第35話 休戦
しんとした空気を破ったのは湊の声。
もともとが明るい性格なのかその声は明るかった。
「なあなあ、ヴェルート。なんで止めたん?」
「もしかしたら、もしかしたらね!おかしい気がするの!」
「はあ?」
竜之介に殴られた頬を押さえ、寝そべったまま話す。
ヴェルートも湊の頭の上から離れようとはしなかった。
「おいちょっと待て。俺、なんもわかんねえんだけど、こいつ誰だ?」
殴っておきながら竜之介は湊を指さして光に聞いた。光は健の上でフリーズしていたが、我に返り慌てて退く。
すると健はゆっくりと起き上がってあぐらをかいて座り直した。
「えっと……そっちが襲いかかってきた人」
「
「みっちゃんでもいいよ!それで、僕がヴェルート!」
湊は起き上がろうとしない。
ヴェルートが髪の上から湊の顔の上を通り、胸、お腹の上に移動する。顔を踏まれた湊からは変な声が聞こえた。
「襲いかかってきたなら敵だろ!」
竜之介が湊に声を荒げるが、湊は気にしていないようだ。
「そうだけどそうじゃないのー。確かに狐さんもひかるんにも怪我させちゃったけど違うのー!」
ヴェルートは湊のお腹の上でジャンプして必死に説明する。そのたびに鈍い声がする。
「ひかるん……」
健は顔をそらして笑いを堪えているようだ。
ひかるんと呼ばれた本人は、とりあえず聞き流した。
「じゃあそっちの笑ってるやつは誰だ!?」
竜之介は、今度は健を指さした。それに気づいた健だったが、『ひかるん』がツボだったらしく肩を震わせている。
「こっちはその、弟の健。前に会った狐面だよ」
健は竜之介に本当に軽く頭を下げた。
光の弟という立場のために何も言えず口を閉ざす。
「健さんの契約した王はどちらに?」
アルベールが光の影から健に問いかけた。
まだ怯えているのかすぐに光の後ろに隠れる。
「ああ……イブキ」
そう言うと健の衣服が和服から普段の制服へと変化する。同時に健の膝の上に長めの桜色の髪を耳にかけ、片側に流した紺の和服姿の男が立っていた。
「初めまして。健と契約をしているイブキと申します」
イブキは手を揃えて頭を下げる。
アルベールもそうだが王様にもなると凄く礼儀正しいのだと感じた。
アルベールはイブキの姿をちらっと見る。その視線を感じ取ったイブキはジッとアルベールを見つめた。
「猫かぶってやがる……」
健は隣にいる光にしか聞こえない程度の声でつぶやいた。光はその言葉が気になって健に目をやるが、視線が交わることはなかった。
「あー!お前!」
黙っていたクラシスが声をあげる。いつもなら制服のポケットに入っているクラシスだが、今日はTシャツを着ている竜之介。今回は入るところがなかったのか頭の上に乗っていた。
「ん?クラシス?」
「竜之介、俺はあのピンク頭に何度追いかけられたことか……」
「失礼な。交渉しに行っただけです」
クラシスはサッとイブキからは見えない角度に隠れる。
イブキは冷静にクラシスを見て反論した。
「僕のことはおいといてください。それよりもヴェルート。貴方の話が聞きたい」
イブキはヴェルートに問う。
アルベールとクラシスもヴェルートに目をやった。
「さっき狐さんが言ってたでしょ?僕みたいなやつを見たって」
「見たよ。その話し方といい似てるやつをな」
ヴェルートは健のことを狐さんと呼び、健はそれを指摘することなく話を進める。
「こんな話し方をする王なんて、今まで会った中でも1人しかいないから……」
「その似てるやつがそうだっていうのか?」
「うん……でもあり得るはずがない。だって僕が。僕がこの手で殺したんだから」
明るく話してたヴェルートの声がどんどん暗くなる。まだ可能性の話だが違和感を感じたのかヴェルートは起き上がった湊に抱きついた。
「それって兄貴のことか?」
ヴェルートはアルベールが兄を殺したことを知っていて自分と同じだと言った。湊の口からでた『兄貴』と言う言葉にアルベールもわずかに反応を見せる。
「そう。僕がお兄ちゃんを殺した。だけど、お兄ちゃん以外にこんな話し方するやついないないもん」
「そいつの特徴は?」
健が問う。ヴェルートは湊に抱きついたまま語る。
「僕と同じ話し方で、すごくきれーな空みたいな髪と目をしてて。お兄ちゃんは人を操ったり、認識を変えたりする魔法が上手なの」
ヴェルートがあげた特徴に光と竜之介、クラシスはピンときて、2人は顔を見合わせた。
「それってあの仁村ってやつの……」
「うん。見た目と魔法、どっちも当てはまってるよ」
「待てよ。俺も思い当たるのは仁村ってやつだ。そっちの言う仁村ってうちの副会長か?なんで知ってる?」
健が光たちに聞く。年上の竜之介もいるなか、敬語を使わない。しかし今となってはそんなことは気にならなかった。
「急に学校に来て襲われて……」
「チッ……あいつ……」
健は舌打ちして苛立ったようだった。
光は家での健の姿より今の姿が本来の健な気がして何だか変わってしまったことに悲しくなった。
「死んだやつが何で現れるん?お化けか?」
蚊帳の外だった湊は変わらぬ態度で冗談交じりで言うが、誰も笑うことはない。
「お兄ちゃんは確かに死んだんだ。お葬式もやったし、お墓も作った」
死んだはずの人物が生きているかもしれないという恐怖から、ヴェルートは湊から離れようとしない。
その背中を湊は優しくなでた。
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