泥棒キツネの栗と留守

たつおか

【 1 】


 とある森の中にたいへん繁盛しているお菓子屋がありました。


 いつもお客さんで一杯のお店を外から眺めながら泥棒ギツネは、「ここならたんまりお金(ドングリ)をため込んでるに違いない」とこのお店へ泥棒に入ることを決めました。

 かくして翌日の朝、キツネはこのお店へと忍び込みます。

 まだ朝も早い頃だったので店の中にも周りにも人影はありません。

「これなら気兼ねなく探せるな」とキツネはお店の中を物色し始めました。

 と、その時──


『ごめんください。ごめんください。どなたか居らっしゃりませんか?』


 店先のカウンターからの声に、厨房にいたキツネは両肩を跳ね上がらせます。

 最初は無視しようとも思いましたが、カウンターのお客さんはあきらめることなく声を掛けてきます。

 騒ぎが大きくなってはマズいと思ったキツネは、このお菓子屋の店員になってやり過ごそうと案じます。

 厨房の壁にかけてあったエプロンを身に着け、パティシエの帽子もいっちょ前に被ると、キツネは何食わぬ顔でお店に出ていきます。


「ハイハイ、なんでしょうか?」


 お店にいたのは尻尾の毛並みが赤いリスのおじさんでした。


『あれれ? 今日はキツネの店員さんなんですね』

「ハイハイ、いつもの店員が風邪をひきまして」

『まあいいや。じゃあお菓子をください』

「お菓子、ですか?」


 怪しまれないように演技をしていたキツネですがこれには困ってしまいました。

 何故ならまだ開店の準備もしていない店内には飴玉はおろか、生クリームの一かけだって無いのです。


『どうしたんですか? もしかして作れないんですか?』


 そんなキツネの様子を怪しんだリスのおじさんに見つめられてキツネも覚悟を決めます。


「ハイハイ、大丈夫ですよ。何が食べたいのかおっしゃってくださいな」


 思わず出まかせを言ってしまいましたがもう後には引けません。キツネは自分でお菓子を作ることを決めました。


『それじゃイチゴのケーキをください』

「イチゴのケーキですか? それはどういうものでしょうか?」


 思わずキツネは聞き返します。

 生まれてこの方、お菓子なんて食べたことのなかったキツネには『イチゴのケーキ』がどういうものなのか分からないのです。


『イチゴのケーキって言うのは、赤くて丸くて美味しいものだよ』

「ハイハイ、赤くて丸くて美味しいのですね?」

『そうだよ。そんなことも知らないのかい?』

「いえいえ、知っていますよ。お客さんの好みを聞いておこうと思いましてね。少しお待ちください」


 不審がるお客さんに正体がバレては大変と、キツネはそそくさ厨房へと逃げ帰りました。

 厨房を見渡しながらキツネはもう一度、お客さんの言った『イチゴのケーキ』について思い出します。


「イチゴのケーキは赤くて丸くて美味しいのか」


 そのヒントからどうにかイチゴのケーキを作ろうとキツネは冷蔵庫を開けました。

 業務用の大きな冷蔵庫の中を物色しているとキツネはハムとケチャップを見つけます。

 さらには冷凍庫の中に凍らせたご飯も見つけると、キツネは「これだ!」と思いました。

 ご飯をレンジで解凍し、それを待つ間にハムを細かく刻みます。

 さらにタマネギもまた発見してくると、キツネはそれも細かく刻んでハムと一緒に炒めてケチャップで味付けをします。

 生まれてからお菓子なんて食べたことのないキツネも、食事なら少し作る事が出来ました。

 かくして解凍したご飯にハムとタマネギのケチャップ炒めを丁寧に混ぜ合わせると、キツネはそれでおにぎりを作りました。

 最後はサニーレタスでそれを巻いた物を二個、丁寧にケーキの箱に収めるとキツネはそれをお客さんに持って行きました。


「お待たせしました。イチゴのケーキです」

『おお、こりゃ美味しそうだ。匂いだけで食欲がわくよ』


 キツネの差し出す箱の中を覗き込みながら、リスのおじさんもまんざらでもないといった様子で舌なめずりをします。


『どうもありがとう。おいくらだい?』

「え? 値段ですか?」

『そうだよ。タダで貰う訳にはいかないだろう?』

「そうだなあ……それじゃあ3ドングリで良いですよ」

『3ドングリでいいのかい? 安いなあ。また来させてもらうよ』


 リスのおじさんはドングリを三つ、キツネに手渡すと上機嫌で店を出ていきました。

 キツネはおじさんが帰ったことでホッと胸をなでおろします。

 泥棒に入ったつもりが、思いがけずに商売をしてしまいました。


「なんだか風向きが悪いなあ。はやくこの店のドングリを見つけて退散しなきゃ」


 そうして再び店内の物色に戻ろうとしたその時です。


『ごめんくださいな。ごめんくださいな。どなたか居らっしゃいませんか?』


 またもやお店に入ってきたお客さんにキツネは呼び止められてしまいました。

 ぎょっとして振り返れば、カウンターの向こうには尻尾の毛並みが黄色いリスのおばさんが立っていました


「ハイハイ、なんでしょうか?」

『あれれ? 今日はキツネの店員さんなんですのね』

「ハイハイ、いつもの店員が食中毒になりまして」

『まあいいですわ。じゃあお菓子をください』

「お菓子、ですか?」


 またしてもお菓子の注文を受けました。


『それじゃシュークリームをくださいな』

「シュークリームですか? それはどういうものでしょうか?」


 またしても聞きなれないお菓子を求められました。当然ながら『シュークリーム』を知らないキツネは聞き返します。


『シュークリームって言うのは、黄色くて丸くて美味しいものですのよ』

「ハイハイ、黄色くて丸くて美味しいのですね?」

『そうですのよ。そんなことも知りませんの?』

「いえいえ、知っていますよ。お客さんの好みを聞いておこうと思いましてね。少しお待ちください」


 再び厨房に戻ったキツネは今度は『シュークリーム』について考えます。

『黄色い』と聞かされて真っ先に思いついたのは卵でした。そしてこのお菓子屋の冷蔵庫には新鮮で大きな卵がたくさんあることもまたキツネは知っています。

 さっそく冷蔵庫からタマゴを二つ取ってくると、さらにザラメと醤油も探してきてそれをボウルに入れました。

 分量は卵2個に対してザラメと醤油は大さじで2杯です。(ザラメはすり切り)

 それをよくかき混ぜてフライパンに入れると火をかけ、中火でじっくりと炒めていきます。

 箸を2膳まとめて持ち、炒まって端から固まる卵を円を描くように刮いでいくと、フライパンの中には甘じょっぱい炒り卵が出来上がりました。

 それを再びご飯と混ぜ合わせると、またもやキツネはおにぎりにして丁寧に箱にしまいます。

 

「お待たせしました。シュークリームです」

『まあ、美味しそうですこと。甘い香りに食欲がわきますわ』


 キツネの差し出す箱の中を覗き込みながら、リスのおばさんも関心した様子で頷きます。


『どうもありがとう。おいくらかしら?』

「え? 値段ですか?」

『そうですわよ。タダで貰う訳にはいかないでしょう?』

「そうだなあ……それじゃあ3ドングリで良いですよ」

『3ドングリでよろしいの? お安いですのね。また来させてもらいますわ』


 リスのおばさんはドングリを三つ、キツネに手渡すと楽しそうに店を出ていきました。

 キツネはおばさんが帰ったことでホッと胸をなでおろします。

 またもやキツネは商売をしてしまいました。

 しかしながら、キツネは不思議と楽しくなっていることに気付きます。

 今まで泥棒をして他人の物を盗むしかしてこなかったキツネにとって、働いてお金を貰うということは初めてだったからです。


「だんだん楽しくなってきたぞ。もう少しだけいてみようかな」


 そんなことを口にして再び厨房に戻ろうとしたその時でした。


『どーもー。どなたか居らっしゃいますか?』


 再びキツネは呼び止められました。

 でも今度は驚きません。

 むしろ新しいお客さんの来店が嬉しかったのです。


「ハイハイ、今度はどんなお菓子が良いですか?」


 そう言って笑顔で振り返ったキツネでしたが、カウンターの向こうのお客さんを見てぎょっとしました。


『ちょっといいかな?』


 そこにはお巡りさんが立っていました。

 笑顔こそは朗らかですが、目の奥が笑っていません。昔に何度が捕まったことのあるキツネには、そんなお巡りさんの油断ない様子が手に取るようにわかります。


「は、ハイハイ……なんでしょうか?」

『あれれ? 今日はキツネの店員さんなんだね』

「ハイハイ、いつもの店員が交通事故を起こしまして……。それよりもお巡りさんもお菓子が欲しいんですか?」


 早くお巡りさんに帰ってもらいたいキツネは、注文をせかします。

 しかしキツネのお菓子屋さんごっこもここまででした。


『もう演技はいい。泥棒キツネ、きさまを逮捕する』


 舞踏会のお面のようだった笑顔を一転させて怖い顔になると、お巡りさんはキツネにそう言いました。


「た、逮捕ですか? 僕はお菓子屋ですよ?」

『下らん芝居はやめろ。もうお前が店のケモノじゃないってことはバレてるんだ』

「な、なにか証拠があるんですか!」


 キツネも慌てふためきつつも、どうにか誤魔化そうと躍起になります。

 しかし、目の前のお巡りさんの背後にいるさらに別のケモノを見つけてぎょっとなります。


『やあ、「また来させてもらう」っていっただろ?』


 そこにはついさっき買い物を済ませていったリスのおじさんとおばさんが立っていたからです。


『この二人は、ここの店のオーナーだ。お前が部外者であることは明白なんだよ』


 追い詰められた状況とお巡りさんの言葉に眩暈を覚えながら、キツネはようやく一連の出来事の真相を知るのでした。

 キツネはハメられたのです。

 朝早くに忍び込んだキツネの存在に、お菓子作りの仕込みをしていたお店のオーナー夫婦は気付きました。

 相手は肉食のキツネ──自分達ではどうすることも出来ない夫婦はお巡りさんを呼ぶことにしたのです。

 しかしながらお巡りさんを呼んでいる間にお店を荒らされて逃げられてしまっては元も子もありません。そこで夫婦は一計を案じます。

 息子リスにお巡りさんを呼びに行かせる間、キツネが逃げ出してしまわないよう『時間稼ぎ』を試みたのでした。

 それこそがお店に訪れたお客さんの『おじさんとおばさん』だったのです。


『さすがにこれをイチゴのケーキって納得する客はいないよ。美味しいけど』

『お金が欲しけりゃ働きなさいね』


 両手に縄をくくられて連行されるキツネを見送りながら、夫婦はキツネの作ったおにぎりを頬張っていました。

 見事にキツネは泥棒に失敗して御用となりました。

 それでもしかし、連行されるキツネの心は晴れやかでした。

 生まれて初めて、『働いてお金を貰った』ことが不思議とキツネの心を気持ちよくしていたのです。


「お巡りさん……僕は、この次こそは真面目に働いてみようと思います。今度は『本当のお菓子屋さん』になりたいんです」

『黙って歩け』




 こうして逮捕されてしまったキツネですが、出所後に彼はすぐさま自分のお店を開きました。

 もう泥棒などせずに、今度は自分の力で真面目に働いてお金を稼ごうと決めたのです。

 お店の看板には初心の出来事にちなんでドングリを抱えた二匹のリスの絵を描きました。


「さあ、真面目に働くぞ。今度こそ本物のお菓子屋さんだ」


 そんなキツネのお店に一番最初のお客さんが訪れます。


『ごめんください。ごめんください。どなたか居らっしゃりませんか?』

「ハイハイ、なんでしょうか?」


 キツネの声がお店に、そして森に響きます。

 小さいカウンターの中で笑うキツネは、泥棒でもニセモノでもない正真正銘の『お菓子屋さん』でした。





 でも肝心のお菓子作りを微塵も知らないキツネの店は冬前には潰れてしまいましたとさ。



【 おしまい 】

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