動き出す歯車
第20話 変化
光は帰宅してからアルベールの看病を続けた。少し熱っぽく感じたので、端切れを濡らしてアルベールの額に乗せた。
夜通し様子を見続けたが、アルベールの様子は変わらなかった。
翌日、学校があるので行かなくてはならない。
仮病を使いたい気持ちもあったが、光の母が許すことはないため、アルベールをマフラーをベッドの代わりにして鞄へ優しく入れて学校へ向かった。
「はよっす。どうだ、様子は」
教室に着くなり朝一に声をかけてきたのはいつも通りの竜之介だった。
「おはよう。昨日と変わんないよ。ずっと看てたんだけど、昨日のままで」
「だからか?目の下のクマがすごいぞ?光の体調も大切にしろよ」
「うん、ありがとう」
いつもならアルベールが顔を伺うなり、体調変化や寝癖まで気をつけてくれる。約4か月間そのような生活をしていたものだから、自分の体調に自分で気づくようにならなくなっていた。
少しずつ教室に登校してきた人が増えてきた。すると人が増えたことによる賑わいとは別にざわつきはじめた。
「なんかあったみたいだ。ちょっと俺、見てくるわ」
竜之介はそういうと教室から出て行った。
竜之介の行動力には驚かされる。
光は竜之介が去った後、窓の外を見ながらアルベールのことを考えていた。
竜之介は5分としないうちに戻ってきた。
「なんか鹿山がおかしくなったらしい。んで鹿山を見に行ったら、すんげー真面目ちゃんになってた」
「真面目って?」
「それがよ、ワイシャツは全部ボタンしめて、ネクタイをびしっとして、髪もお坊ちゃまみたいに整えられてんの!」
鹿山は散々光をいじめてきたやつだ。
制服も着崩して、校則なんか無視するような人間だ。それがたかがゴールデンウィークの数日間で人が変わるようには思えない。
「受験でも意識したんじゃないか?」
「受験つっても俺らまだ高2だぞ?いきなりそこまで変える必要あるか?」
竜之介の言葉に光は納得した。
「なにがあったんだろうなー?」
考えても答えはでない。
考えている間に担任が教室へやってきた。
ホームルームの時間になったようだ。竜之介も席に戻り、それぞれで考えることにした。
午前の授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。
教科書を引き出しへしまい、昼食を買いに行こうとしたとき、教室へよく知ってるけど見たくない顔の人がやってきた。
それに気づいた竜之介が急いで光のところへやってくる。
「てめえ、何のようだ?」
やってきたのは、朝話題にしていた鹿山だった。
すべてのボタンをしめて今までと180度違い、真面目な雰囲気をしている。
しかし、顔は光をいじめていた鹿山の顔。
光は身を固くした。
「俺は話があるんだ。早瀬!ちょっといいか?」
竜之介は光の顔を見る。
光は少し悩んだが、答えを出した。
「竜之介も一緒でいいなら」
「……わかった。ついてきてくれ」
光は1人で鹿山について行くほど勇気はなかったため、鹿山の了承得て竜之介とともに鹿山の後に続いた。
鹿山が向かったのは特別棟の3階、一番奥のトイレ前だった。
お昼休みの時間には誰もいない。人気のない場所だった。
鹿山が立ち止まり、振り向く。
竜之介は壁にもたれかかり、光と鹿山の様子を見ることにした。
「早瀬、今まですまなかった!」
鹿山は頭を下げ、腰を90度に曲げて謝罪する。
「ずっと前から早瀬をいじめてきた。それについて謝りたかった!本当にすまん!」
光はその謝罪を黙って聞いていた。
「何をしても早瀬は反抗しないから何でもやってた。反抗を見せないことに腹立ってずっと繰り返してきた。許してくれ!」
光は思い出したくもない過去にされたことを思い出した。
「もういいから。頭をあげてよ」
「許してくれるのか?」
鹿山はずっと頭を下げたままだ。
「許せることじゃないけど……もういいから頭をあげてよ」
「本当に……すまなかったっ!」
「光!」
頭を上げようとした鹿山の右手が光の方へ伸びてきた。
動きに気づいた竜之介は光の襟を後ろから引っ張る。
とっさの鹿山の動きに光は両手で防ごうとした。
「いっ……?」
光は手のひらに痛みを感じて確認した。
すると左の手のひらに大きく切り裂かれた傷ができていた。
痛みとともに血がダラダラと出てくる。
「すまな、イ?スマ?」
鹿山は狂ったように言葉を繰り返している。
鹿山の手にはナイフが握られていた。ナイフからは光の血がたれている。
「早瀬は下がってろ!」
竜之介は光の前に立ち、鹿山と向かい合う。
光は手を押さえながら竜之介の言葉に従った。
「は、ハヤセ。ハヤセ。ハヤセハヤセハヤセハヤセ」
鹿山の様子がおかしいのは明らかだった。
竜之介は臆することなく、鹿山に向かっていく。
竜之介は鹿山のナイフを持っている手を掴み、柔道のように床へたたきつけた。
そして体ごと押さえつけ、握ってるナイフを放させ、竜之介はそのナイフを遠くへ蹴り飛ばした。
「ハヤセハヤセ……キリキザム?」
鹿山からは痛みの声が全くない。
「光!痛いだろうが、先生呼んできてくれ!」
鹿山の動きを押さえつけたまま竜之介は言った。
光はうなずいて、手を押さえながら職員室へ走った。
職員室へ走っていると、すれ違う生徒たちに何度も見られた。
制服にも血がついてしまい、目立っているからだ。
職員室の扉を思いっきり開けると、教師の目が一気に光の方を向いた。
血がついた光を見てすぐに何か起きたことを察した教師が光に寄ってきた。
「先生、助けて」
痛む手を押さえ、3人の教師の先頭を走り、先ほど走ってきた道を戻る。
戻った先には再びナイフを持った鹿山と、頬から少し血がたれた竜之介が対峙していた。
「先生!あいつがナイフで切りつけてきたんだ!」
端から見ても何も持っていない竜之介がナイフを持った鹿山にやられたと言うことがわかる。
教師2人が鹿山の後ろに回り込み、両手を押さえ込んだことで、鹿山の動きを押さえられた。
その隙にナイフを竜之介が奪い取ってもう1人の教師に手渡した。
鹿山は暴れたが、大人の教師の力に勝てることはなく、しばらくするとおとなしくなった。
光の手からは血が止まっていたが、痛みが続いている。
押さえつけられ、どこかに連れて行かれる鹿山を痛みをこらえながら見ていた。
「光!大丈夫か?無理させて悪かったな!」
光の傍に竜之介が駆けつける。
よく見ると竜之介は頬だけでなく、手の甲からもわずかに血が出ていた。
「大丈夫……なのかな。竜之介は大丈夫?」
「俺より光の方が重症だろ!?」
「2人とも、一旦保健室に行きましょう」
お互いの傷の心配をしていると、教師が寄ってきた。
そして2人を連れて保健室へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます