第23話 痛みと傷と

「アルベール……?」


 光の肩に黒い髪をしたアルベールが立っていた。


「竜之介くんとの間にシールドを」


 アルベールは冷静に光に指示をした。

 光はバッグにいるはずのアルベールが今ここにいることに驚き、アルベールを見たままボーっとしている。


「アルベール、俺を止めてくれ……」


 苦しそうな顔をしながらまた腕を振りあげる。

 ハッとした光は今まで練習していた『シールド』を自分の前に出した。


「ぐっ……さんきゅー光」


 シールドを殴った竜之介の手は赤くなっている。

 手が痛むだろうが、竜之介の口からお礼の言葉がでる。


「この間に縛りを解除します。皆さんちょっとビリビリしますけど、耐えてください」


 アルベールがそう言うと光の肩に両手をつける。すると、光の体に電撃が走った。


「いっ、て!ってあれ?」


 体全体がビリビリと痺れたように感じたのは一瞬で、すぐに体が動かせるようになっていることに気づいた。


「光君、地面に両手をつけて」


 アルベールの言われたとおりに、しゃがんで両手を地面につけた。するとそこから電撃が走り、クラシスと竜之介の足下から電撃が伝わった。


「あだだだだ!」


 無言で電撃を受けるクラシスと衝撃で声がでる竜之介。

 電撃の光はすぐに消え、2人の体の自由が戻った。


「おお、動ける!ありがとな、2人とも」


 クラシスが光とアルベールに走り寄る。後から遅れて竜之介も続く。

 光の目にはそれがぼやけて見えた。

 体に力が入らない。

 光はかがんだ体制から横に倒れた。


「光!しっかりしろ!」


 竜之介の声が聞こえる。

 声は聞こえるが、目が開かない。

 体が痛んで動かない。

 光はそのまま意識を手放した。





 どれだけ時間が経ったのだろう。

 ゆっくり目を開けると白い天井が目に入った。白いベッドで寝かされていたようだ。頬と腹部にはガーゼや湿布で手当てされている。

 痛む体を起こして外を見た。窓からどこかの部活がミーティングしているのが見える。

 その風景から放課後の学校であることがわかった。


 ベッドの横のテーブルには、光の制服とカバン、折りたたんだ小さな紙が置かれていた。

 手を伸ばしてその紙をとり、開いて確認する。


『悪い。先に帰る。  竜之介』


 竜之介からの伝言だった。

 携帯に連絡を入れるのではなく、手書きのメッセージを残すほど丁寧な人物だったか怪しく思った。

 カバンの中を確認すると、黒い髪のアルベールが変わらぬ姿で眠っていた。


 アルベールが目覚めたのは夢ではない。確かに目覚めて、力を貸してくれた。だけどまた眠ってしまった。アルベールがいなくては何も出来ない自分の無力さを痛感した。


 ベッドから出て、制服に着替えた。

 ベッドを囲っていたカーテンを開けると保険医が何かを記入していた。


「起きたんですね。暑くなってきましたし、体調管理、しっかりしてくださいね。また、転んじゃいますよ。気をつけて帰ってください」


「はい、ありがとうございました」


 保険医は『転んだ』と言った。傷は全て竜之介によるものだが、転んだ傷ということになっているらしい。それでまかり通るとは思えないが強引に竜之介が言ったのだろう。


 保健室を出て帰路につく。

 歩くたびに傷が痛む。腹部を押さえながら歩き進めた。





「ただいま」


『おかえり』の言葉は返ってこない。

 玄関の扉は鍵がかかってなかったし、コーヒーのよい匂いがする。誰がいるのかとリビングに向かう。


「あ?何その顔」


 リビングのテレビを見ながらコーヒーを飲んでいたのは健だった。

 白いガーゼがついている頬を見られた。


「まだやられてんの?」


 過去にいじめられていたことから、『まだ』と言う言葉がついた。


「誰にやられたん?」


 健は光の怪我に興味があるのかグイグイ聞いてくる。

 話したくなかった光はすぐにリビングを出て自室へ向かう。


「ふーん……何だよ、あれ。ふざけるなよ」


 コーヒーを飲みながら健は去って行く光を見て小さな声でつぶやいた。




 部屋につくなり、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

 保健室で寝かされていたが、体の疲労感が回復できたわけではない。傷が痛むがそのままうとうとしているうちに眠った。





 ――……起きてください。


 どこかで声が聞こえる。

 まだ起きたくないんだ。


 ――そろそろ起きないとご飯なくなっちゃいますっ!



 声を無視していると、激しい痛みが体を走る。


「いっーたい!って、あ……」


 うつ伏せのまま眠っていた光の腰に、雰囲気の変わったアルベールが立っていた。

 腰からの刺激で、腹部が痛んだ。


「おはようございます、光君」


 柔らかい黒い髪に赤い瞳のアルベールはイタズラが成功したような無邪気な顔で光を見る。

 痛みがあるから夢じゃないとわかった光は、アルベールを確認し目に涙を浮かべた。


「あれ?もしかして痛くて泣いちゃいました?すみません!軽くやったつもりだったのですが」


「そうだけど、そうじゃないんだ……アルベールっ」


 再びうつ伏せになり、顔を隠した。


「ええっ、光君。光君!」


 枕に顔をうずめる。アルベールが心配そうに光から降りて枕元へ来る。少し顔を上げるとすぐにアルベールと目が合った。


「心配おかけしました。……ただいま」


「おかえり、アルベール」


 見た目は変わったが、中身は変わらない。

 いつもの優しいアルベールが帰ってきたことに、喜びで涙を流すのであった。

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