第3話 がらんどうの広場で
「あっ…おはよう…」
ナギサは突然の遭遇に、また聞こえているか分からないくらいの小さな声で挨拶した。
「何しに来たんだ」
「えっ?」
「何しに来たんだと聞いてるんだよ」
ハルキはナギサを睨み下ろしながら少し声を荒げた。彼はいつも無愛想だが今日はやけに不機嫌だ。
「別に…市場を見に来ただけだ」
ナギサは目を逸らした。それを見てハルキはより一層顔をしかめた。
「お前は何も知らんのな。今はそれどころじゃねえんだよ。」
ハルキはため息をついた。乾いた風が吹いている荒廃した広場で二人。張り詰めた空気に、先ほどまで弾んでいたナギサの心は静かに沈んでいった。ただ事ではない村の様子。今朝の漁師たちの真剣な表情。いつも自分だけ部外者で、この村に存在していることがとても馬鹿馬鹿しく思えた。
「ああ、知らないよ」
ナギサはぶっきらぼうに返した。
「別に、どうでも良い。どうせ俺とは関係ない事だ」
時折感じる村人たちと自分との間の不快な温度差。幼い頃にこの村にやってきて、最初は仕方ないと思っていた。
「お前…いい加減にしろよ…」
ハルキがナギサの胸ぐらを掴んだ。同い年なのに一回り大きいハルキの力になす術なく、ナギサは目を瞑った。
いつものように殴られて、それで終わりだ。それでいい。そうしている限りは誰も自分を責めないのだから。
「よしな!まーたナギサにちょっかい出して」
たまたま通りかかったリコがそう言ってハルキの背中を強く叩いたので、その反動が首元に伝わってナギサはうぅ、と呻いた。
「ハルキ、もしかしておばさんたちにナギサの方が顔が良いって言われたこと根に持ってんじゃない?」
リコがニヤつきながらそんなことを言った。
ハルキはハァ?と憤ってナギサを乱雑に突き放したのでナギサは再びうぅ、と呻き声をあげた。
「ちげえし!は?こんなやつと何比べてんだよババア!」
「まあまあ。それはそうと、あんたらの所、どう?」
「漁の方はまだ纏まってねえみたいだ。…ったく、こいつは呑気にほっつき歩いてるし、むかつくんだよ。みんな飢え死にするかもしれねえってのに」
「飢え死に…?」
状況を把握できないナギサをハルキは睨みつけた。リコはそれを見て2人の間にちょこん、と割って入った。
「塩害で線路がだめになったみたいでね。春まで復旧しないらしい。だからどうやって冬を乗り越えるか村中の大人たちで話し合ってんのさ。」
いつも明朗なリコが緊張感のある声色でそう話すので、ナギサは事態の深刻さをようやく理解した。一番近くの村から汽車で数時間かかる辺境の漁村にとって、陸路が断たれることがどれだけ大変な事なのか、10年ほどこの村で暮らしてきたナギサも良くわかっていた。
「ハルキもちゃんと言ってやれば良いのに…」
「あ?リコ、じゃあお前が言えや」
「はいはい。言いました!」
リコはいつものようにハルキを手懐け、ナギサの方に向き直った。
「ほんと、最近は妙ね。夏の終わりから魚は滅多に取れないし天候も変。海はよく荒れるし投網は毎回不自然に破れてるし…もしかして100年目の呪いって…」
「は?この歳でまだそんなこと信じてんのかよ。どう考えても戦争が原因だろ」
「そうかもしれないけど…もしこれが本当なら…」
「何の話をしているんだい?」
ナギサを放ったらかしにして盛り上がり始めた2人の間に、ひょこんとフユが現れた。
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