第7話 おばけ灯台と不思議な屋敷

 おばけ灯台、幼い頃に姉と何度か訪れたことがある。数十年前に壊れて使えなくなった歴史ある石造りの灯台だ。ここの灯台のしくみは複雑でよくわからないという。動かせる職人が戦争でいなくなったのだ。

 ナギサは強い雨風に身体を何度も煽られながら何とか灯台の前にたどり着いた。カンテラの光に照らされた灯台の石壁には植物がびっしりとまとわりついている。姉と星を見にきた時は平気だったのに、今はそれがとても不気味に感じる。

 ナギサは扉に絡まっている雑草をナイフで雑に刈り取り、湿って重くなったそれを押し開けた。

 灯台の中は、ひんやりとしていた。

 石壁越しに聞こえる雨の音は、先程ナギサの身体を打っていたものとは程遠い、柔らかな音だ。時々どこからかカタカタと石か何かが揺れる音が聞こえる。

 ナギサはびしょ濡れの袖を絞って顔を拭い、カンテラを上に向かって照らした。壁に沿って階段が続いている。所々壊れているが登れそうだ。壁に手をつき、所々湿った石の階段を足早に登っていく。

 ふと姉のことを思い出す。足をふみはずなさいよう気をつけて、と優しく手を繋いでくれた姉。ここは姉との思い出の場所だ。ナギサはあたたかいような、しかし心がきゅっと締まるような感覚を覚え足元に目を落とした。服が濡れているからだろうか、身体がとても重く感じる。

 20段ほど登ったところでナギサは立ち止まった。息切れして開かれた口からは白い息が吐き出され、服や髪からしたたり落ちた雨水が正反対に階段を降りていくのが見える。

 ナギサはカンテラをもった手で口を拭った。きっとじいちゃんは助かる。俺は絶対にじいちゃんを見捨てない、と自分に言い聞かせて再び階段を登ろうとしたその時だった。


「うっ…」


 強い目眩がナギサを襲った。ナギサは咄嗟にカンテラを手放し両手で手すりを掴んだ。しかし朽ちていたそれはがしゃりと音を立てて身体を伴って崩れて落ちた。

 ナギサははっと息を吸った。全身が一気に冷えた。身体が地面にびたりと打ち付けられ、強い衝撃を全身に覚えた。そして必死に息を吐き出そうと唸った瞬間、突然身体が水中に沈んだ。何が起こったのか全くわからない。今し方接していた地面が冷たい深い海のようなものに変化したのだ。


「なんで…」


 もがく気力もなく、静かに沈んでいく。身体中が冷水に染み、鼻はじんと痛い。半分空いたその瞳には、水面上のじゅわりとした丸い光が映し出されている。

 嵐の夜に一体何の光だろうか。奇妙だがどこか懐かしい。そんなことをぼんやりと考えながら、ナギサの意識は次第に薄れ、やがて途絶えていった。


「う…」


 ぼんやりとした頭痛と共にナギサは目を覚ました。目の前には複雑な模様が描かれた天井があった。どうやらここは灯台ではないみたいだ。身を起こす。あたりは薄暗く、お香の匂いが漂っている。服は湿ったままだが、身体の痛みは随分と和らぎ、擦り傷が服に触れてひりひりとする。

 目が慣れ、意識もはっきりとしていくうちにナギサは自身がとても広い畳の部屋に1人寝かされていることに気がついた。ここはいったいどこだろうか。こんな豪壮な屋敷は村に無かった。


「だれか…あの…すみません」


 ナギサは襖を開けて長い廊下に呼びかけたが返事は無い。躊躇いながら部屋を振り返る。まるで海の中のような暗い青に包まれている。障子は青く光っている。夜明けだろうか。ナギサは恐る恐る障子を開けて目を見開いた。

 縁側を挟んだ格子戸の向こうに海が広がっている。魚たちがひらひらと泳ぎ回っている姿が奇妙だ。ナギサはその光景にしばらく目を奪われていた。

 今度は後方から、廊下の向こうから何か聴こえてくる。雅楽だ。神社で巫女が舞っているのを何度か目にしたことがある。

 ナギサは奇妙な景色、奇妙な音色に唖然としながら音の持ち主の方へと足を進めた。

 足裏が汗ばみ、上質な木床に滑りそうになりながら突き当たりの大扉に辿り着いた。音楽はより大きく、お香の匂いもよりきつくなっている。ナギサは息を殺しながらそっと片側の扉を押した。

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