第39話 思いは事実と異なる

 笑いを堪える健を不思議そうに光は見ていた。健はその視線に気づいたが、落ち着きを取り戻そうと呼吸を整える。


「ふう……」


 何度も呼吸をゆっくりすることで落ち着いた健は改めて光に向かい合った。健が何かを言おうとしたが、先に光がずっと思っていたことを投げかけた。


「健はさ、俺のこと嫌いでしょ?そんなやつにお礼を言うなんてさ、大変じゃん。気にしないでよ」


 昨日イブキから嫌いということはないと聞いていたが、人伝に聞いた話じゃ信じられなかった。何でも出来る健は、何にも出来ない兄を邪魔に思って嫌っている。長い間そう思ってきたため、すぐにはイブキの話を信じられない。


「は!?何言ってんの?」


 健は目を見開いて驚きの声をあげた。大きめの声に光はビクッとする。


「俺は、兄ちゃんが……兄ちゃんが母さん達に色々言われて泣いてたから。だから兄ちゃんが泣かないように俺が身代わりになろうって」


「……へ?」


「なんで出来ないんだとかめちゃくちゃ言われてたじゃん!俺が代わりにやるから兄ちゃんを怒んないでって母さん達に……」


 知らなかった。何をやっても上手くできない光に対して、両親は諦めて健に色々やらせたのだと思っていた。光に出来なかったことを健にやらせて、そしてすぐに出来るようになったのでものすごく褒めていた。その様子を光はずっと見てきた。年々、健が上手く出来れば、光に何かを言うことも減っていた気がする。言われてみればそんな気がする。


「いや、俺のこと避けてたじゃん」


「避けてねえし!」


「毛嫌いしてんじゃん」


「だからしてねぇって!」


 二人の言い争いがエスカレートしている中で、イブキが口を挟む。


「私の力の源、知ってる?」


「いえ、存じません」


 アルベールが答える。イブキはでしょうねといった顔だが、続ける。


「『敬愛』。つまり尊敬し、親しみの心を強く持っているほど私が強くなる。健は兄を敬愛してるってこと」


「イブキ!」


 イブキがスラスラと述べるのを健が止めようとするが、止まることなく話し続ける。


「つまりはブラコンってこと!」


 最後まで言い切ったイブキを乱暴に掴み、顔を赤くして健は部屋から出て行った。それを光は呆然として見ていた。アルベールが肩を叩いたことで我に返る。どこまでが事実なのかわからなかった。


 何だったんだろうと立ち尽くしていると、スマートフォンの通知が鳴った。昨日からマナーモードにしてなかったようだ。弟からのメッセージが送られてきていた。

 それは「恥ずかしいから」とだけ書かれたメッセージ。恥ずかしくなって部屋に戻ったということだろうか?と首をかしげた。アルベールはとても嬉しそうな顔をして光を見つめた。




 ランニングを終えて帰宅すると、健がリビングで質問攻めにされていた。

 なぜ外泊して、連絡がないのか。体調悪いならなぜ伝えない。今後どうするの、と母から聞かれている。リビングのドア越しでも母の声がハッキリ聞こえた。

 昨日光が伝えたことも改めて聞いている。つじつまが合わなかったら問題になるなと思ったが、健ならどうにかしてくれるはず。すぐにそう思ったので、リビングに入らず、シャワーを浴びに向かった。




 部屋に戻り、アルベールと共に国の様子を確認する。大きな変化はなくて、事件も何も起きていない。細かい情勢はアルベールに任せて、光は部屋の片付けを始める。


 荷物を整理していると一枚の紙が出てきた。

 それは生徒会長の伊藤から受けとったもので、連絡先が書かれている。連絡することはなさそうだけど、捨てるのもどうかと思い、とりあえず机の上に置いた。



「光君、メッセージが来ました」


 片付けをする手を止めて、メッセージを確認する。送り主は湊だ。ちゃんと謝りたいから友達連れて来てくれとのことだ。休日ならいつもいるからと、駅前通りのカフェでとご丁寧に場所まで呈示してきた。

 友達とは竜之介のことだろう。健も一緒に行った方がいいかと返信すると、すぐに一緒に来てくれと返事が来た。

 いちいち文面を二人に送るのも手前なので、スクリーンショットをそれぞれに送った。


 片付けを再開しようとした瞬間、再びメッセージが来たことを知らせるポップアップが出た。竜之介からだ。

 竜之介はわかったことをまとめてからがいいとのことで、1週間後を指定してきた。

 健はまだ何か言われてるのか、返事がないので放置した。


「ヴェルートは信じてもいいのでしょうか……?」


「攻撃してきたしね。言ってることが事実なのか怪しい」


「確かめる……ヴェルートにお兄さんらしきあの方を実際に見てもらうのはどうでしょう?」


 アルベールはひらめいたようで、光に提案した。確かに兄であるとわかれば、ヴェルートも湊も信じることができる。ただし、方法がない。


「どうやって見てもらうんだ?あの廃墟でも姿を見なかったし」


「健さんですよ!何度も見たことがあると言ってましたし」


「確かに。それなら今度集まるときに提案してみようか」


 健協力の下でヴェルートに確認してもらう。

 兄であるのならば、なぜ生きているのか、なぜあの生徒会長に従うのかを一緒に考えることで、管理者に繋がるかもしれない。


 とりあえず、健の返事を待った。

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