第46話 全員の答え


「ちっ……逃げやがった」


 伊藤は舌打ちした。

 そんな伊藤の横を通り竜之介の前に来た。


「会長の癇癪に付き合わせたな。ほら、解毒剤。飲めばすぐ治る」


 伊藤がポケットから出したのは小さな小瓶に入った液体だった。光は竜之介を仰向けにして小瓶から液体を飲ませる。


「ごほっ……」


 反応がなかった竜之介が咳き込んだ。解毒剤は飲めたようだ。光たちはひとまず安心した。



「海、追いましょう」


「待って!」


 伊藤に男が声をかける。しかしそれをアルベールが止めた。


「なぜ、なぜ生きているのですか……あの時確かに亡くなったはずです。なのになぜ?」


「アルベール、これは君のためでもあるんだ」


「行くよ、ギル」


 ハッキリとした返答をせず、伊藤と仁村たちは走り去った。

 そしてすぐに健が光かけより、足の傷を確認する。


「あのもじゃもじゃ……っ!」


 健は光の傷に手を当てて集中する。すると、痛みはなくなっていく。


「ありがとう、健」


 健は光だけでなく、竜之介の傷も無言で治療する。


「この前のお返しだからな。別にあんたを助けたくてやってるんじゃないからな」


 健のツンの面が現れた。

 竜之介の傷を治療中、竜之介に健がつぶやいた。少しずつ意識が目覚めてきていた竜之介は少しだけ口元が笑っていた。


「なあなあ、あの女の子は敵ってことだよな?管理者っていうやつ?」


 湊が誰へというよりも全員に聞く。

 健は治療に専念しており、黙っていた。

 光もそうは思いたくないため口をへの字に結んだ。


「黙ってるってことは肯定だよな。女の子を殴るのは気が引けるけど、あいつをぶっ潰せば終わるんだ」


 湊に迷いはないようだ。

 意思の強い目をしている。


「でも……」


 湊を見た光は口ごもる。

 葵は同じ部活の仲間だ。アルベールはヒリスとは同盟を結んでいる。

 同盟の中で仲違いしたとしても、何かデメリットがあるわけではないだろう。しかし、一度は協力を約束した身。一方的に約束を破棄するというのは心が痛む。


「クラシス、ヒリスとは幼き頃からの付き合いですよね?ヒリスが管理者なのか葵さんが管理者なのかハッキリしません。何か知っていませんか?」


「ヒリスは、あいつとは小さい頃会ってる。ヒリスの口から管理者なんて言葉を聞いたことねえ」


 クラシスは竜之介を見ながら落ち着いて話す。


「屋上でヒリスに久しぶりに会ったときも、俺の知ってるヒリスだった。だけど最近はちょっと雰囲気変わったというか……こう、追いかけて来なくなってたのは変だと思った。いつも見かけては追いかけてくる感じだったのに」


 クラシスの言葉を聞いていた竜之介が、ゆっくりと体を起こし始めた。竜之介の治療は終わったのだろう。健は竜之介が起き上がるのに手を貸す。

 足を伸ばしたまま座った状態になった竜之介は、傍にいるクラシスの頭を優しく指で撫でた。


「竜之介……」


「俺は部長だ。顧問と話してた。その時に田島葵という人物が存在しないことも知ってた。だから興味で尾行したんだ。そしたら葵は、途中で小っちゃい光の粒になって消えた。あいつは、葵は、俺達と違う。人間なのかすらわからん」


 傷口が塞がったとはいえ、体の痺れがまだあるのか動きがぎこちない。


 竜之介は部長で顧問とも話す。そこで部員の話をしてもおかしくない。竜之介は顧問との会話で異変に気づいていたのだ。何も異変を感じ取れなかった光は、くやしくなった。


「でも確かに部活を一緒にやった。それは楽しかった。それは変わらない。人間かどうかはどっちでもいい。管理者がどうっていうのもどうでもいい。俺は葵が管理者だとしても、倒さなくてもいいと思う」


 竜之介は静かに言う。湊とは反対の意見だ。

 クラシスは少し悩んだようにも見えたが、竜之介の言葉にうなずいた。


「光、お前は?」


「お、俺は……」


 管理者である葵もしくはヒリスを倒せばこの争いはすぐに終わる。争いが終わればアルベール達は自分の国に戻るだろう。そして、光たちも元通りの生活を送る。それは血を流すことがなくなり、光たちは安全に暮らせるのだ。アルベールも自分の国に専念できるだろう。

 一人の命で二つの世界が元に戻る。

 どちらを選べばいいのかなんてわかりっこない。



 考えがまとまらない光を見かねてアルベールが優しく光に話しかけた。


「光君。君は優しい。僕は命を奪ってまで平和がほしいのではありません。時間が経てば争いは終わる……ですが、僕は兄のことをもっと知りたい。先に追っていった二人に手を貸さないで、ただ様子を見に行きたいです。その中でもしかしたら、新しい方法があるかもしれません。ヒリスを、彼女たちを救って世界も平和にする方法が」


 いつもアルベールは光に優しいと言う。

 自分のことより他人を思い、その気持ちがアルベールに伝わっているからだと言っていた。



「お願いします」


 アルベールは光に頭を下げた。


「そうだね、そうしよう」


 光に断る理由もない。アルベールの願いを受け入れた。



「健はどうするの?」


 健の肩から問う。

 健は何も迷うことなくすぐに答える。


「俺は兄貴が傷つかなければ何でもいい。兄貴についてく」


「うふ。素直になったわねえ」


「んだと?てめえ黙ってろ」


 健とイブキは口論している。仲のよい証拠だろう。言葉遣いは悪いが健の心はまっすぐぶれない。


 管理者を倒しに行く湊。

 それとは反対意見の竜之介。

 他の手はないか探る光。

 光を守るために同行する健。


 それぞれ違う答えが出た。

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