第4話 100年目の呪い

「おわっ!フユ姐!」


「ハルキは相変わらずひびりだねえ。」


 フユは3人より少し年上の、村長の一人娘だ。そんなフユの姿を見た村人達がひそひそと何かを話し始めるのを見て、ナギサは顔を歪めた。


「びびりじゃねえし!」


「フユ姐こそ、どうしたの?ここまで降りて来るなんて」


 いつもは村長の家のある丘の上まで遊びに出向くのに、フユのほうから広場にはるばるやってきた事にリコは疑問を抱いているようだった。


「あー…新しい灯台を見にきてたの。でもあんまり近くまで行けなかったよ。軍の管理とか…でね。」


 周りの目に気まずそうに愛想笑いで返しながら、フユはすこし声を小さくして言った。


「やっとちゃんとした灯台ができるのか…」


「おばけ灯台はとうの昔に動かなくなってるし、あのちっこい灯台みたいなのはてんで役に立たねえって親父も言ってたからな」


 おばけ灯台というのはこの村に古くからある、ナギサの家の近くにある寂れた灯台だ。管理する人も居らず廃墟同然なので、ハルキもリコも不気味がっているようだ。


「ほんと、立派な灯台よねえ…ねぇ、ナギサ!」


「あ、ああ」


 フユの無邪気な笑顔に顔を背けながら、ナギサはそっけなく頷いた。と同時に新しい灯台の見学ができないと知り少しがっかりした。


「これでもっと魚が取れれば良いけど…それより、何の話してたんだい?」


「100年目の呪いの話。来月の満月の日が100年目らしいのさ。」


「巫女を生贄に捧げるとか、そんな話よね。確かに最近は海の様子がおかしいから、もしかしたら」


 呪い、生贄、辺境の村によくある話だとソウヘイは言っていた。ナギサはそんなリコとフユのやりとりに再び、しかしより強い不快感を抱いた。そして次の瞬間には口を開いて二人を遮っていた。


「ありえないだろ、そんなの。こいつの言う通り、今回のはどう考えても戦争による環境破壊が原因に決まってる。そんな馬鹿みたいな話信じて人を殺すのか?この村は」


「ナギサ…」


 フユは少し驚いたような顔でナギサを見た。リコも驚いていたが、すぐに眉を寄せてナギサを睨みつけた。


「ちょっと…ばかばかしいのは百も承知だけど、この村を馬鹿にするのはやめな」


「馬鹿にしてないよ。ただ、そんな不確定な話によって人が殺されるのはおかしいって言ってんだ。たかが昔話ごときに理不尽に命を奪われる人、その家族、その人々の気持ちを考えず自らの都合を優先するのはおかしいって…」


「てめえ何様だよ!」


 ハルキが声を荒げ、ナギサの胸ぐらを掴んだ。先ほどよりずっと強い力で、広場にいる村人たちの視線は二人に注がれた。


「よそ者のくせに働きもせずによく言えたな。お前こそそうやって一生ソウヘイさんに世話になって生きてくつもりなんか?何の役にも立たねえ、おかしいのはお前の方だ!」


「それは理屈が…」


「ハルキ、乱暴はやめて。ナギサも言い方ってものがあるでしょ」


 ナギサは言い返そうとしたが、フユがすかさず宥めたことによって遮られた。ハルキは乱暴にナギサを離し、顔を背けた。


「ごめん。でもな、ここは俺たちの生まれ育った村だ。今だって食糧難で苦しんでるのをみんなで解決しようと頑張ってんだ。お前みたいな木偶の坊に、馬鹿にされる筋合いはねえよ。お前だって一緒だろ、自分の都合で姉ちゃん死んでんじゃねえか。もし呪いの話が本当なら…お前が…お前が生贄になっちまえば良いんだ」


 ハルキの落ち着いた低い声からは、成熟しかけた責任感と怒りが伝わってきた。ナギサはハルキの言葉をなす術なく全て受け止めた。


「…そういうことは…冗談でも言わないの」


 リコが青ざめた顔でハルキの肩を叩いた。


「ほら、ね?二人とも仲直りして、リコもハルキも、休憩はもう終わり!一緒に…」


 フユが手を叩いて明るい声で言った。リコはそれに思い切り頷いてハルキの腕を強く引っ張った。


「ああ…悪かったよ…ハルキの言う通りだ…」


 ナギサは今日はじめてハルキの目を見てそう言った。それを見たフユは立ち去ろうとしているナギサを急いで呼び止めようとした。しかしフユはそれ以上何か言うことができなかった。フユの声に振り返ったナギサが、どこか儚く寂しい表情だったからだ。

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