赤面対決と教師と夜景と

 「アレはお前が悪いからな、ユキ?」

 「何で? だって私に赤面しないの嫉妬するじゃん……。 機能不全って言いたくなるじゃん……」

 「あのな、それはお前と一緒に居すぎたせいじゃないのか? お前、俺の裸見て、何か思うか?」

 「思わない」

 「だろ? 俺もそんな感じだ」

 「でもさ、嫉妬するじゃん……。 今まで一度も私に赤面しなかったんだからさ~……」

 「お前に赤面したら、なんか負けた気がするんだよ……」


 あの喧嘩の後、グロリアさんは食事の準備の時間と言って夕暮れ前の空へ、飛んで行った。

 その後、リリアちゃんは教会の寝室に先に戻り、俺たちは夕日が注ぐ教会の屋上を貸し切りにして貰い、久々二人でゆっくり話す事にした。

 のだが……。


 「なら、赤面したら、私の勝ちって事? ふふふ、ならばその勝負、受けてあげる! 私のセクシーなダンスで一撃で悩殺してあげるんだから!」

 「は?」


 何故だか、このアホと『赤面させたら勝ち』と言う謎のゲームが始まった。

 ふふ、だがコイツに俺が赤面するものか……。

 つーか、コイツダンス踊れたっけ?


 「行くわよ!」


 そして、そんな気合いに一言と共にユキのダンスが始まった。

 まず、綱引きの様な動き、それはまるで何か重い物を引くような動作。

 それは色気とはほど遠い暑苦しさすら感じられる、もし唯一の色気があるとすれば、綱を引く動作の度に見える白、嬉しくないパンチラが唯一のお色気具合か?

 そして、その次はまるで万歳するかの如く、激しい動き、勿論こちらも色気からほど遠く、ただ迫力のみ。

 こちらの部分の色気を考えるに、両手を万歳させる旅に揺れる、見飽きた大きな胸位だろうか?

 うん、と言うかだ。


 「お前はソーラン節のどこに色気があると思っているんだ?」

 「へ?」

 「へ? じゃないよ、お前セクシーなダンスって言うのは、セクシーな衣装を纏って、こう男を惑わすみたいなだな……」

 「そう言えば、ノブユキのコレクションの中のダンスって書いてある箱の写真見たけど、ギャル系でビキニの写真ばっかり……」

 「うわ、うわ、うわ~~~!!!」

 「ふふふ、つまりノブユキはギャルに弱いって訳ね、ちょっと待ってて!」


 そしてユキは屋上の階段を下り、どこかへ去って行った。

 アイツ、いつの間に俺のコレクションを読んだんだ?

 どの位待てば良いんだ、俺は?


 …………。


 そして、夕日が大地に沈みだした頃。

 俺はパソコンで死んだ親父から貰ったイエモンのCDを流しながら天井を眺めていると。


 「待たせたわね!」


 そんなユキの声が俺の耳に入る。

 全く、コイツは一体何しに……。


 「ふふ、このギャルメイク! 赤面せずにはいられないでしょ!」


 お判りいただけただろうか?

 ギャルメイクと口にしつつ画面の向こうに現れた彼女の顔は真っ白。

 しかも、何をどうすればこうなったのだろうか? 目元口元は真っ黒のラインで覆われている。

 それはまるで、雑な歌舞伎メイクにも見え、ピエロがするようなメイクにも見える。

 少なくとも、ギャルメイクからほど遠いものだった。


 「お前はバカか?」


 そして俺が一目見た感想で言えば、どう考えても悪魔っぽいメイクである。

 全く、鏡を見てやれと……。


 「何さ、どう見たってギャルメイクじゃん、それも白ギャルメイク! と言うか何で赤面しないの!?」

 「とりあえず鏡を見てこい、俺の言いたいことが分かるから……」

 「ん? もしかして白ギャルメイクより黒ギャルメイクが良かった?」

 「違うわ、バカ!」


 コイツはどう考えればそんな結論に達するんだか……。

 はぁなんか疲れたな、今日は……。


 「すまん、俺は疲れたから、もう寝るぞ。 化け物扱い受けたくないなら、ちゃんとメイク落としておけよ!」

 「うん? 分かった! んじゃまた明日」


 そして俺はアプリを終了させ、俺はベットの上に寝転がり、天井とにらめっこする。


 「……ちょっと寂しいかな、アイツと一緒にどこかに行けないのは……」


 今まで思いもしなかったことだが、アイツと直に会えないだけで、こんな物足りなさを感じるものなのか?

 俺の胸に見えない空洞が空いている感覚が消えない。


 「あのドアホ……。 俺の気持ちも分かってるだろうに、早く冒険から帰って来いよ……」


 ホントあのバカ、楽しいのは分かるけど……。

 あぁクソ、落ち着かねぇ、ちょいと外でも歩くか……。


 …………。


 「……ダメだ、当たらないな」


 久々バッティングセンターの150キロで憂さ晴らしをした俺だが、いつもより上手くいかなかった。

 いつもだったらバットの芯にピッタリ当て、快音響かせ空を舞う球だが、今日の音はいつもより不機嫌だった。

 それは俺の心も同じ、何か物足りなくて不機嫌と言うか……。

 あ~ムシャクシャする~……ん?


 「ん? お前何でここにいるの?」

 「そりゃ先生こそ……」

 「私は一階のゲーセンで一仕事した休憩だが?」

 「どうせあのロボゲーのアーケード版でしょ~?」

 「それが私の生きがいだからな! それでノブユキ、お前は?」

 「俺は憂さ晴らしですよ、久々に……」

 「そうか、ならそこのイスに座って私と話すか?」


 …………。


 「さて、どうだ、バッティングの感じは?」

 「今日は調子悪いっスね、先生は?」

 「私はいつも通りだ。 淡々と相手を倒すだけだったからな」

 「そっすか……」


 俺とジャージ姿のネオン先生は、バッティングエリア前にある木の椅子に座り、互いにジュース片手に会話する。

 だが、俺も先生も顔を前に向けたままだ、それ以外は口が動くだけ。

 だけ、なのだが俺はこの雰囲気が不思議と心地よかった。

 きっとそれは大して気を使っていない、ある意味対等な関係だからか、何となく、そんな気がした。


 「お前、今ユキの考えた所で何もならないだろう?」

 「はい? 何の事です」

 「……私はお前が思っている以上に頭が良いから、お前の考えてる事は手に取る様に分かるんだよ」


 全く何言ってんだか……。

 そりゃユキの事を考えてはいるが、それを素直に言う程……。


 「だいたいの男は、強がって素直に言えないからねぇ……。 少しは、強いモンに背中を預けて、楽になったらどうだい?」

 「…………」


 もろバレかよ……、何か負けた感じでくやしいが、口に出してスッキリしたい気持ちもあるからな、ええいクソ……。


 「そうだよ、俺は正直ユキと直に会えないから、何か落ち着かないんだ……」

 「素直じゃん、珍しく」

 「そりゃ、口にしたい時もあるよ、先生……。 つうか、クソ教師である先生だから言えるのかもな」

 「そりゃどうも……」

 「…………」

 「…………」


 何と言うか、まだ言い足りないと言うか、何かこうスッキリしたい。

 こう、心の奥に溜まっているモヤモヤを解消する為に、そう何かを……。


 「ちょっと私に付き合わないか? と言うか付き合え!」

 「はい!?」

 「ほらちょっと来い!」

 「ななな何だ!?」


 そして俺は先生に引っ張られて、俺は階段を下り、外に出て、俺は先生の黒いセダンの後部座席に押し込められると、先生は車を発進させ、どこかへ進みだした。


 「おい、一体どこにいくんだよ」

 「烏帽子の山だ」

 「烏帽子山!? 一体何で!?」

 「着いて説明する!」

 「着いて説明って、何でだよ!」

 「…………」

 「おい、おいってば!」


 そして俺はどんどん人気のない、山の奥へと連れ触られていくのであった。


 …………。


 どれだけ車は進んだのだろうか?

 俺を載せた車は今、街の光が届かない暗い闇が覆う不気味な森の道を走行している。

 光があるとすれば、車のライトと、ナビに表示されたHANABIと書かれた曲の名前。

 それは、不気味さに包まれた暖かい不思議な空間だった。


 「着いたぞ」


 ネオン先生が淡々と口にし、暗闇包む外に出る、そして。


 「出ろ」


 後部座席のドアを開けると、俺は腕を掴まれ外に連れ出され。


 どこへ行くんだ……。


 そんな不安をよそに、山頂へ近づく木々のトンネルを淡々と登る。

 周りは静かな森に覆われ、不気味な程真っ暗だ、いつ映画に出るような化け物が襲ってきても不思議ではない位に……。


 「ホント、どこに行くんだと……」

 「…………」


 相変わらず先生は静かに登る。

 ただ、その瞳は何か一生懸命な感じだ、決して悪意が感じられなかった。

 そして、木々のトンネルが終わった時。


 「何だよ、ここ……」


 そこは開けた平原に降り注ぐ様な星の輝きを迎え撃つように、港町の明かりがそれを迎え撃つ、そんな光景が木々のカーテンに挟まれ、俺の目に入ってきた。

 上手く言い合わらすことのできない、実に綺麗な光景だった。


 「……お前のお袋である、御手洗みたらい双樹そうじゅと私は親友だった……」

 「は?」


 何で先生が病気で死んだお袋の事を知ってるんだ!?


 「双樹とはな、バイク仲間で、時間があればいつもココに来てさ……。 それでそれぞれ自分の不満を大声に出したものさ」

 「そんな事、何で今更言ったんだよ、先生……」

 「何で言ったかって? 今日見たお前が似ていたんだよ、あの不器用でお人よしな双樹にさ……」


 んな事急に言われても困るっての先生!

 何で、何で今更……。


 「何で今更って言いたいのか? ホント、親子そろって隠し事が苦手な奴だな……。 私は双樹の墓前に約束したからだよ『ノブユキの事は私に任せな、もし道に迷いそうになったら元の道に絶対戻してやるからな!』ってさ……」

 「そっすか……」


 そんな事今更言われても、今の俺は感動も何も感じない。


 そうか……。


 たったそれだけの思いだけだ。

 だから俺は、それに対しても……。


 「私は、このバカを殴ってでも、まともに戻してやるからな~双樹~~~」


 と、突然叫んで何だよ先生!?

 いきなり驚いたじゃないか!


 「ノブユキ、叫びな」

 「は?」

 「今、思ったことで良いからさ」


 何だよ、叫べって……、ええいクソったれ!


 「叫べっていきなり何だよ~~~」


 何だろう、少し何か落ち着いた気がする。

 その、少しだけど、ムカムカが取れたと言うか……。

 そんな俺に、先生はこちらを向いて、無言でアゴをこちらに向ける。

 どうやら、また叫べっていってるらしい、よし……。


 「ユキのバカやろ~~~」

 「早くこっちに戻って来~い~」

 「正直、俺はお前に会いたいぞ~~~」

 「それでまた山を冒険しようぜ~~~」

 「また泊まり来たら徹夜で遊ぼうぜ~~~」


 俺は自分の思いを徹底的に口にした。

 それは今、俺がユキに思う気持ちの数々。

 それを一気に口にしたおかげか、不思議と気持ちも落ち着いた気がした。


 「ありがとう、先生……」


 俺がそう言いながら振り返ろうとした時だった。

 俺の背中から、両手が回され、俺の肩に柔らかい感触が当たる、そして。


 「双樹の子って事は、私の子も同じだ。 だから頼む、自分の思いを殺して、自分を追い詰めるマネだけはしないでくれ……。 私は双樹が死ぬ間際、幼いお前を抱きながら『私がひ弱なせいで、この子を不幸にしてしまう……』と言った姿、私は双樹にそう思ってほしくないんだ、天国から笑って見ていて欲しいんだ……」

 「先生、分かった……」


 愛情。


 俺はその動作に、そんな思いを久々に感じていた。

 物心つく前にお袋は亡くなり、父は中学1年の時に亡くなった。

 だから俺は、ここ3年一人で過ごしてきたので、こんな心が包まれる暖かな気持ちになるのは久々な気がする。

 いやあの時も、今までも、ユキの愛情もあったから、俺は平気だったのだろうか?

 親父が死んで、俺が弱った時もアイツは後ろから静かに抱きしめてくれた。

 どんな時でも、俺にベッタリで、落ち込んだ時はアイツなりに励ましてくれた。

 あぁ、こんな時になって初めて思う、アイツユキのありがたさを……。


 「ユキ……、必ず俺がお前をこっちに戻してやるからな……」


 そして俺は銀河の星が輝く大海を仰ぎ、俺は改めて覚悟を決めた。


 …………。


 そして夜遅く、我が家にて……。


 「ところで、何で先生が家に住むのですかね……」

 「どうせお前と私の関係を知ってしまったんだ、なら近くでお前を支えてやろうと思ってな。 第一、この無駄に空いた部屋がある家に住んだって問題ないだろう?」

 「そう思うなら、住んだ初日から下着をまき散らさないでくださいよ……」


 クソ、何でこうなるかなぁ……。

 気づけばうちの近所に駐車場も借りてやがった、この不良教師め……。

 あぁ、叫びたい、このムカムカした思いを!

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