第三章
セレス
その日、俺はセレスを初めて意識してしまったのかもしれない。
顔を赤く染め、もじもじしながら俺を見つめる白髪の美少女にキスをされたから……。
そんな少女は、俺の後ろに回り、首を優しく抱きしめる様に背後から抱き着き、そして。
「私のお話、聞いてください……」
そんな弱弱しい言葉に俺は静かに頷くしかなかった。
…………。
「私は、生まれて22年間、教団で生きてきました……。 父も母も熱心な教団の信者、私も当然、熱心な信者になりました。 そして、私も立派な恋をする為教団の教えを信じて10年間、修行を頑張ったのです。 その頃には16歳になっていましたし、恋の一つもしたかったのですけど、恋人が出来なくて、同性の友人達に相談したら『自分の素を好きになってくれる人が一番いい』『気取ったところでいずれ疲れるのだから!』『セレスちゃんは綺麗だから、いずれモテるって』なんてですね。 でも、なかなか現れなかったですよ。 異性とコミュニケーションを取ろうとしても、一日で避けられる日々が続き『私は一生、恋愛出来合いのだろうか?』『神への信仰心が足らないのだろうか』と精神的に落ち込み始めていました。 そんな時です……あなたが現れたのは……」
「…………」
「正直、始めは何とも思ってなかったですよ、どうせすぐに興味を失うだろうって。 ですけどね、アナタは色々言いながら、私に構ってくれた……。 今まで異性に相手されてこなかった私に……。 そして私はアナタに惹かれ始めました……。 でも、アナタはユキ様の恋人、それを奪うマネは決して許されないでしょう……。 ですけど、あの日の夜中、グロリア様から『自分で思った時に行動しなければ、後に後悔する』と熱く語られましてね……」
「そうか……」
正直、お前のコミュニケーション能力だと、避けられる運命だったんじゃないか?
話を聞きながらそう一瞬思ったが、コイツ……いや、セレスの一生懸命な声でそう伝えているのに、そんな野暮な事を言う気持ちは、一瞬で消え去った。
多分、コイツは不器用なのだろう。
なんとなくだが、真面目で一生懸命で、どこか不器用で、でも恋愛をしたいって純粋な部分があって……。
そりゃ邪教徒の一員だが、根はきっといい奴だったのだろうし……。
そう考えたせいか、胸がドキドキしている。
互いの小さな吐息が聞こえる、俺の心臓の音色が響く、そして背中に感じるセレスの胸から聞こえる気がするセレスの愛を感じる……。
俺は迷っているのか? ユキとセレス、どちらを取るか……。
いや、それでもユキは……!
「あの……、ノブユキさん……、もう、言いたい事、全部言って良いですか……」
「言えば良いだろ……」
俺は冷たくそう言った。
そう言ったつもりだったのだが。
「優しい……」
セレスにはそう聞こえたのだろう、そう言いつつ、俺の体をギュッと抱きしめ、そして胸を押し付ける様に抱き着くセレスは、
「アナタの思いやりが好きです」
「ユキ様への変わらない思いやりが羨ましいです」
「アナタのたまに見せる優しさが好きです」
「ユキ様が嬉しそうにアナタと話す姿が羨ましいです」
「アナタの全てが大好きです」
大きく間を開けながら、俺の耳に言葉を流し込む。
そして……。
「アナタの心、奪ってはダメですか……? そして私の初めて、奪ってくれませんか?」
俺の耳にそう囁いた。
ドキドキと鳴り響く俺の心臓、顔は赤く火照った感じ、きっと俺はセレスに心を奪われようとしているのだろう。
だが……。
だが、ユキに返しきれない恩があるから俺は……。
…………。
それは、俺が六歳の時の冬……。
ある日、両親がバスの事故で家に帰らなくなった。
その後の風景はただ真っ白で味気ない風景が広がっていたように感じた。
ただ線でのみ描かれた殺風景な世界。
全く生きていると言う感じがしなかった。
ただただ、真っ暗な押し入れの端で口をポカンと開け、体育座りをしているだけで時間が経つ日々、日々、日々……。
きっと死んでいるも同じだった、そんな時だ。
突如押し入れの扉が空き。
「ノブユキ、行くよ!」
そう言ってユキが俺の手を引っ張って無理やり暗闇の世界から連れ出した。
そして俺をこたつに無理やり座らせると、木の椅子を台所に持って行って、料理を始めた。
料理と言っても、米を解いでご飯を炊くだけで一般的には料理とは言えないかもしれない、だが俺にとっては料理だと断言する。
アイツは小さい手で一生懸命、冷たい水で米を研ぎ、電気羽釜に入れてご飯を炊き、そして熱さに耐えながら一生懸命おにぎりを作り、俺の前に水と一緒に差し出してくれた。
あの時のユキの一生懸命な小さな手は変色していた、今考えれば痛々しい思いをさせたと思う。
だが、当時の俺は何にも反応しなかった、というより何も理解できなかったのだと思う。
そんな、全く反応しない俺に業をにやしたのか、自分でおにぎりを食べ、ゆっくりと味わうと、俺に。
「おいしいよ?」
と声をかける。
それでもダメだと分かると、俺の口におにぎりを入れる、だが俺は口を一切動かさない。
普通の子だったらココで諦めると思う、だけどユキは違った。
またおにぎりを口に入れ、水を含み、モグモグとした後。
「!?」
俺の頭を上に向け、口移しでそれを俺に飲み込ませた。
まるで、生き物の様にユキの舌が動き、そしてその下でドロドロになったおにぎりと俺への愛を、喉へと押し込んでいく様に……。
そして、全部飲み込んだのを口の中の感覚で分かったのだろう、ユキは。
「今日からノブユキは私の物! 勝手に死ぬことも許さない! その代わり、今まで貰えるハズだった愛をあげる! 大丈夫、私は賢者になるのだから、約束は死ぬまで守るよ!」
俺に人差し指をビシっと向けてそう言った。
アイツはバカだ。
バカだけど、そんなアイツだから救われたのだと思う。
間違いなく、あの日から俺の心に光が戻ったのだから……。
だから俺は、陰で必死に勉強を頑張って、アイツを楽させる事を夢見て頑張って……アレ? 何だこの口を覆うハンカチは? あれ、何か体の感覚が抜けて……。
…………。
……動かない。
体が動かない。
体は動かない、何かに座らされて、グルグル巻きにした何かで口を何かで塞がれ、体をロープか何かで縛られている様だ……。
何故、そんな感じがするんだ?
あぁそうだ、目を開ければ分かるのか……。
どうも頭が回っていないのか、俺は?
「さて……まだかな……まだかな……」
そして、意識が徐々に回復するとともに、誰かの声が聞こえだす……。
だけどもう一人はどこかで聞いたことがある様な聞いたことの無いような不思議な声……。
俺はあいまいな意識の中、目を開く。
暗い空間だった。
ただ、俺の周りともう一つの豪華な椅子にスポットライトが当たったような真っ暗な空間。
そして、豪華な椅子には、見たことが無い女性が一人座っていた。
一言で言えば、危険な色気を体現したと表現できる長い黒髪の絶世美女。
特にレザーパンツに大変立派な胸をYシャツの真ん中のボタンだけ止め、胸の谷間を見せつける様なセクシーな姿は、俺の意識を無理やり鷲掴みする。
「あら……気が付いた少年……?」
そして、Yシャツの女性は俺の視線に気づいたのか、俺に魅了するような声を出しながらゆっくりとモデル歩きで近寄ってくる、そして指先で俺の首をクイと上げると。
「いらっしゃい、私の城へ……」
と顔を近づけ微笑んだ。
正直、俺は初めて女性の色気と言う物を理解したような気がした。
癒されるような甘い匂いが鼻を通り、心臓の鼓動を加速させ、体を熱くする。
「ふふ、顔を赤く染めて、カワイイ!」
あぁ、ダメだ俺……。
何だろう、この笑顔に完全に魅了されている。
そしてお姉さんは、縛られた俺の足の上にまたがる様に座り、俺の胸板に大きな胸を押し付ける……って止めて、俺の理性が! 理性が壊れる!?
「あら? コーフンしてるの? やっぱり前から思ってたけど、アナタって面白いわ~、カラカイがいがあるって言うのかしら?」
や、やめて! 指で頬をクルクル回すの……ってお姉さん俺の事知ってるの?
「あら? 何か言いたげね? 口のロープは解いてあげるわ。 そして、そのままキスしてもイ、イ、ケ、ド?」
「あ、あぁ……」
俺はその言葉に従うように口を近づけていく……。
そして。
「はーい、そこまで~……。 もうちょっと楽しみたかったけど、お時間のようね~」
俺の唇は、お姉さんの人差し指に当たり、止められた。
あれ、俺嬉しいのかな? 何だろう、不思議と喜びを感じているのだが……。
そんなお姉さんは、Yシャツの胸元付近から俺のスマホを取り出し、何かの力で宙に浮かせると。
「ノブユキ、大丈夫!?」
「の、の、のノブユキさん! だ、だ、だ、大丈夫ですか!?」
「ノブユキお兄ちゃん!」
「ノブユキ、大丈夫か!?」
街の中にいる、心配するみんなの声を俺に見せつけてきた。
ん……? 待て、セレスはどこだ!?
そう言えば意識がなくなる前に、アイツと一緒にいたハズ……。
「せ、セレスはどこだ!?」
俺はとっさにお姉さんに尋ねる、するとユキが。
「そのエロスな女がセレスの正体よ! 私達、ずっと騙されていたのよ!」
と俺に向かって……コイツは一体何を言っているんだ。
どう考えても、頭のおかしい狂信者と別物だろう。
アイツは不器用なクソ真面目、このお姉さんは色気プンプンで遊び慣れた感じ。
セレスとは天と地ほどの違いがある。
「お前、んな訳ないだろう? 見てみろ、この露出度を……。 どう考えても、このお姉さんとセレスとはいい違いだぞ?」
その為、俺はそうユキに言ったのだが。
「の、ノブユキお兄ちゃん。 分かりやすく言いますとセレスさんと言うのは、その方が作り上げた幻だったと言いますか……。 すべての元凶はその人です!」
リリアちゃんまでそんな事を言うのだ、流石に信じざるを得ない。
しかし、幻? どういう事なんだ?
「おや、気になりますか? つまりこういう事ですよ」
そう言いながら、お姉さんは俺の足の上から降りると、その妖艶な瞳を光らせる、すると。
「ノブユキ様、私の心を盗んで……」
「ノブユキ様、私の初めてを貰って……」
「ノブユキ様、大好きです……」
そう口にする無数のセレスが俺を囲うように現れ、そしてそれぞれのセレスが俺にギュッと抱きしめる。
だけども、どのセレスも瞳に光が無く、魂が抜けているかの様。
そんなセレスたちをかき分け、光ある瞳を持つ一人のセレスが、俺の足の上に乗り首に両手をかけると。
「これが私の得意な魔法、魔法人形……。 私の思いのままの姿、性格の人形を作り出せる力……」
そう俺の耳に顔を近づけ優しく囁き。
「そして、私の姿や声を相手に誤認させる力、それが魔王セレスの力なの、分かったかしら? の、ぶ、ゆ、き、さ、ま……」
俺の額に自身の額をくっ付けたセレスは、賢者の姿からお姉さんの姿にスッと姿を変えた。
そんな、魔王セレスを見ていた俺は。
「あの邪教徒としてのセレスは嘘だったのか?」
そう俺は魔王セレスに尋ねた。
それは、仲間を失ったような戸惑い、仲間に裏切られたような悲しみ。
どちらとも言いにくい負の感情から口にした言葉だった。
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