魔王の買い物と世間話

 「そう言えば、俺が気絶している間に何があったの、リリアちゃん?」

 「その、あまりに大騒ぎしていたので、ユキさんと一緒に見に行ったら、セレス様がお母様を抑えてまして……。 それで私が『お母様!』と行った所、どんどん青ざめて気を失ったと言いますか……」

 「あの人、娘に見られたのが相当ショックだったんだなぁ……」


 ここんところ、あの人ずっと寝込んでいるからなぁ……。

 もうベットで寝ながら『わ、私は悪くないんだ! あれは私の抑えられた欲望が! うわあぁぁぁぁぁぁ!』ってうなされているからなぁ……。

 変態だけど何か可愛そうに思っちゃったなぁ……ん?


 「あ、すいません。 このザウルスエッグを30個下さい、あ、それとムーンソルトのボトルを10つ……」


 あれ、あれグロリアさんだよね、何やっているの?

 流石に人間界に潜っているからか、羽は隠しているんだな……と言うか、割烹着姿がとても素敵だな……。


 「ん? あらノブユキさんではありませんか? ……とそちらの銀狼族のお嬢さんはどなたです?」

 「どうもグロリアさん、この子はリリアちゃんです。 それより、グロリアさん、魔王なのに、何でこんな邪教徒の巣にいるんですか?」

 「魔王!? ま、ま、ま、魔王ですか!?」


 お、リリアちゃん良い反応だけど、足がガタガタ震えているからね。

 流石に魔王相手だと怖いのかな?

 しかし、自然と魔王って言っちゃったけど、以外と邪教徒達って冷静なんだな、特に気にせず素通りしてるし……。

 聞こえてないのか?


 「ま、ま、ま、魔王!? わ、わ、わ、私は銀狼族のけ、賢者、リリア・フェチル! こ、この世界の平和は私が守る!?」


 何だろう、小学校高学年の子の劇を見ている気分だ、それも緊張した子が一生懸命演じている感じがしてさ……、和むなぁ……!

 そして、そんなリリアちゃんの大声を聞いても、特に気にすることなく道を通り過ぎる邪教徒達……、あぁ何か冷めるわ……。


 「あははは……、リリアさん、その、討伐するのは少し待って下さいね。 その、まだ魔物と人間が仲良く暮らせる手段を考え中でして……。 もし、魔物と人間が仲良く暮らせる世の中になった時、私の命を差し上げますので……。 そうすれば、魔王死亡保険によって兄弟にお金がたくさん入りますし、ユキさんも元の世界に戻ることが出来るでしょう。 そして、あわよくば私が憎しみを全て貰って死ぬことによって、しばしの平穏が保たれ、皆が幸せになる事を願うまでです……」

 「あ、あのノブユキお兄ちゃん。 この人とすっごく闘いづらいです、良い人過ぎて……。

 「リリアちゃん、その気持ちよく分かるよ……」


 ホント、魔王辞めてくれないかな、グロリアさん。

 あ、そう言えば……。 


 「そう言えばグロリアさん、何でこんなとこにいるんですか?」

 「ふふ、城の子達の為に食材の買い出しに来たんですよ。 私が作ってあげないと、あの子達、栄養が偏るから……」


 お願いグロリアさん、善行ばかりしないで!

 もう何か、どんどん魅了されるから! もう、眩しすぎてひれ伏したくなるから!

 そして、そんな会話を聞いていた坊主頭の店主の男が。


 「ガハハハハハハ! 坊主、お嬢ちゃん! グロリアちゃんはな、我らの女神、クリスティア様の再来と巷で噂されるほど、立派な魔王なんだぞ! 以前街の子の失踪事件が発生した時、一生懸命探してくれて、皆無事に救出してくれたのだからな!」

 「あははははは……、いえいえ当然のことをしたまでですよ、スラグさん!」

 「でもいつかは、人間の勇者様がグロリアちゃんを討伐するからな、覚悟しておけよ~!」

 「ふふ、それでこの世界の人間、魔物のそれぞれが平和になるのでしたら、喜んで命を差し出しますわ」

 「わはは! そんな所がクリスティア様の再来を思わせてくれる! 今日は代金を無料にしてやるよ、グロリアちゃん!」


 おいハゲ店主、人がせっかく神聖なるグロリアさんのお心を感じているときに、お前ん所の頭のおかしな邪神と偉大なるグロリアさんを同一視してるんじゃないぞ、グロリアさんに大変失礼だからな!


 「あの、グロリアさんはホントに魔王なのですか? やっぱり魔王には見えません、どちらかと言うと賢者か女神にしか見えません!」


 そんな様子を不思議に思ったのか、リリアちゃんはキョトンとした顔でグロリアさんを見上げ、首を右に傾けながらそう訪ねる。

 あぁリリアちゃん、ホントありがとう、俺の気持ちを代弁してくれて……。

 すると、グロリアさんは中膝になり、リリアちゃんに目線を会わせると。


 「リリアさん、残念ですが私は魔王なのですよ……」


 とやや寂しそうに口にした。

 そんな言葉にリリアちゃんはやや声を荒らげて。


 「な、何故アナタの様な出来た方が魔王を……」


 そうグロリアさんに詰め寄った。

 うん、リリアちゃんは純粋だなぁ……。

 こんな事だけで心が洗われる感じがする俺って、心が汚れてるのだろうか……。

 そんなリリアちゃんに、グロリアさんの表情はやや悲しみを混じらせた真剣な顔へ代わり。


 「……リリアさん、ノブユキさん、よろしければカフェかどこかで腰を落ち着けて、私とお話しませんか?」

 「俺は一向に構いませんよ、リリアちゃんは?」

 「も、勿論です、グロリアさん! 私、お話したいです!」


 そのような事を俺たちに言い、俺たちはそれに首を上下させてそう答えた。

 そして、俺とリリアちゃんとグロリアさんの3人は適当に歩き、その途中で見つけたカフェに入っていったのであった。


 …………。


 「さて、私が魔王をしている理由でしたね? 私は妹や弟達の生活の為に魔王をやっています。 それはノブユキさんには話しましたね」

 「ええ、グロリアさんが話してくれたの、覚えてますよ、俺!」

 「では、せっかくですので、じっくりお話します。 あの、お時間は大丈夫ですか?」

 「はい、グロリアさん、私は大丈夫です!」

 「グロリアさん、俺も気にしなくて良いですよ、思う存分話して下さいよ」

 「ふふ、ありがとうございます! ふふ、私もノブユキさん達に、興味を持って聞いて貰えるから嬉しいのかな? 他の人に話すより、とってもワクワクしています!」


 あぁ、分かる、グロリアさんがすっごく嬉しいのが。

 だって、満面の笑みのグロリアさんからすっごく幸せオーラが漏れてるもの、グロリアさんの周りからとっても明るい光が放たれているのがわかるもの!

 あぁ、とっても崇めたくなる……。


 「あ、あのお二人とも!? い、いきなり手を合わせてどうしたのですか!?」

 「「え? つい神聖な光に魅了されて……」」


 どうも無意識に崇めていたようだ。

 俺とリリアちゃんはグロリアさんの言葉でハッと我に返り、それに同時に同じ事を言って返してしまった。

 そして、そんな互いの反応をキョトンとした顔で見合いながら。


 「ノブユキお兄ちゃん、ですよね……」

 「だよね、リリアちゃん……」


 そう無意識にしてしまったのは仕方ないのだと、互いに再認識した。


 「あ、あのお二人とも、そろそろお話をしたいのですが……」

 「あ、すいませんグロリアさん。 話、お願いします!」

 「私もすいません、グロリアさん……。 あ、あの、ちゃんと聞くのでお話お願いします!

 「すいません、何かお二人に会話を聞くように催促したみたいで、ホントすいません!」


 あ、そう言えば話を聞くんだったな、と言うか、何かグロリアさんに気を使わせてしまったなぁ……。


 「で、ではお話を始めたいとおもいますね」


 そして、グロリアさんのそんな言葉を頭にして、グロリアさんの素晴らしいお話が始まった。


 「さて、リリアさん。 私が魔王をやっている理由ですが、魔界で魔王と言うのは、かなり収入がある仕事なのですが、それは正社員の魔王だけ。 私の様なアルバイトの魔王は収入が少ないのです。 まぁただ、強さがあれば簡単になれますし、アルバイトの中では割と高収入なのです。 まぁそれでも他の職の正社員以下の収入なのですが……。 はは、なかなか厳しいんですよね女性で魔王というのは……。 人事部の責任者の方のセクハラとかも我慢しなければいけないですし、拒否すれば逆恨みして、給与も減らされますし、正社員にさせませんし……。 かといって魔界の転職は難しいですし、他のアルバイトでは妹達を養えませんので……」

 「よし、リリアちゃん。 今からその人事部を壊しに行こうか!? 人事部への移動に関しては俺が邪神に土下座してでもお願いしてみせる!」

 「待って下さいノブユキさん、それならユキさんとセレスさんも呼びましょう! それで徹底的に正義の鉄槌を下すのです!」

 「それならついでに、この街の信者も一緒に連れて行こう、グロリアさんを苦しめる諸悪の根源を倒す、正義の聖戦だと言って!」

 「ならば、銀狼族の同胞の方にもお願いしてみます! そして、諸悪の塊を正義の刃で退治しましょう!」

 「や、止めて下さい二人とも! わ、私がクビになりかねません、そ、そうしたら、妹が、弟が……」


 え~、邪神に土下座してでもお願いして、本気で人事部を潰しに行く気満々だったのに~……。

 ほら、リリアちゃんもちょっと残念そうな顔を浮かべてるし……。


 「あ、あの、そんな顔をしたってダメですからね! そんな弱った子犬みたいな……、お、お願いですから止めて下さい……、わ、私の心が揺らぐではないですか……」

 「ですけど良いんですか、グロリアさん? 俺はゴーサインが出ればすぐにでも行動に出るのに……」

 「だ、ダメですよ、ホントに……。 あの、その……、そ、そんな目で、み、見ないで……」

 「!?」


 あ、ダメだ俺……。

 だって俺、初めて異性にドキドキしているもの、潤んだ瞳の純情な乙女になったグロリアさんに。

 きっとこれがハートを取られると言う事なのだろう。

 顔が熱い、胸が高鳴る、目に力が入る。

 あぁコレが……。


 「このバカチンが!」

 「うお!?」


 突如画面がユキの顔で占拠される、と言うかコイツどこから沸いてきたんだ!


 「それでも私の彼氏のノブユキか!? 女子生徒から『ユキ一筋、純情系バカ』と罵られ、男子から『バカを愛するバカ』と揶揄されるノブユキが、私以外の女性に恋をしたなんて……。 今更発情期に襲われるなんて、見損なったわよノブユキ!」

 「アホか! 天然系バカのお前と純情系美人のグロリアさんを一緒にするんじゃない! 第一クラスの女子なんて『この前、トランクス履いたんだけどさ、アレって割と便利だわ』って言ったり、廊下で『箱根のマラソン大会!』とか言って走り回る、男子顔負けの連中ばっかじゃないか!」

 「良いじゃん別に! 今時の女子はそれが普通なんだよ! だって、雑誌で『今時女子はワイルドがモテる!』って書いてあってさ!」

 「ドアホ! お前、その記事が載る前から女子達はワイルドだっただろ! 4月に廊下ビショビショに濡らして『夏先取りの水遊び』なんて言ってた時は驚いたぞ、普通に下着スケスケだし……。 その後、揃いもそろって風邪引きやがって、何を考え取るんだ女子達は!?」

 「私達女子は、青春を楽しむことを考えています!」

 「知らないぞ、後々恥ずかしい青春を送っていたと言わなければいけなくなっても……」


 ホント、このバカは……、俺を楽しくさせてくれるな……。

 ふふ、全く、全くこのバカは……。


 「あ、あの……、喧嘩は、ダメ、ですよ?」


 あ、ユキと違って、グロリアさんはヤバい……。

 もう、内面の可愛らしさとか、潤んだ瞳で首を傾けた仕草とか、もう色々とヤバい……。

 ドキドキも止まらないし、顔の熱さも止まらないし、これはもう……。


 「ノブユキのバカチン! バカチンったらバカチン! あとズルいズルい!」

 「お、お前は何が言いたいんだ!?」

 「だってだって、私の裸みても赤面しないノブユキが、裸じゃないグロリアさんの仕草だけで赤面するってズルいじゃん! 私の色気がないみたいじゃん!」

 「だって、お前に可愛らしさなんて皆無だろうが!」

 「違うもん、機能不全なノブユキが悪いもん!」

 「お前、俺がダメみたいな言い方は止めろ! 第一、俺が山に本探しに行くのも知っているだろうが! 決して機能不全では無い!」

 「……紙媒体以外では機能不全になるノブユキ……」

 「その良い方は止めろ!」


 そして、俺たちは隣でリリアちゃんとグロリアさんがオロオロする中、互いに罵倒合戦を繰り広げるのであった。

 俺は決して機能不全では無い!

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