第36話 癒やす力
「ヴェルートの体調もよくなさそうだし、俺今日帰るわ。悪かったな兄弟。とりあえず連絡先教えとくから、後で連絡してくれ」
そう言って湊は立ち上がり、スマートフォンを操作する。光も自分のスマートフォンを出して連絡先を交換した。
「ほんと悪かったな!」
湊はヴェルートを抱えたまま神社から去って行った。
「あ、これ……」
光は思い出したように、神社で拾った健のスマートフォンをポケットから取り出す。
自分のものだとわかった健はバッと受けとった。
「みた?」
「ごめん、画面はみた」
何を見たとは聞かれなかったが、ロック画面については素直に見たことを伝えた。
「ああああああ!」
健はスマートフォンを持って神社の裏に走った。イブキは取り残され、その姿をニヤニヤしながら見ていた。
「どうしたんだ、弟」
「わかんない」
光と竜之介は不思議そうに首をかしげた。
「そうだ、光!その怪我!」
顔も体もズキズキすることを思い出す。怪我を作る原因となった湊は去ったが、体の痛みは去らない。
鏡がないため、自分で顔の傷を見ることは出来ないがまた色が変わってしまったり、血がついてるのかもしれない。このまま家に帰れば親に何を言われるかわからない。それに、かなり背中が痛む。家まで普通に帰れるかすらわからなかった。
「健、出番でしょ。貴方を思って来てくれたんだもの。働きなさい」
イブキは姿を隠した健に向かって声をかけた。
すると健は少し顔を赤らめながらゆっくりと戻ってくる。
「中、入って」
健は社の中を指さす。そして当たり前のように中へと入っていく。
光は竜之介に支えられて後についていく。
神社という神聖な場所にこんな姿で入ることに抵抗を感じながらも恐る恐る入った。
「顔と他にはどこ?」
健は中に置いていたスクールバッグを探る。そして取り出したのは眼鏡だった。黒いフレームの眼鏡をかけて、光に座るように指示する。
「顔と背中……」
「ひでえ顔。イブキ」
顔の負傷の程度と他の怪我の場所を把握した健はイブキを呼ぶ。イブキは健の肩の上に飛び乗って立つ。
そして両手で光の頬を包むように覆い、健は瞳を閉じる。すると指の隙間からから優しい光が漏れる。
「なんだ?」
「しっ!」
何をしているかわからない竜之介は口を開くが、クラシスによって黙る。
だんだん顔の痛みが和らぐ感じがする。
健が手を離した時にはすっかり顔に痛みがなかった。
「すげえ……」
「次。上、脱いでうつ伏せになって」
光の感嘆の声を無視して次の指示を出す。
脱ぎたくなかったが、健の前で来ていたシャツを脱ぐ。
「その腹は?」
「それは俺だ!俺がやった!」
健に言われたのは竜之介にやられた場所だった。光より先に竜之介が答える。
「それもやるから、まずうつ伏せ」
嫌そうな顔をした健だったが、うつ伏せになった光の背中に手を当てる。顔にかけた時間よりももっと長くその状態が続いた。
健の手が離れたとき、光は健の顔を見た。
健の額から汗がこぼれ落ちる。健の呼吸も乱れていた。
「健。それ以上は体に障ります」
「いい。やる」
仰向けにされた光の腹部にも同じように手を当てていく。痛みがどんどん消えていくのがわかった。
全て終わるのに20分ほど。
竜之介は心配そうにずっと見ていた。
「痛くない……ありがとう、健」
健に感謝を伝えた直後、健はバタッと横に倒れ込んだ。
「健?」
慌てて肩を揺する。
顔が赤く、ゼイゼイと呼吸していた。
「だから言ったのに。健は力を使いすぎてリバウンドしたんです。昨日もそう。しばらく休ませれば落ち着きます」
イブキが健のカバンからタオルを持ち出して額の汗を拭う。
怪我がなくなった光もTシャツを着直して健を仰向けに寝かせた。
いくら緑が多い神社といっても気温はどんどん上がっていく。全員の額に汗がにじみ始めた。
「俺飲み物買ってくる」
竜之介がそう言って社を飛び出した。
クラシスも黙ったまま竜之介と共に出ていく。
残された光は健を楽な姿勢へと移動させた。
「イブキさん。イブキさんはすごいですね。彼の体に宿るほどの力をお持ちなんですから。僕は全然で……」
アルベールは光の隣で正座をし、グッと手を握り悔しそうな顔をしていた。
イブキは腕を組んだままアルベールの頭に手を乗せた。
「貴方には貴方のやり方があるでしょう。強さばかりが全てではありません。貴方はにはたくさん知るべきことがあるのですから」
「知るべきこと……?」
顔をあげたアルベールにイブキは微笑む。
「ええ。貴方が今ここにいる理由。それを知るべきだと思います」
「え……?」
イブキにさらに問い詰めようとしたアルベールだが、イブキは自分の口に指を当てて静かにするように伝えた。
すぐにその後、ゆっくりと健が起き上がろうとしていた。
「健、寝てなよ。今竜之介が飲み物買ってきてくれるから」
「あー……」
起き上がろうとしたが力が入らずにそれは叶わなかった。
「母さん心配してたよ」
「ふん……」
体は動かせないが頭はハッキリしているようだ。健はゆっくりと目を閉じた。
「そんな態度とらなくても……」
健の反応に少し傷ついた光は肩を落とした。
「いえ、健は嬉しいんですよ。ね?」
「黙れ。化けの皮剥がすぞ?」
「うふふ」
イブキは笑っている。健が嬉しい理由がわからない光は2人を交互に見る。
「おっと、これ以上言ったら怒られてしまうので言いませんよ」
健に睨まれたイブキは臆することはなく、笑っていた。
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