向いた。娘の言葉を代弁するように、シキが安心しろ、と呟いた。


 大広間に着くと、天女のような美しい女性が従えられているお膳に案内された。天女はナギサを大袈裟な笑顔で迎え、酒を注いだ。


「水にすり替えておいた。食事はうつし世のものと変わらないが、無理に食べなくていいぞ。宴が終わったら迎えに来るから、大人しく待機していろ」


 シキが耳元で囁き、消えた。

 しばらくぼーっとしていると、広間だんだんと騒がしくなっていき、巫女たちが目の前で舞を始めた。

 何人かの祖霊が通りかかり、お辞儀をして行く奇妙な様子をしばらく見ていたナギサだったが、やがて眠気が瞼を重くするのを煩わしく思うようになった。


 ナギサはゆっくりと立ち上がった。この騒がしさが風呂上がりの身体をより微睡みに誘う。からくりのように決まった動きしか見せなかった天女が慌ててついてこようとしたので、大丈夫です、と宥めて1人廊下へ出た。

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