世界のために
第43話 叫び声
「キャアアアア!」
響き渡る悲鳴。
この歪んだ世界には一般の人はいないだろう。それなら悲鳴の主は葵である可能性が高い。
「あっちだ!」
声が聞こえた方角へと走る。
その先には廃屋があり、その向かいにある公園で葵がいた。葵は体を震わせていた。
その葵から十メートルほど離れた場所に銃を突きつける伊藤がいた。その顔は今までのようなニコニコした顔ではなかった。
「先輩っ……」
葵と伊藤の間に光たちは入り込み、光はシールドをはった。銃撃ならばシールドで防ぐことができる。
安心したのか葵は力が抜けて座り込んだ。
「何で葵を狙う?」
竜之介は拳を握って構えながら伊藤に聞く。
「ふっ……ふははははは!あんたら馬鹿だなあ。そりゃあの学校なら馬鹿だよなあ」
「あん?」
伊藤は顔を押さえ、今まで見てきた紳士のような態度と違い、悪意に満ちた顔をして笑っていた。
「ヘドが出るよなぁ。そんなにそいつが大切か?わかってねえなぁ。そいつがいなけりゃ終わるって言うのに」
指の隙間から伊藤の目が鋭く光る。
そして伊藤は銃のトリガーを躊躇することなく引いた。
乾いた銃声がする。しかし、光のシールドによって弾は止められた。
「海さん……?」
葵の口から小さな声で伊藤の名前を呼ぶ。
「うるせえんだよ。お前に名前を呼ばれるなんて吐き気がする」
「てめえ!葵と付き合ってたんだろう!?なんでそんなこと言えんだ!?」
竜之介は伊藤に強く言うが、伊藤の心には響いてないようだ。
「別に俺はそいつが好きじゃない。むしろ嫌いだ。観察対象として見ていただけだ」
「は?」
「管理者だよ。可能性があるやつは調べ尽くした。最後に残ったのはそいつだっただけだ」
再び銃を放つが、何度やっても変わらずシールドに阻まれる。
「葵……?本当なの?」
光は葵へ振り返って聞く。
その時にシールドへの注意がそれてしまった。その隙をついて伊藤が銃を放った。
「あっ……」
シールドを突き破った弾が光の左足をかすめた。痛みで崩れ落ちる光。
「光!」
「先輩!」
竜之介と葵の声が重なる。
かすっただけだが、血がにじんできた。
足を押さえて痛みを堪える。
「ほら、君が出てこないと周りが苦しむんだ。さあ、出てきなよ」
伊藤は銃の引き金に指をかけたまま、光たちを見つめる。
冷たい伊藤の目。どこか伊藤の笑顔が嘘くさいと感じていたが、今の伊藤が本当の伊藤なのだろう。
痛みで立ち上がるのが難しい。アルベールが光を心配そうにさするが荒い息で体を起こす。自分は攻撃よりも防御に特化している。自分が倒れては伊藤の攻撃に対応できない。
「ダメだよ、海。彼は傷つけちゃダメ」
知らない声が聞こえた。誰だと思い目をやると、伊藤の後ろに知らない男が立っていた。
その男を見たアルベールとクラシスは目を見開いて動きが止まった。
*
一方、健と湊はまだ自由になれていなかった。
「いいよね、かっこいい顔で。嫉妬しちゃうなあ」
仁村は短剣で健の面をとり、頬に一筋の傷をつけた。
傷はかなり浅いが、まっすぐに血が垂れる。
「ちっ……お前、趣味悪いな」
「君は口が悪いよ」
湊は黙っていたが、どちらも言ってること正しいなあと敵ながら納得していた。
「時間は有限だよ?お兄ちゃんに聞きたいことあるんでしょ?」
スタンツィは仁村の頭の上から湊の頭の上にいるヴェルートへ問う。
仁村は短剣を一本しまい、どこからペンを取り出した。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんはなんで生きてるの?僕はお兄ちゃんの胸を刺した。それで死んだ!お葬式もしたもん」
ヴェルートは叫ぶ。
「うんうん。ヴェルートの頭じゃわかんないよね。僕の魔法は精神に干渉する。ヴェルートが僕を殺したように見せるなんてお茶の子さいさいなの」
スタンツィはどうだ凄いだろうと言ったような顔で話している。その下で仁村はペンで健の顔に落書きし始めた。
「僕はね、あの国で言われるがままやるなんてうんざりだったの!そうしたらそこに彼が来てね、一緒に行かないかって!彼も国から出てきたから、一緒に出ていかないかって」
「彼……?」
「僕は彼が何をしたいのかなんてどーでもいいの!国から離れられただけで僕は自由で嬉しい!だから自由にしてくれた彼の手助けする!ね、ゆっきー?」
「あー、うん。そうそう。俺もそんなん」
仁村は手を止めた。健の顔を見た湊は笑い出した。
「その顔っ!あははは!」
「黙れっ!」
健の顔には黒いペンでデフォルメ化された猫らしき動物、熊らしき動物……さまざまな動物が書かれていた。決して上手いとは言えない絵。むしろ下手だ。
「イブキ!」
痺れを切らした健がイブキを呼んで武装を解除する。現れたイブキは健の肩の上に座った。
「イブキ、こいつをぶった切れ」
乱暴な言葉でイブキに言うが、イブキは動かない。
「イブキ?」
「無理よ。貴方がこの状態で勝てるわけないでしょう?」
「ああああっ!」
「その顔可愛いわよ」
血が流れない争い。
何かを書ける場所がなくなった仁村は今度は湊へ近づく。
「え、ちょ、ま」
仁村は湊の顔に同じように何かを書きだした。
「ゆっきーはね、実はお絵かき好きなの。このくらーい見た目からは想像できないよね!そんなギャップが僕は好き!」
「僕だってみっちゃん大好きだもん!みっちゃん、頭はよくないけどすーんごい優しいんだから!」
ヴェルートとスタンツィの契約者自慢が始まった。何やってんだと健は呆れた顔で見ていた。
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