第29話 夕暮れと


「早く」


 鋭い目で見られてしまい、余計に焦って頭が回らない。

 すぐに視線を外すが恐怖で何も考えられなくなった。


「光君、僕は乗らないほうがいいのではないかと思います……」


 光のカバンから恐る恐る出てきたアルベールは、光の肩から少し顔を覗かせて伊藤たちを見つつ小さな声で言った。


 その姿を伊藤と仁村はジッと見る。

 2人の視線から逃げるようにアルベールはスッと光の後ろに隠れた。


「……すみませんが、同盟はお断りします。誰かを犠牲にするより、誰も犠牲にならないで終わる方がいいので」


 一度深く呼吸してから断った。

 伊藤は相変わらずニコニコした顔のままだが、仁村が苛立ったようでガタッと立ち上がった。


「おい、ここまで話を聞いておいて断るのか?断っておいて無事に帰れるとでも思ってんのか?」


 仁村の言葉に肩をビクッとさせた光に気づいた竜之介が、光と仁村の間に入り向かい合うように立った。


「あ、やんのか?受けて立つぜ?」


 竜之介は拳を握って臨戦態勢をとる。

 光も構えた。


「あーあ、残念だなあ。でも仕方ないか。いつでも気が変わったら言ってよ。これ、連絡先」


 伊藤はバッグから手帳を取り出して何かを書き、ちぎって光に手渡した。

 そこには携帯番号とSNSのアカウント名が書いてあった。


「協力してくれるならありがたいけど、もし僕らを邪魔するようなら容赦しないからね。いつでも協力は受け付けるよ」


 伊藤の表情は残念そうには見えない。

 仁村はドスッと再び座った。


「光、行こうぜ」


 光の腕を組んで竜之介は歩いて行く。

 伊藤はニコニコしながら手を振った。

 光は竜之介に引きずられるようにその場を去った。


 伊藤と仁村だけになると、伊藤の顔からサッと笑顔が消えた。


「ゆっきー、邪魔してきたときはやっちゃっていいよ。それでやられるなら弱かったってことだ。そのときは仕方ないよね?おーい、聞いてるー?」


 伊藤は仁村にではない者にも話しかけているようでもあったが、その様子を光たちは見るよしもなかった。





「あー!なんなんだ、もう!クラシス!」


 廃屋を出るなり竜之介は苛立っていた。

 頭をぐしゃぐしゃにかいてポケット内のクラシスを呼ぶ。

 クラシスはポケットから顔を出した。

 アルベールも光の肩に座っている。


「俺に当たるんじゃねえ!それよりあいつ、何考えてるかわかんねえ……」


「僕も同感です。生徒会長さん、本性は違う気がして、あの笑顔が怖かったです……」


 2人の王は小さくなった。

 光と竜之介はその姿をみて何も言わずに歩いた。


「だよなぁ、あの提案には乗らなくて正解だと思うぜ」


「何をさせられるかもわかりませんし……邪魔しなければ襲われることもなさそうですし」


「またあんなのに襲われるなんてたまったもんじゃねえよ」


「ですね。あ、以前襲われたときって動きを操られてしまったんですよね?今日起きたのも似てませんか?」


 ずっと黙っていた2人もハッとした。

 動けないようにされたり、竜之介は意思に反して体を動かされた。

 体を操られた点においては同じだ。


「鹿山は?鹿山の件も同じなんじゃねえか?」


「何があったのですか?」


 鹿山に襲われたとき、アルベールは眠っていた。何があったのかは話していなかった。


「鹿山が光を切りつけたんだよ。そんときの鹿山の様子は変だった。明らかに異常だった」


 光ではなく竜之介が答えた。

 アルベールは光の顔を伺った。


「光君、お怪我は?大丈夫ですか?」


「もう大丈夫だよ。治ってきてるし」


 切られた手を見せる。アルベールはそれを傷跡を見てシュンとした。


「僕が使えない間に……ごめんなさい」


「だから大丈夫だって。これから頑張っていこう?」


「はい!」


 光とアルベールは笑い合った。


「なーんか、2人を見てるとほのぼのするよなー」


 竜之介の発言にクラシスはうなずいている。

 そこでまた、光とアルベールで笑い合った。


「話を戻しますが、光君を切った人の様子がおかしかったんですよね?」


「ああ。もしかしたら全部あの副会長の仁山がやったかもしれねえ」


「可能性はありそうです……全部で3回もとなると力を知るためにやったのでしょうか……?」


「うーん……?あ、俺家こっちだ。じゃあな、お疲れー!」 


 竜之介に手を振って別れ、それぞれの帰路についた。




 家へ向かって自転車をこいで数分。

 曲がり角を曲がってすぐに葵の姿を見つけた。


「あー先輩!また部活来ないで、こんなところで何してるんですか?」


 制服姿の葵は走って光に寄った。

 光は自転車を止める。


「まあ色々とあって……葵こそ何をしてるの?」


「散歩を兼ねた情報収集です!」


「へえ。なんかいい情報あった?」


「それがなにも……」


 葵は苦笑いした。

 光もつられて苦笑いする。


「明日は部活でるよ」


「了解です!私もいい情報あったらお伝えしますね!それではまた明日!」


 葵は元気よく手を振って去って行った。

 光も手を振って見送る。


「こんな所まで歩いてきたのでしょうか?かなり遠くまで散歩してるんですね」


 葵と出会ったのは学校と光の家との間。

 どちらかといえば光の家に近い所だった。

 葵の家とは反対方向になる。


「やることやってるんだなー俺らも頑張んないとね」


「はい、頑張りましょう!」


 光たちは意思を固くし、再び帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る