第17話 家族の傷

 ゴールデンウィーク初日は何も対策もでないまま帰宅することになった。

 対策はないが、王と気持ちが通じてしまうということを知った。それでどうにかなるというわけではないけれど、変な気持ちを知られるのは恥ずかしいとだけ考えてしまった。



 花の世話に掃除、たまたま来ていた教師の手伝いをしてだらだらと学校で時間を費やした結果、家に着くと夕方6時になるところだった。でも、まだまだ明るい。


「ただいま」


 家の鍵は開いていたので誰かいるのは間違いない。しかし、『おかえり』という言葉は返ってこなかった。


「おや?リビングが騒がしいですね」


 アルベールは定位置となっている光の肩で足をぶらぶらしている。

 靴を脱いで誰がいるのがとリビングを覗くと、両親と弟の健が深刻な顔をして向かい合って何か話しているようだった。


「光、帰ってきたのか。お前は部屋に行ってなさい」


「……はい」


 いつもより険しい顔をした父に言われ、光は部屋に向かう。


「いつもと雰囲気違いましたね。僕、何があったのか聞いていきますね」


 アルベールの言葉に光はうなずく。

 アルベールは光の肩からふわっと飛び、リビングへ向かっていった。

 アルベールの姿は王と契約した者にしか見えないので、家の中をフラフラしていても気づかれない。それを生かした盗み聞きだった。

 しかし、見えないからといって深刻な顔をした家族の中心で話を聞くことはしない。少し離れたテレビの上に座って聞くようだ。





 光は部屋で制服から部屋着に着替えて、だらだらとベッドでスマホのニュースを見ていた。

 アルベールは10分ほどたったころ、一階から光のもとへ戻ってきた。

 なにやら浮かない顔をしている。


「どうしたの?」


 光は起き上がり、ベッドに座る。アルベールも光の隣に座った。


「お話をお聞きしたんですが、弟さんの様子についてでした。学校からも連絡があったようです」


「なんか悪いことした?」


「学校に怪我をして来るのと、遅刻が少し多いみたいです。ご両親はその理由を聞こうとしていたのですが、頑なに答えなくて話は平行のままで……」


「健が怪我?確かに首にガーゼつけてたり、手にも絆創膏いっぱい貼ってたな……でも朝は俺より早く家をでてるぞ?遅刻するような時間じゃないし……」


 弟の健は偏差値のかなり高い『星和泉ほしいずみ高校』へ通っている。ネイビーのブレザー、えんじ色にストライプが入ったネクタイ。他校と比べても品がある制服。それに伴い生徒の品もよいと評判だ。悪い噂も聞かない。


「今日も怪我してました……。わずかですが、シャツに血がにじんでました」


「学校でなんかあって行きたくないとか?俺みたいな……」


「それなら遅刻じゃなくて学校をお休みしてしまうのではないでしょうか?怪我をするほどのことが、登校中にあるのかもしれません」


「心配だな……俺、何も健にしてやれないからな」


「親にも言いたくないことなのでしょうから、何も出来ませんね。あ、あと生徒会誘われてるのに入らないのはなぜかと聞かれてましたよ」


「生徒会なんてすごいじゃん。でも、めんどくさそうだけど」


「彼は生徒会長が嫌いだから、とはっきり言ってました」


「そこはハッキリなんだ」


 光は健を心配して暗くなったが、最後は少しだけ笑った。



 時間がたち、家族そろっての夕食。

 先ほどまで光を除く家族3人で話してた雰囲気を変えることはできず、重い空気の中で食事することとなった。

 光は隣で食べている健の様子をちらっと見ると、首の後ろ肩にかけて薄くなってはいるがアザがあった。箸を持つ手には大小様々な絆創膏を貼っていて、所々血がにじんでいる。アザはシャツの襟元から見える範囲だけなのでわずかしか見えないが、普通に生活していてそんなところに怪我をしない。現に光はそんな怪我をしたことがない。すぐに視線を外して食事をとりながら何があったのか考えていた。

 光が考えられるのは、①誰かにやられたか、②1人で転んだかの2つ。

 ①は実際には見たことがないけれど、漫画やイメージするような不良に絡まれてボコボコにされるパターン。これなら背中の方を叩かれたらアザにもなるだろう。

 ②は階段から落ちて背中をうった。高さがあるところなら背中を強くうつこともあるのではないか。

 この2つ案がでたが、②はすぐ候補から外れる。

 なぜなら、『朝遅刻する』理由にはなりにくい。遅刻するから家から学校までの距離の間に起きたことが原因だと思う。②の案だとして、家から学校までの間、例えば駅でしょっちゅう階段から落ちてたら運動神経を疑う。文武両道で何でもできるような健にそんなはずはないとのことで、候補から外れた。

 残りの①については、外す理由がない。

 有名高校の生徒となれば、少し揺すったら鐘が出ると思うやつもいるかもしれない。反撃したらしたで、謹慎になるかもしれない。何も出来なくて、泣き寝入りているのかも。


 そんなことを考え、健のことが心配になった光は今度はちらっとではなく、じっと健を見た。その視線に気づいた健は凄く変な顔をした。 


「何見てんだし。見るんじゃねえよ」


「ご、ごめん」


 すぐに食卓へ視線を戻すも、健はにらみつけてくる。なるべく早く食事を終えて部屋に帰りたくなった。



「健、生徒会に入りなさい」


 重い空気の中で厳格な父が口を開く。

 健は先ほどの光とのやりとりよりももっと嫌そうな顔をして父を見た。


「だから入らねえし。生徒会長が嫌いだし」


「世の中好き嫌いじゃやってけないんだ。今のうちから社会経験として、嫌いな人ともともに働きなさい。将来のためになる」


「なんだよ、将来、将来って……俺はっ!俺の考えがあるんだよ!指図すんな!」


 健は急に立ち上がり声を荒げる。そして小さく「ごちそうさま」と言うと、さっさと自分の部屋に向かったようだ。健の座っていた席にはまだおかずやご飯が残っている。


 ここまで健が怒ったのを光は見たことがなかった。もちろん両親もだろう。

 目を大きく開けて、驚いた顔をしていた。

 だがすぐに父は食事に戻る。


「まったく。反抗期でもきたか?」


 そう言って父は何事もなかったように箸を進める。

 光もなるべく早く食べ終えて部屋に戻った。

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