第22話 侵入者
鹿山の件から1ヶ月が経った。
鹿山はその後学校に来ることはなかった。警察の世話になっているといったような話もなかったが、転校したという噂は聞いた。真実はどうなのかわかってはいない。
鹿山がどうなったかよりも、別の問題がある。それはアルベールだ。一向に目覚めることなく、綺麗な白い髪が黒くなるつつある。
アルベールを心配し、光の体調も悪くなりつつあった。
「早瀬!ちゃんと走れ!」
体育の授業中、準備運動内で校庭を走っているときに体育教師から名指しで言われた。
「は……い!」
光は力を振り絞って走る。
他の人たちとは少し遅れて走り終えた。
クラスメイトは少し汗ばむ程度だが、光だけはまるで全力疾走した後のように呼吸が乱れていた。
「おい、光。お前、大丈夫じゃないだろ?」
竜之介は赤いラインの入った半袖の体育着の袖をまくり、肩で息をする光の傍に来た。
竜之介の呼吸は全く乱れてない。
「大丈夫だよ。まだ大丈夫……」
光はアルベールが心配でろくに眠ることもできていない。今、アルベールはロッカーの中のバッグにいるはずだが、このまま起きなかったらどうしよう、誰かに襲われたらどうしようと考えてしまい眠れなくなった。
大丈夫といいつつ、歩く光の足下はふらついていた。
クラスメイトは気にすることなく体を伸ばしたりしている。
「せんせー!早瀬の体調が悪そうなんで保健室いってきまーす」
「わかった。体調悪いなら休めよ、早瀬!新島、連れていけー」
少し離れていた教師に竜之介が伝えると、クラスメイトたちの視線が光に集まった。
「やっぱり鹿山のことでまだ精神的にきてんじゃね?」
「お前本人に詳しく聞いて来いよ、去年同じクラスだったんだろ?」
「ざけんなよ。話したこともねえし、何考えてるのかもわかんなくて気味わりぃ」
クラスメイトはコソコソと話していた。
「先生の許可ももらったし、いこうぜ」
背の高い竜之介の肩を借りて、保健室へゆっくり歩いて向かった。
「アルベール、何も変わんないのか?」
少し歩いてから竜之介が光に聞いた。
光は何も答えなかったが、竜之介は理解したようだった。
「クラシスにも聞いたが何も答えねぇ。これだけ起きないんじゃ心配だよなぁ」
光の遅い足取りに竜之介は合わせてくれている。
乱れた呼吸は整ってきたが、まだ会話できるほど体力が回復できてない光は竜之介の言葉を聞くだけで精一杯だった。
「おい、竜之介!俺を置いていくな!」
ゆっくり進む2人の後ろ、校庭の方からクラシスが走ってやってきた。
小さなクラシスでも走れば追いつくほどゆっくりした歩みだというのがわかる。
「あ、そうだった。保健室行くからこいよ」
「言うの遅いんだよ」
なんやかんやで仲のよい2人を見ると、アルベールの心配が大きくなった。
校庭から離れ、下駄箱へ向かっていると正面から黒いパーカーのフードで顔を隠した男が歩いてきた。
校庭や教室からこの場所は見えないが学校の敷地内である。普通の人が無断で入ってくるのはおかしい。かといって教師のような年齢には見てないし、この学校の制服ではない。完全に外部の人が侵入している。
何かおかしいと感じた竜之介は足を止める。
光は誰だろうかと前に立つ人物に目を向けた。
「あれー?どっちをやればいいんだっけ?」
パーカーの男はけだるそうに腰をポリポリ掻いて顔を上げた。癖のある長い前髪で目元は見えない。
その男の首元からゴソゴソと小さな人が出てきた。
「あ!これは両方だ!今、目が合った!」
出てきたのは青空のような髪をした無邪気な王であった。王は髪と同じ色の大きな瞳を輝かせて、光と竜之介を指さした。
「やっべ。光、大丈夫か?」
「俺今無力だよ……」
「俺らが何とかするぞ、クラシス!」
竜之介は少し下がり、光を支えていた手を離した。そしてクラシスと共に光の前に立った。
「君、クラシスっていうんだ!」
「あのちっこいの知り合い?」
「ううん!知らない!」
「なんだよ。って、あれ?もしかして後ろのやつ使えない系?挽回のチャンスじゃね?名誉挽回?」
「名誉挽回!難しい言葉、覚えた!両方ボコボコにしちゃえー!」
男は右手を前に突き出した。手に黒い光の粒子が集まっていく。集まった粒子が少しずつ球体を形作り、リンゴほどの大きさになったとき球体を握りつぶした。光たちは警戒する。
「光!逃げてくれ!」
前に立っていた竜之介が振り返り、苦しそうな顔をしながら光に近づいてくる。
「竜之介!止まれ!」
「勝手に動くんだよ!」
クラシスが止めようと声をかけるが、クラシスの体は動かない。竜之介も声を荒げる。
「あ、れ?動けない……」
光は体を動かそうとするが全く動かない。
かろうじて首から上を動かせるぐらいだ。
「ちょ、まじねぇって!」
竜之介は光の前で足を止め、腕を振りあげて光の顔を殴った。
「ボッコボコ!仲間割れだね!このままにして僕たちは帰ろっか!」
「そうだね。言われたことはこれだけだし」
男はそのまま振り返り、裏門の方へ歩いて去って行った。
「あいつどっかいったぞって、避けろ!」
竜之介は右の拳を引く。
そしてそのまま光の腹部にヒットさせた。
「ゲホッゲホッ……」
「光!」
体の自由がきかない光は殴られたまま立っているしかない。足下も地面に固定されているので倒れることもない。
「俺じゃ止められねぇよ!くそっ!」
動けないクラシスは顔だけこちらに向けて叫んでいる。
竜之介は光の首元を掴み、何度も腹部を殴る。
「止まれよ、止まれよっ……光!」
「がっ……ゲホッ」
殴り続ける竜之介の泣きそうで苦しそうな顔が目に入った。
「竜之介、のせいじゃない」
「光っ……」
精一杯出した光の言葉で竜之介の目から涙がこぼれる。しかし、竜之介の手は止まらない。
殴られた箇所が酷く痛む。痛いし、吐きそうだあ。意識がなくなってしまえば楽になるのにと思うのに、なかなか意識が飛ばない。
「光君、お力お借りします」
数分間ずっと殴られ続けていると、突然聞き慣れた声が耳元で聞こえた。
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