第34話 面


「おーい、聞いてますかー?」


 蝉の声と一緒に湊の声が聞こえる。

 光の体は全身が痛んでもう動きたくない。

 空気はじめじめと暑いのに、敷石は冷たく感じる。


「だーれも来ないし、暇だし、ちょっとここらで殴られてろよっ!」


「うぐっ……」


 湊は光の髪を乱暴に掴み、顔を持ち上げた。

 そこへ右ストレートを放つ。

 右利きの人が多いため、左の頬だけいつも殴られてばかりだなとぼーっとした頭で考えた。


「あれ?口の中でも切った?血がつくのは嫌だなぁ」


 湊はのんきに話す。

 何発も繰り返されていくうちに、痛みの感覚すらわからなくなってきた。

 目を開くのが辛くなったとき、ガタッと光の後ろから音がした。

 湊は手を止めて、音のする方を見る。


「ああ!昨日のやつがこんなとこにいた!」


 湊は掴んでいた光の髪を離すと、力が入ってない光は重力に逆らうことなく頭を地面にぶつける。

 光はゆっくりと顔を音がした方へ向けると、社の扉を開けた狐面の男が立っていた。

 痛む体を少しずつ動かして、狛犬にもたれかかる。

 湊と狐面の男の2人に遭遇してしまったのだから、死んでしまうのではないかと恐怖が光を襲った。




「あ、狐さん!僕たちと遊ぼうよ!」


 ヴェルートの声と共に湊は狐面の男に走り寄って蹴り上げる。

 男は鞘に入った刀で蹴りを防いだ。

 湊とヴェルートの興味は光から狐面の男にうつったようで、光に目を向けなくなった。


「ほーらよっ!」


 湊は再び蹴りこむ。

 それをかがんでかわすと、一瞬で鞘から抜いた刀を湊へ突き出す。


「おーこわっ!」


 湊は体を後ろに反らせて刀をかわし、男と距離をとった。

 男は刀を杖のように社の床に突き刺して立ち上がる。


「殺傷力はそっちの方が強いよねー」


「湊も強くしよーよ」


「そうだよな、やってやんぞ!」


 湊とヴェルートがそう言うと、みるみるうちに湊の肘から下がまるで獣のように鋭い爪を持った手に変貌する。


「黙ってばっかりじゃなくて、なんか言ったらどうなんだよっ」


 そう言いつつ湊は両手の爪で男に斬りかかるが、男は刀で難なく防ぐ。

 しかし、湊は防がれるのをわかっていたようで足を思いっきり蹴り上げた。

 その足が狐面に当たり、ヒビが入ったようでパラパラと面の一部が落ちて口元があらわになる。


「やっと表情みーえた!」


 男は動揺したのか動きが鈍くなった。

 そこに今度は爪で顔を狙う。

 油断していた男の狐の面が2つに割れた。

 割れた面がパラパラと地面に落ちる。あらわになった男の顔を見た光は目を見開いた。



「は、なんで……?」


 刀を持って立っているのは紛れもない弟の健だった。

 爪が頬をかすめたのかうっすらと血がにじんでいる。


「ん?知り合い?」


 湊が光と健を交互に見る。

 そして何かに気がついたのか指を指して口を開いた。


「そっくりじゃん!もしかして兄弟!?」


 光は重い体を動かして立ち上がる。

 健は社から出て、地面に足をつけた。


「まっさか兄弟を続けて襲撃するなんてねー俺、幸運?」


「いや、お前は不運だ」


 ずっと喋らなかった健が刀を湊に向け口を開く。


「こんな風にしたこと、後悔させてやる」


 健は湊との距離を一気に詰める。

 しかし健の刀は湊の爪で押さえつけられてしまった。


「その小さいやつも気にくわないんだよ。あいつみたいにピーピー喋りやがって」


 健の目は湊の頭の上にいるヴェルートに向けられた。

 ヴェルートは大きな瞳で見返す。


「狐さん、僕みたいなやつを知ってるのー?」


 刀と爪で斬り合う。

 お互い力は互角のようで戦況は何も変わらない。


「よーく見たことあるよっ」


 健は刀ではなく足で湊の腹部に蹴りを入れた。

 湊は後方へ飛ばされた。

 急いで立ち上がろうとしたとき、ヴェルートが湊の髪の毛を思いっきり引っ張った。


「待って!湊、待って!」


「いでででで!引っ張るな!はげる!」


「待ってってば!」


 湊はヴェルートを頭から下ろそうとするが、髪を掴んでいて下ろすことが出来ない。

 その間に健はふらつきながら湊に近寄る。


「俺は待たない」


 光は今までとヴェルートの様子が変わった気がして、健より先に湊の近くに移動した。


「待って!もう攻撃しないから!」


「はあ?何言ってんだよ。俺は全然まだやれる!」


 そう言った湊だったが、ヴェルートは敵意がないことを示すためか魔法を解除し、獣のような手から普通の手に変化していく。


「待たない」


 健は刀を高く振り上げた。



「健!」


 光は健の横から飛びつく。

 意図していなかった光の行動に健はそのまま横へ倒れた。


「健!それじゃあ人殺しだろ!」


 健はキョトンとした顔で上に乗っている光の顔を見る。

 そして刀から手を離して両手で顔を隠した。


「健?」


 よく見ると耳が赤い。

 赤くなる原因は何なのかわからなくて光の動きは止まる。

 この兄弟を見ていた湊も何が起きたのかわからなくて動きが止まっていた。


 そこへバタバタと石造りの階段を上る音が聞こえたのと同時に、大きな声が聞こえた。


「光!……ん?その服、このまえの狐面かっ!」


「竜之介!待って!」


 健の服装から以前に遭遇した狐面の男だと判断した竜之介は身構えたが、光の声にゆっくりと力を抜いた。

 その間も健はずっと顔を隠している。


「光君!無茶しないで!」


 アルベールがスッと飛んで光の肩に止まる。

 光の下にいる人物をじっと見る。


「どういうことだ?」


「どうもこうも……俺が光君をボコボコにして、狐さんとバタバタしてるうちにヴェルートがぐぶ!」


 竜之介の疑問に答えたのは湊だった。

 いつの間にか立ち上がって経緯を話す。

 しかし全部を言い切る前に、竜之介の拳が湊の頬を捉えた。


「じゃあお前が悪い」


 湊は強烈な拳をくらって再び倒れ込んだ。

 謎の空気が4人を包んだ。

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