第42話 歪みの中に
歩き始めて十分。
ふと違和感を感じて立ち止まる。
一瞬だけ、視界がぐにゃりと歪んだように感じたのだ。
「入り込んだようです……歪んだ世界に。葵さん、ヒリスもこの世界にいると思われます」
一度の歪みだけで、町並みは何も変わってないように見えた。しかし、警戒して歩いて行く。
進むに連れてやっと変化をよく感じ始めた。
まっすぐ進んでいるのに、同じ場所へ戻されてしまっていた。
「これじゃあ探すのなんて無理だぞ……」
竜之介の口から弱音が出た。
確かにずっと同じ場所なのだから、探せるはずがない。どうしたらいいのか、この手のことは光にはわからない。
「イブキ」
「はあーい」
健の呼びかけにイブキは答える。
すると健の姿が、あの狐面の姿へと変わった。
「狐さんだあ!」
ヴェルートは何故が嬉しそうにしている。
「俺が辺りを調べてくる」
そう言うと健は高く飛び跳ねる。
そして電柱の上に立ち見渡したあと、どこかへ飛んでいった。
待っていろとも言われてないので、さっきと違う道へ進んだりしてみるが、やはり同じ場所に戻ってしまった。
「全員伏せろ!」
上空からの健の声。
何かに気づいた竜之介が光と湊の頭を押して、強引に姿勢を低くさせた。
その直後に物凄い爆発音が響き渡る。
爆風が収まってから顔をあげると、上空で健が仁村と対峙していた。
健の手には刀。仁村の手には黒い短剣。
仁村の王には洗脳したりする魔法を使うはずだ。身体能力を上げるタイプではないはず。
空中で争う姿を眺めるしか出来ない。
「こいつは俺がやるから、さっさと探してこい!」
健は仁村の攻撃を防ぎながら光たちに言った。
仁村の短剣が健の太股をかすめる。体制を崩して落下し始めた隙に、仁村が一気に攻め入る。
「うおおおりゃあ!」
健に短剣を突き刺そうとしていたところを、湊が仁村の腹部へ蹴りを入れようとする。それを腕で防いだ仁村は、地面へ着地した。
健と湊も続いて地面に足をつく。
「お前……カフェのやつか。なるほど、グルだったのかよ。まあいいや。俺は指示に従うだけっ」
短剣をもう一本抜いて、両手に武器を身につける。そして湊に切り込むが、湊も飛び跳ねてかわす。
「ヴェルートの兄ちゃんにはお話聞かないとなぁ?俺も弟くんと残るわ。お二人さん、探しに行ってきな!」
健と湊に言われたが、進んでいいのか躊躇する。しかし、竜之介が光の手を掴んで走り出したのでその場を去った。
「なあなあ、ヴェルートの兄ちゃんだろ?お話聞きたいんだよなぁ」
「お兄ちゃん……僕は、お兄ちゃんに……」
湊の頭の上から顔を出すヴェルートはジッと仁村を見る。仁村は手を止めて、それを見る。
「ヴェルートの兄ちゃんは何で生きてんだ?」
湊の問いに答えたのは兄だった。
仁村のモサモサした頭の上から、望んでいた人物が顔を出す。空のような髪と目をもつその姿を見たヴェルートの目は見開かれた。
「久しぶりだね、僕の可愛い弟」
「お兄ちゃん……」
頭上での会話に仁村が口を挟む。
「スタンツィ、まじな弟?」
「うん。僕の正真正銘本物の弟のヴェルートだよ。僕はヴェルートに殺されたんだ」
スタンツィと呼ばれた王はニコニコしながら湊に答える。その顔はヴェルートとそっくりだった。
「んで、何で殺されたお兄ちゃんが生きてるわけ?」
「うふふ。何でって、僕が僕だからかな」
「お兄ちゃんは、確かに僕が殺したんだ。だから僕が国を継いだ……確かに僕はお兄ちゃんの胸にナイフを……」
だんだん弱々しい声になるヴェルート。
「本当に?僕を誰だと思ってるの、ヴェルート。僕の得意な魔法知ってるよね?」
スタンツィがそう言うと、健がハッとした。
体を動かそうとしたのに、動けない。光から話を聞いていたが完璧に油断していた。
湊も同じようで、動かない。動けるのは仁村だけだった。しかし、仁村の顔から汗がにじんでいるのが見えた。
「おいおい、歪んだ世界作って、俺と斬り合って、更にこんな金縛りみたいな魔法使って限界感じてんじゃねえか?」
健の挑発めいた発言に仁村は短剣を持ったまま近寄る。
そして健の首に短剣を当てた。
「なあ、その生意気な口塞いでやろうか?」
ピンチに健は唾を飲み込んだ。
「俺の仕事はさあ、あくまでも足止め。お前ら二人はちょっと足が速いから止めとくの。これが終わればさ、みんな元に戻るんだから静かにしてなよ」
「くそっ……」
「動けないと暇だよねえ?僕がお話してあげるね!」
スタンツィが楽しそうに言った。
短剣を突きつけられている健と、動けない湊には話に乗るしかなかった。
健たちと別れてからどのくらい経っただろう。
竜之介と一緒に走って葵を探す。まだ連絡もついていない。
「どこにいんだよ……」
走って行っても同じ場所に戻ることはなくなった。
辺りを見渡しても人影はない。
「ヒリスは情報収集に長けてます。もしかしたら僕らの居場所がわかるかもしれません」
「安全な場所にいればの話だがな」
今日のクラシスはいつもより落ち着いている気がする。
体力をつけるために走り込んでいた光は、竜之介と共に走り、探し続けた。
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