第2話 狂悦
★2日目
僕はどんな時でもケイタイを手放さなくなった。仕事中も休憩中も、昼休みの屋上、営業先、移動中、買い物中でさえも。デスク作業しているOL、上司に叱られている新人、給湯室でうわさ話しているお局女子、食後に笑いながらおしゃべりに興じる社食の風景、公園のベンチでさぼっているサラリーマン、訪問先の美人受付嬢、プリクラの前に群がるJK、カラオケに向かう運動部であろう高校生たち、ママ友の井戸端会議・・・とにかく様々なシーンを切り取って撮りまくった。さて、今日の成果はと
【ご登録を承認いたしました。現在 302枚 302pt-解錠充填残:9,698ptです】
全部1ptか、これじゃ埒が明かない。いったいどういう写真がポイント高いんだろう?何か枚数を稼ぐいい方法は?と。僕はベッドに入って天井を見つめながら考え続けていた。
★3日目
カシャッカシャッカシャッカシャー
そう、昨夜、思いついた方法。連写だ。これならかなりの枚数が稼げるはず。試しにアプリに送信と。
【ご登録を承認いたしました。現在 303枚 303pt-解錠充填残:9,697pt*承認却下11枚/ 理由:連写モード判定です】
ダメか。連写は1カットとみなされるんだ。ならば、これはどうだ。送信と。
【ご登録を承認できませんでした。現在 303枚 303pt―解錠充填残:9,697pt*承認却下 102枚/ 理由:非オリジナル判定です】
「ゼロかよ!?」思わずボヤいてしまった。(あんなに頑張ったのに~)
マスターは画像ならどんな機種の端末を使ってもいいと言っていた。だからグラビアの写真雑誌をスキャニングして1冊分送ってみたのに。オリジナルでなきゃ受付けないか。ってことは、ネットで拾った写真もダメってこと。最終兵器、これはどうだ、送信と。
【ご登録を承認できませんでした。現在 303枚 303pt-解錠充填残:9,697pt*承認却下 103枚/理由:対象外動画判定です】
やっぱり動画もダメか。いいアイディアだと思ったんだけど、くたびれ儲けだったな。時間を無駄に使ってしまった。あとは地道にやるしかない・・・
―――――それから数日間、僕は地道に被写体を探しては撮りまくっていた。
★6日目
路上でKissしてる幸せそうなカップルを見つけた。ベストポジションを探して移動。見つかってしまった。
「何、見てんだよ」
男に怒鳴られる。
「ス、すみません。」
急いでその場を離れた。逃げた先の歩道橋に階段を上っていくミニスカートの女性がいる。よく見ると脚の付け根にピンクの下着がゆがんだ台形に小さく見える。(ラッキー!これはパンチラ)すかさずケイタイのレンズを向ける。シャッター音を隠すように咳払いの真似をしながらシャッターボタンを押そうとするが指が震える。焦ってホームボタンを押してしまった。(わわああ)あわててポケットにケイタイを隠す。咳の真似に反応して女性は一瞬振り返ったが、写メで狙われていることには気づかれなかったようだ。(何やってんだ。これじゃ度を超えた隠し撮りじゃないか。)あやうく犯罪者になるとこだった。いかん、ポイントに目がくらんでいる。まだ理性はある。いくらユイのためでも悪に手を染めてはいけない。そんなポイントで喜ぶはずがない。場所を変えよう。
本日の成果
【ご登録を承認いたしました。現在 1,790枚 1,790pt-解錠充填残:8,210ptです】
★7日目
目覚ましが元気になっている。
もうこんな時間か。起きなきゃ。歯磨きしながら思う。
(今日でちょうど1週間。あと8,210ptって最初から無理な話だったのかな。いや、きっとそんなことはない。クリアした人がいる以上、僕にだってできるはずだ。ユイに会うんだ。がんばれ!僕)自分にエールを贈って気を取り直す。
バタバタバタ、ゴツン
鈍い音がして一面に血の海が広がった。通勤途中で地下鉄出入り口の階段を上ろうとした僕の前でそれは起こった。
何をそんなに急いでいたのか学生カバンを手に持って全速力で駆け下りてくる制服姿の女子高生が視界に入った直後、あと10数段あると思われる階段を踏み外して転げ落ち、頭を地面に叩きつけてしまったのだ。
「大丈夫?!誰か救急車呼んであげて」
と近くにいた女性が真っ先に近寄って大声を上げた。しばらくすると駅員が駆けつけ、続いて遠くからけたたましい救急車とパトカーのサイレンが輪唱し合いながら近づき、4~5人のレスキュー隊がストレッチャーを小走りに押しながらやってきた。その様子に野次馬が次々と集まり地下鉄の入り口は一時的にパニックになった。
僕は、身動きできなかった。ただ、ここ数日の何にでも写メを向ける習慣で女子高生の危ない足取りに気付いた時から無意識のうちにその一部始終を6カット撮影していた。
その日の昼休み
朝一からの会議で送れずにいた今朝撮った写真を6枚とも送信してみる。
【ご登録を承認いたしました。現在 1,796枚 1,895pt―解錠充填残:8,105ptです】
えっ!!マジかっ。いきなり 105pt。
確かに6枚送ったからどれか1枚100ptあるいは相対的に15pt以上みたいな組み合わせで合計ポイントを稼げたことになる。(嘘じゃなかったんだ)
ポイントの明細までは表示されないのでポイントの高い写真がどれなのかわからずじまいなのが残念だ。
僕は俄然ヤル気を取り戻した。
午後は営業先から会社に電話して直帰を伝えて街に出た。
・ウインドーショッピングを楽しむ若い女性
・公園で転んで泣いている子供とそれを見つめる母親
・下校途中の小学生の列
・野良猫にちょっかいを出してる子供たち
・ベンツの前で絡まれているスーツ姿の男
・失恋して慰められている泣き顔のOL
・美容院の帰りに強風にあおられた女性
・コンビニの裏口で賞味期限切れの弁当をあさるホームレスの写真
・駐車違反の切符を切られているドライバー
・駐輪場で自転車の鍵を探しているおばさん
様々な瞬間をおさえた。
今度は、ポイントの傾向を探るために1枚づづ撮っては送信を繰り返した。そしてわかった。ポイントの高い写真の傾向は
・理想や未来を求めているらしき人
・風景にあるべきではない人の行動
・レアなハプニング
だ。僕は仮説を立てた。AI-金庫が求めているエル・ドラードを平均化するためのデータは、人々の「明」の部分だけのイメージだけでなく、「暗」の部分を欲しがっているのでは。この世は不幸が多すぎる。
きっとエル・ドラードが救世主として世の中の不幸をなくそうとしている。そのための「暗」のサンプルデータ収集。この日の収穫は大きかった。
【ご登録を承認いたしました。現在 2,040枚 3,999pt―解錠充填残:6,001ptです】
―――――
☆あと5日
僕は撮り続けた。
・メイド喫茶でセクハラを受けるバイトの女の子
・親権を巡って口論している離婚した夫婦
・デートでのコンサート明けに喧嘩するカップル
・ドアに立ち退きの貼り紙をされ嫌がらせされている人
・交通事故で流血しながら運ばれていく人
・お葬式なのに借金問題で言い争う家族
・店の裏でヤクザに殴られている風俗嬢
・火事の煙にむせて苦しんでいる人
・ペットがいなくなって探している人
・コンビニでたむろしているヤンキー
・病院で包帯を真っ赤に染めて倒れている人
【ご登録を承認いたしました。現在 3,921枚 6,577pt―解錠充填残:3,423ptです】
高ポイント傾向の法則に間違いはないようだ。
☆あと4日
いつの間にか人の悲しみとハプニングを探してドキドキしている自分に気づいた。ケイタイのカメラでは物足りなくなって、とうとうデジタル一眼レフを買ってしまった。コイツを使って遠くから望遠で人物を切り撮る作業のスリルがいつの間にかクセになって快感に変わってしまった。ちょっとした探偵気分だ。
【ご登録を承認いたしました。現在 4,766枚 7,974pt―解錠充填残:2,026ptです】
☆あと3日
今日も一日が終わってしまう。ハプニングなどそうそう都合よく撮れるもんでもない。部屋に帰っても仕事のことよりも残ポイントのことが頭を離れない。
【ご登録を承認いたしました。現在 6,534枚 9,159pt―解錠充填残:841ptです】
あと 841pt か、どうしよう。だんだん残された時間がなくなってきた。まあ、一人暮らしのこの部屋であがいたところでどうなるものでもない。(一旦、落ち着こう)シングルのスプリングベッドに横になる。天井にあの子の姿が映った気がした。目を閉じてあの子が大人になったユイのことを思い浮かべる。それだけで体が反応してしまう。体を右側に向けて横向きになって右手を自由にする。ベルトを外してジーンズとパンツを腿まで下げ、一向におさまらない漲りを自分の手で上下させて慰め始める。(もうすぐ会えるよ。待っててね)
ティッシュケースに手を伸ばした。
その時!
「あなた 毎回1人じゃ切ないでしょう。ていうか、そんなことしてる場合じゃないわよね。」
(びくっとする)慌ててジーンズを引き上げ、声がする方を向くといつの間に入ってきたのか、部屋の中に真っ赤なトレンチコートにサングラスをかけた女がひとり立っていた。
「誰だ、な、なんでこここにいる!! 」
女はサングラスを外すと
「私よ、覚えてないかしら」
(わああ)見覚えがある。あの日、BAR ハニー エル・ドラード にいた女だ。
「あなたはいったい?!」
「驚かせてごめんなさい。別に取って食おうってわけでも変質者でもないから安心して。私はあなたが忘れられない写真の提供者よ。あの子の叔母にあたるわ。」
「えっ!?じゃ、あの子は幼いころ一緒に過ごしたユイじゃなかったのか」
「何の話よ」
「あの日エル・ドラードであの写真の子が僕の知り合いに変わったんだ。」
「バッカじゃないの。あんたの夢の話なんて知らないわよ」
(じゃ、何だったんだ。確かにあの子はユイになった・・・待てよ、ということは現実にあの子はいるってことか)
「そっか! じゃあ、会えるのか? あの子に」
「それはできない相談ね」
「なんでサ」
「あの子、小さいころから病弱でずっと入院してたの。ある日「楽園に行きたい」ってメモとともに病院から行方不明になっちゃった。私はどうしても腑に落ちなくて探したわ。そしたらあの子が入院していた時に慕っていた病院の若い医師があのBARの常連ってことがわかってね。だからあのBARに入り浸って探してたの、その医を。」
(なんか切羽詰まっってる)
「それとなくマスターに聞いてみたんだけど、あの堅物『お客様のプライバシーに関することは・・・』 なんてお決まりのセリフで煙に巻くのよ。あの日、偶然居合わせてあんたが私の提供した姪の写真を見てAI-金庫にチャレンジすることを知って何か手がかりだけでも見つけられればってピンときたのよ。それでしばらく観察させてもらったの。本気かどうかね。あなたは合格よ。手伝うわ」
「はあ、??」
「だからぁ、確かめたいのよ。あの子のためなら何でもするわ」
(僕はユイを、この人はあの子を探してる。利害は一致してるわけか)
「私の名前はミカ(美華) 。さあ、作戦会議よ。」
「ちょ、ちょっと待って! 唐突過ぎて何がなんだか??」
(こんな展開って)
「この期に及んで!?まあいいっか。ほら中国のカンフースターも言ってたわ。男が戦う時は『考えるな、感じろ』よ(笑)」
(この人も砕けたこと言うんだ。僕は少しほっとした。)
「それにしても何もない部屋ね」
話が一段落してミカさんは背中を向けてコートを脱ぎ始めた。後ろ姿にユイの姿が重なる。こんな時に・・
たまらず背後から抱きしめていた。
「ちょっと!何するのよ」
「ごめんなさい、でもしばらくこうしていたいんだ。」
「痛いっ、そんなに強くしたら壊れ・ちゃ・・うっ」
ミカさんは妙に色っぽい声でちょっとだけ抵抗した。
そのあとは僕の気持ちに呼応するように抱きしめた背中からミカさんの悲しみが伝わってくる。
「寂しかったんだね。僕もだよ」
二人は何かを許し合うように泣きながら抱きあった。お互いがあの少女への愛しくて、会いたくて、その思いがおさえられない。ミカさんにはすまない気持ちがあったけど僕はユイだと思って抱きしめた。向き合ってKissする。ミカさんは聖母のようにやさしく温かかった。柔らかくてほどよく弾力のあるしなやかな体のラインを覚え込ませるようにリードして悦楽の入り口へと導いてくれた。まるでエル・ドラードのあの重厚な扉を開けるように。僕はすべてをゆだねて夢心地の中で果てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます