魔界へ……

 俺たちは、作戦が決まると直ぐに出発した。

 と言うのも、セレスさん(善)の。


 「前にもノブユキ君には話したけど、こちらの1年で魔界の100年ほどの時間。 つまり、こちらがゆっくり話している間、魔界ではもっと余裕を持って話せているって事。 だから動くなら迅速な方が良いと思うよ」


 との軽い口調の助言に皆で納得したから。

 そして急ぎ魔界にやって来たのだが……。


 「「寒い!」」


 俺とユキは、夕方の様な明るい空の下に潜む、冷や冷やした空気を受け、そう口にしてしまう。

 と言うのも、俺もユキも寒さ対策してないから。

 ユキは制服の夏服、俺に至っては半そでジーパン姿なので腕が寒い!

 もうガンガン痛みが腕に走る。


 「何で魔界ってこんなに寒いんだよ……おかしいだろ……」

 「そ、そうよねノブユキ……、普通魔界って寒いってイメージ無いわよね……。 どちらかって言うと、暑いってイメージしかないわよね……」

 「そうだよな、何で魔界なのにこんな寒いんだよ……」


 ええい、このままだと凍死しかねない……。

 あ、待てよ! そういえば前に毛布を出した事があったな!

 俺はスマホを取り出すと毛布を5枚出現させると。


 「「あ~暖かい……」」

 

 俺とユキは迷わず手に取り、毛布で体を覆う。

 ホント、蘇るなぁ……ん?


 「あれ? 何でセレスさん達、毛布を纏わないの?」

 「え? だって私は慣れてるし……」

 「あ、私のセレスさんと同じく……」

 「アタシもリリアと同じく!」


 俺は毛布の端を結んで、マントの様にしながら思った。

 人間ってホント環境に弱いなって……。


 …………。


 リリアちゃんが少し離れた場所でユキを温めている間、俺とクルシナさんとセレスさんで、最後の打ち合わせを放していたのだが。


 「……という事でとりあえずノブユキ君は、リリアちゃんとここに残ってね! じゃあクルシナさん、私とユキちゃんと一緒に当初の計画通りに隠密行動でお願い!」

 「やっぱ断る!」

 「え……」


 いきなり何言ってるんですかね、クルシナさん。

 腕組んで威張れることじゃないんですよね~、まったくもう……。


 「いやいやいや、クルシナさん。 何言ってるんですかね、それだと作戦が上手くいかないじゃないですか!」

 「何を言っているんだノブユキ? 私がリリアの傍にいれないという時点で作戦は失敗だ」


 あ、やっぱダメだこの人……、早くどうにかしないと……。

 そんな時だった。


 「ん? そうなの? ちょっと待って……これ?」


 セレスさんが独り言を言いながら、懐から何かを取り出すと。


 「んーっと。 悪い方の私が、これをクルシナさんに飲ませろって。 『もしかしたら、リリアちゃんに好かれる様になるかもしれない』だって言ってるけ……」

 「いただこう!」


 そして、セレスさんが話し終える前に、差し出されたものを、クルシナさんは飲み込んだ。

 しかし、あれは何だったのだろう?


 「セレスさん、何を飲ませたのですか?」

 「え~っと……ふむふむ、クトゥルーニンニクを刻んでカプセル状に固めたものだってさ~。 何か今つかったら面白いらしいよ~」


 なんか物騒な感じのする名前だなぁ、クトゥルーニンニクって……。

 しかし面白いって一体……。


 …………。


 「はっはっはっは! 全くすがすがしい気分だ、やる気が身体を満たし、そして闘争心がそんな身体を纏う! はっはっはっは、楽しい、楽しいぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 誰か助けて〜」」

 「「…………」」


 俺とリリアちゃんは、スマホ越しに何を見せられているのだろう?

 あのクトゥルーニンニクとやらを食べたクルシナさんは、どこぞのヒゲの配管工が無敵になったかの如く、たまにいる魔族に対しすさまじい勢いで体当たりをかまし、ぶっ飛ばしている、それも両腕にユキとセレスさんを抱えながら……。

 ええ、当然抱えられた二人、絶叫してますよ……。


 「あの、ノブユキお兄ちゃん……」

 「何、リリアちゃん……」

 「私、あんなお母さま見るのは初めてなんです……。 私、感動です! お母さまがあんな真面目になってくれるなんて!」


 リリアちゃん、違うんだ。

 あの人は変な物口にしたから、ああなっただけで……。

 だから嬉しそうにしないで、すっごく真実を伝えにくいから!


 『怪しい奴らめ! まとめて捕まえてやる!』

 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! か、囲まれた!?」

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ど、ど、ど、どうしよう!? こんなの想定してないのだけど!? へ? 何悪い私? えぇぇぇぇ! 『ドンマイ』じゃないって〜!」

 「あれ? アタシは一体……?」


 そして気づけば三人は、鎧を纏った魔族に取り囲まれている。

 全くどうするんだよ、コレ!? と言うか、隠密行動が台無しだよ!

 あぁ、一体どうすれば……。

 そんな時だった。


 「ユキさん、目の前にビックバンを! お母さま、その後すぐに、ユキさん達を抱えてその方向へ撤退してください!」

 「わ、分かったわリリアちゃん!」

 「ん? あ? わ、わかったぞ、リリア!」


 リリアちゃんがそう的確な指示をスマホから出し。


 「ビックバン!」


 ユキのロケットランチャーによって、目の前の舞台は吹き飛ぶ。

 そして爆風の中を潜りぬける様にクルシナさんが飛び出し、急いで駆けている時に。


 「お母さま、そこの崖の方へ逃げて! セレスさん、3人そっくりの分身を作れますか?」

 「へ? 出来るけどリリアちゃん! つまり分身をおとりに使ってどこかに隠れようって訳ね!」

 「そうですセレスさん! では早速お願いします!」


 そう会話を交わし、そして三人は崖の岩場に紛れ、セレスさんのおとり人形につられて、魔族は去っていったようだ。

 しかし、正直リリアちゃんには感心した。

 こんな危機に適切な指示を出し、そして皆を見事に逃がす、なかなか出来る事ではないと思う。

 それを、まだ12歳の子がやっているのだ、俺は素直に感心した。

 ん?


 「よ、よかった……うまくいきました……」


 でも、まだまだ慣れが必要なのかな? 胸を押さえ、体を震わせているしさ……よし!

 俺はそんなリリアちゃんの頭に優しく手を乗せ。


 「よく頑張ったと思うよリリアちゃん。 ホント、よくやったね!」


 優しく微笑みながら、頭を撫でてあげた。

 それがリリアちゃんは嬉しかったのだろう。


 「あ、ありがとうございます……」


 と照れ臭そうに言いながらも、手に自分の頭を押し付ける様に、背を伸ばしてきている。

 ふふ、やっぱりまだまだ子供なんだろ……。


 「ノブユキ貴様、私のリリアに何をしているんだ! リリアを撫でたり舐めたりしていいのは私だけだ! なのに貴様は……」

 「お母さま! 何を言っているのですか! ノブユキお兄ちゃんは、私をほめてくれただけなのですよ!」

 「何を言うんだリリア! リリアを撫でる奴は、みんな下心をもっているに決まっているんだ! 間違いないんだ!」


 これほど説得力のある自己紹介があるだろうか?

 と言うかクルシナさん、リリアちゃんに悪影響でないかと……?


 『こっちだ、こっちから声が聞こえたぞ!』


 まずい! 魔族が戻ってきた!

 やっぱり声が大きすぎたか!?

 と言うか何で戻って来たんだ!?

 そして俺がそう考えた、ほんの僅かな時間で。


 「ふっふっふ、もう逃げられないぞ……」


 魔族達が三人を囲んでしまった。


 「な、何で分かったんだ!」


 俺はつい魔族たちにそう尋ねる。

 やっぱり大声を出したからって、こんなピンポイントに場所が分かるのはおかしいし、第一人形の見た目はそっくりだった。

 だからこそ、何故アレが偽物だと分かったのか俺には理解できなかったのだ。

 すると、魔族の兵たちの隊長らしき男が前に出て、その答えを述べた。


 「お前たちな……。 あの人形たちはこれ見よがしに逃げながらも、君達、立体映像組の姿が無かったんだぞ? まぁ第一こんな所に逃げるんだ、おとりでも使って巻くってのが基本だろ? だから、途中で思い切って部隊を戻らせたんだ」

 「「あ……」」


 俺とリリアちゃんは二人して落ち込んだ。

 それはハッキリとした理由を言われた上、見事にこちらの動きを読まれた発言をされたから。

 所詮、ホンモノの兵士には勝てないのか?

 そう思った時だった。


 「さて、ここで一つお前たちに目的を尋ねたいのだが? それによっては見逃さない事もない」

 「「「「「え?」」」」」


 俺たちはそんな部隊長の言葉に驚くが、笑顔を浮かべたその姿は、不思議と好感がもてる雰囲気に、俺は自然とこちらの目的を話してしまっていた。


 「俺たちは、グロリアさんって人の為にここに来たんだ! そして俺たちに手出しはさせないと約束させる為に!」

 「ん、グロリアって魔王のバイトしている嬢ちゃんの事か?」

 「へ? 部隊長さん知ってるの?」


 あれ、もしかしてグロリアさんって有名人?


 「当然知ってるさ! 何せ、可愛くて一生懸命で、兄弟思い、その魅力で非公式のファンクラブもある位だからな! こいつらの中にも何人か会員がいるぞ! 俺も小さいころから知っていてな。 両親がいなくなってからも、誰の力も借りず、妹達を養ってな。 ホント良い子なんだ、あの子は……」

 「それホントなの、部隊長さん!? あ~でもグロリアさんは良い人だし、分かる気がする……」


 やっぱグロリアさんモテるんだなぁ……。

 そりゃあの性格だからなぁ……ん? ユキが不満そうな顔してるが、どうしたんだ?


 「あ、ノブユキの浮気者! まったく私と言うモノがいながら……」

 「待てユキ! これは別に浮気じゃないぞ!」

 「だってだって、私にそう素直に褒めてくれないじゃん! ノブユキの浮気者!」

 「あぁ違うって言ってるだろユキ!」


 俺が困りながらユキに浮気を否定している時だった。


 「はっはっは、ユキって言ったか嬢ちゃん? そいつはホントにお前さんを愛しているみたいだぞ!」

 「へ? そうなの鎧の人?」


 部隊長さんから、思いもよらぬ助け船に、俺は正直敵と思えなくなってしまった。

 だって、こっちは攻撃してきたんだから、ホントだったら攻撃されても仕方ないってレベルなんだけどなぁ。

 そして、不思議そうなユキを見ながら、部隊長さんは続けてこう言い放つ。


 「そうだぞユキ嬢ちゃん! 一つ教えるなら、あの手の男は、ホントに好きな女を褒める事が出来ないんだ。 照れくさくてな」

 「そ、そうなの!?」

 「あぁ……。 俺だってカミさんには、素直に褒める事もできなくてな。 おかげでつい皮肉を言ってしまう。 まったく男って情けない……なぁお前たち!」


 そして隊長の言葉に隊員たちも『あぁそうだよな』『うちも家内に照れくさくて……』『俺は言えるけどな』等と色々な声が上がる、って俺の気持ちを漏らさないで欲しかったな、隊長さん。


 「へへ、そうなんだ……。 へへ……」


 まぁ良いか、ユキへの誤解は解けたようだし、照れくさいけどね。


 「っとそう言う訳だ! さて俺たちは、可愛い君たちの好感を得る為、逃げられて悔しい顔を浮かべて去っていくとするか……。 あ、セレスの嬢ちゃん。 お前さんもセクハラの代名詞に追われているらしいな。 注意しろよ、アレはお前さんを消そうと必死だからな……。 行くぞ、お前たち!」

 「はは、私は大丈夫かな? こんな仲間がいるし……。 でも、キャップ部隊長……お気遣いありがとう……」


 そして、その言葉と共に隊長さん達は去っていった。

 ん? 何か紙が落ちてるな、何だろう?

 そう思った時にはセレスさんがその紙を拾い上げており。


 「えーっと『ちょっと俺のカミさんのセクハラされてな、俺の分もやってくれ! 気を付けろよ、それに魔王派遣本社の付近の警備状況はこうなっている、あと裏口はココだ。 ん~、ここまでやったんだから、あの子の為にも頑張ってくれよ! キャップより』っと書かれていますね。 あと地図と兵士の巡回ルートも書いてあります』


 その紙に書かれた内容を読み上げてくれた。

 俺は、そんな紙に書かれた内容を聞きながら。


 「部隊長さん、ありがとう……」


 そう静かに感謝した。

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