第31話 行方

 テストの手応えはあった。

 みっちりアルベールにしごかれたためかいつもより書けた気がする。

 もともと頭がよくない学校であるため、基礎中の基礎の問題ばかりだ。

 生徒も進んで勉強するのはほんの一握り。

 少しでも勉強すれば周りより成績が上になる。


 ただ、急に頭を使ったせいか凄く疲れた。

 それは竜之介も同じようで、テストが1つ終わるたびに机に伏せていた。



「光君、お疲れ様です。結果が楽しみですね」


 アルベールはテストを終えて帰ってから言葉をかけた。

 光は手を軽く振ってベッドに倒れ込んだ。


「もうだめ、しばらく頭使えない。ほんと無理」


 うつ伏せのままベッドに体を預ける。

 アルベールはふわふわと飛んで、光の耳元に座った。


「ふふ。光君、なんだか変わりましたね」


「え?」


 アルベールの方に顔を向けると、優しく微笑んでいた。


「ほら、僕がここに来たときのこと覚えてます?」


「ああ、なんか声が聞こえるなーってときの。覚えてるよ」


「その時の光君、全てに絶望したような、生きることも辛そうな……今にも消えてしまいそうな感じでした。それが今、すごい生き生きとしてますよ!」


 アルベールが初めて話しかけてきた頃を思い出す。

 家も学校も嫌だった頃だった。


「アルベールがいたからだよ、全部」


「僕はきっかけでしかないです。光君が自ら変えてるのですから」


 今ではあの頃考えられなかった、竜之介という友達もいるし学校へ行くのは苦ではない。

 家にいると、まだ居心地が悪く感じるが。


「そろそろ……ああ、眠ってしまったのですね。テストでお疲れでしょうし仕方ありませんね。ゆっくりしてください」


 光はそのままうとうとしていたら眠ってしまった。

 そんな光の髪をアルベールは優しくなでた。






 ――ねえ!あなたもおかしいと思うでしょ!?


 ――連絡もないのよ!



 下の階から声が聞こえる。

 声からして母のようだ。今までにないほど声が大きいし、怒っているように聞こえる。

 まだまだ眠っていたかったが、ゆっくりと起き上がる。

 横にはアルベールが丸まっており、寝息が聞こえた。

 起こさないようにそっとベッドから離れ、声が聞こえた1階へ向かった。



「だから警察に……!」


「大げさだ。男なら一度や二度帰りたくないことだってある」


「何よ、あなたもそうだって言うの?」


 リビングでいつもと違って大きな声で喧嘩しているのは両親だった。母だけが声が大きいだけだが。


「光、お前は健から何か聞いてないか?」


 母から光へと顔を向けた父。


「……知らない。何かあったの?」


「健が帰ってこないのよ。もう帰るって連絡があってから5時間も経ってるのよ!今までこんなに遅くなることなかったわ!絶対何かあったのよ!」


 母が声を荒げる。

 父はあきれた様子で母を見た。

 時計を見るともう夜の11時を過ぎている。

 この時間に外をふらついていれば補導されるはずだ。補導されれば親に連絡がいくはず。

 しかし何も連絡がないとなると、警察に見つかっていないのか、誰かの家に泊まってるのか。しかし、後者ならば連絡があってもいいだろう。

 光はそんな健のことよりも、学校から帰ってこの時間まで寝てしまったのかと驚いていた。


「今日はたまたま帰りたくなかったんじゃないか?」


「そんなことあるわけないじゃない!あの子はいい子なの!何かあれば連絡するわ!まずは、警察に……」


「落ち着け。今日はとりあえず様子を見て、明日中に帰ってこなかったら警察にでも連絡しろ」


「でも……」


「男にはそんな日もある」


 母がパニックになっている中でも、父は焦ることなく座っていた。

 母は父に言い返す様子がない。


「俺、探してくるよ」


「ダメだ。お前が外に行けば親に責任がいく」


「……はい。じゃあ明日探しにいってみるね」


「そうしろ」


 父の了承を得た。

 母は座って頭を押さえていた。

 光には、こんな空気の中夕食について聞く勇気はなかった。

 仕方なく自分の部屋に戻る。

 その時に光に声がかかることはなかった。




「どうされました……?」


 目をこすりながらアルベールが起き上がる。

 部屋の扉をバタンとしめた光はベッドに腰掛けた。


「健が帰ってきてないみたいで……」


「弟さんが……それはご両親も心配ですね」


「どうしたんだろ?俺、健が何を考えてるのかわかんない」


「他人の考えがわからないのは当然です。人は話さないと何も伝わりません」


「うーん……」


 アルベールが言っていることは最もだ。

 健を心配しているとき、光のお腹が大きな音を立ててぐぅと鳴った。

 自分の音に恥ずかしくなった光の顔は真っ赤になった。


「もう夜も遅いですし、まだ食べてませんでしたね。何か夜食が……」


 アルベールは言いかけてサッと光の後ろに隠れた。

 すると部屋の扉をノックする音が響く。


「……入るぞ」


 光の部屋に父が入ってきた。その手には隙間から湯気が出るカップ麺と箸をがあった。


「夕食だ。母さんはあの調子だし、俺には作れん。これで我慢してくれ」


 光にカップ麺を手渡す。


「あ、ありがと……」


 すぐに父は立ち去るかと思ったが、光の顔を見て動かない。


「え、と……?」


 おどおどする光に父は口を開く。


「何があったか知らないが、母さんに心配をかけるなよ」


 キョトンとする光に父は自分の頬と手を指さして言った。

 慌てて光は頬に手を当てる。

 父はその後何も言わずに部屋から出て行った。



「ばれてる!?」


 父が去ってから鏡に顔をうつす。

 毎朝顔のアザを隠すようにしていたが、どうやら眠っていた間に落ちてしまっていたようだ。頬に薄く赤黒い傷が見えていた。


「やっば……」


「お父様、深く聞いてきませんでしたね」


「そこは助かったけど……」


「注意しただけでしたね。あ、麺が伸びちゃいます」


「おっと……」


 受けとったカップ麺を机に座って食べる。

 カップ麺の蓋に少し麺をとってアルベールにも分けて食べた。


「明日はお休みですし、ランニングがてら探しに行きましょう」


「ああ」


 いつも食べているカップ麺だが、父がお湯を多く入れたのか少し薄味な気がした。

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