魔王の交渉と俺の思い

 「一体誰だ!」


 俺は謎の声に対してそう声を上げる、すると。


 「初めましてノブユキさん。 私は魔王をしています、グロリア・レーネゲルテと言います」


 そう言いつつ砦の奧の階段を上って、一人の女性が現れる。

 正直に言おう、この人魔王に見えない……。

 だって、黒く大きな羽を生やした優しいお姉さんって感じだもの、黒いパンツスーツを纏った、長い黒髪のOLさんだもん!


 「あ、あの……もしもし?」

 「ん? 何ですかお姉さん?」

 「え~っと、その魔王なんですけど私……」

 「魔王のOLさんですね、分かります」

 「お、OLじゃないですよ! 魔王です! ちゃんとした魔王ですからね!」


 あ、お姉さん泣きそうな顔してる。

 と言うかホントに魔王なのか?


 「ところで、雨に濡れて寒くないんですか? 土砂降りですよ?」

 「あぁこれは部下の魔法で、そう見せているだけなんです。 魔王も大変なんですよ、魔王規定っていうのがあってですね……」

 「魔王規定?」

 「要するに、魔王が守らなければいけないルールと言いますか……、例えば今なら『魔王が勇者側にメッセージを送る際は薄暗い城内または、嵐の吹き荒れる薄暗い屋外から送らなければいけない』と言うルールがあったり『映像に映る人質に、キズを残してはいけない』とかですね……」

 「へ? キズを残してはいけないって事は、つまり毎回治療か何かしているんスか?」

 「はい、その通りです。 何でも『傷だらけの映像を公開するのは子供の教育に悪い!』って意見がを子供を持つ魔王から上がり、採用されたそうです」

 「……一つ聞いて良いです?」

 「はい、ノブユキさんどうぞ!」

 「魔族ですよね?」

 「はい、魔族なんです……」


 何か、魔族ってもう少し凶暴そうなイメージだったけど、何か一気にイメージが崩れたなぁ……。

 それに何だろう、今まで頭のおかしな邪教徒をいっぱい見てきたせいか、不思議と魔族の方がマトモに見えてしまう……。

 っていけないいけない! 相手は魔族、油断してはいけないな!

 そう思っていた時の事、俺の顔をはねのける様に顔を割り込ませた不良教師がグロリアさんに対し。


 「おい、魔族だかなんだか知らないが、お前がこっちの世界に頭のおかしな学生を作った元凶か!?」

 「へ? あ、あの、頭がおかしいとは一体……、もしや、セレナーデ恋愛教団の事ですか!?」

 「そんな感じだ、その頭のおかしな連中のせいで、私は次の給料までレコードレモラをプレイ出来ないんだぞ!」


 等と、ゲーム機を壊された恨みを口にする。

 しょっちゅう授業を自習にしてゲームをする不良教師が言えた事か!


 「そ、そうなのですか!? で、ですがアレは元々、ノブユキさんを妨害するためにそれをした方が良いと、派遣魔王をしている先輩が、知らないうちに私の秘書に勝手に命令してやらせて……、あ、ごめんなさい! 私が気づけばよかった良かった訳ですよね! その、今すぐ賠償金を振り込みますので!」

 「そうだな、では今から言う口座に、2万円を振り込んでもらおう、口座番号は……」


 おい早速何やってるんだよ、不良教師。

 そして不良教師が述べる口座番号を真剣な表情で聞く、魔王グロリアさん、何か魔王っていうよりパシリか何かにしか見えないぞ……。


 「はい、分かりました。 大変ご迷惑をかけておいて何なのですが、もうしばらくお待ち下さい! ……あ、もしもし、はい、大変お世話になっています、はい、お久しぶりです! そ、その、実はですね……」


 おい、あの人普通にガラケー取り出してどこかに電話し始めたぞ! それに普通にお辞儀してるし、やっぱOLじゃないか! ……ん、ガラケー?


 「ちょっとグロリアさん、ガラケーを使って……」

 「あ、すいません、少々お待ち下さい……。 あの、ノブユキさん、お気持ちは分かりましたが、電話中に声をかけるのはマナー違反ではないですか?」

 「あ、その……すいません……」

 「ふふ、ノブユキさん、申し訳ありませんが、もう少しだけお待ち下さいね? あ、もしもし、お待たせして申し訳ありません……」


 そう言って俺に優しくほほえみかけたグロリアさんは再び電話に戻る、何だろう、よっぽどこっちの方が女神っぽく感じるんだけど……。


 「そういう事でして、お支払いの振り込み、あちらのお金で10万程……、お願いします、はい、私の給与から引いておいて貰って結構ですので……、はい、それでは失礼しました……。 はい、その点はしっかりこなしますので……、はい、どうもご迷惑をおかけしました……」


 そう言ってグロリアさんは電話を切ると。


 「えーっと、そういう事でして、慰謝料を含めて多めに振り込ませて貰いました。 それと、教団入りしてしまった方々を元に戻す努力をさせて頂きます……。 今回、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」

 「10万! ちょっと通帳見に行ってくる!」


 謝罪の言葉を口にし、それを聞いた不良教師はそう言葉を残すと、ササッと家から飛び出していった。

 あの、ろくでなし教師め……。


 「あのグロリアさん、ホントに魔王なんですか? なんか魔王らしくないと言いますか……」

 「あ、あははは……、まぁ魔王って言ってもまだまだ新顔の方ですからね、多分魔王としての経験不足なのではないかな~と……」

 「でも多分、グロリアさん、魔王に向いてませんよ。 どちらかと言えば、女神向きだと思いますよ?」

 「め、女神だなんてとんでもない! 私の様な者が女神だなんて恐れ多い!」

 「絶対向いてますよ。 だってあの邪教徒達が崇める邪神だって女神をやっていたのですよ? 話したばかりの関係ですけど、そんな感じがしますもの」

 「あ、あははは……ノブユキさんは褒め言葉が上手ですね。 ですけど、お仕事を軽んじてはいけませんよ? 一見簡単そうに見えても、実は難しいと言うケースは多々あるのですから!」


 そうおっとりした声でそう言いつつ、指をこちらに向け、軽く頬を膨らませて注意するグロリアさん。


 「わ、分かりました、僕が間違ってましたよ、反省します」

 「ふふ、実に良い子ですね。 大切に思われているユキさんは、さぞ幸せだと思いますよ?」

 「な、ななな何を言うのですか!? 俺はその……何ていうか……!?」

 「ふふ、分かりました。 では、この話は止めましょう。 ところで私に聞きたい事があったのではないですか?」

 「あ!」


 つい流れに乗せられて、聞くのを忘れていたけど、この世界観に会わないガラケーを使っているなんておかしな話だ!

 待てよ、もしやグロリアさんは転生者か何かではないのだろうか?

 その、転生して魔王になりましたが何か?的な……。

 ちょっと、その辺りも含めて訪ねてみるか……。


 「グロリアさん、そのガラケーどうしたのです? もしかしてグロリアさんは転生者かなにかでは?」

 「転生者? なるほど、転生って夢のある話ですけど、私は違いますよ。 そうですね……、ノブユキさん、少し時間を貰いますが、よろしいですか?」

 「え、ええ……」


 そしてグロリアさんは一呼吸すると、一瞬で周りの背景を明るくし、優しい笑顔で説明を開始する。


 「まず、勇者、魔王のシステムについてですが……。 まず、魔王と言うのは、派遣された世界の魔族達から魔王を崇める心を集めることにあります」

 「はぁ……」

 「それは何故かと言うと、魔王を崇める心と言うのは、天界を攻撃する際に必要なモノでもあるのです」

 「なるほど……。 その話の流れから行くと、勇者って言うのは、そのエネルギーを集める妨害をする役割という訳か!」

 「その通りです。 まぁ魔界が一方的に攻撃しようとしているのですから、天界がそうするのは当然ですけどね……」


 うん、ホントこの人魔王なの?

 あまりに人が良すぎて凄い好感しかもてなくなってるんだけど……。


 「さて、次にガラケーを持っている理由ですが、魔界における魔王業務と言うのは、報告をしっかりする事と言うのが鉄則でしてね、何かあれば直ぐ報告するようにとの事でガラケーを活用しています。 あと、これはガラケーは魔力を持たなくて、ガラケーなしでは連絡の取れない魔王もいるので……。 なので、要望する魔王に魔王派遣会社がガラケーを配給しているのです」

 「と言うことは、グロリアさんも魔力が使えないのですか?」

 「あはは……私には、年の離れた妹や弟がいまして……。 その、魔力を持たないあの子達達が私にメールで連絡する為のものなのです。 その、私の家は父も母も死んでしまって、私が働かないと、あの子達が食べていけないので……」


 何だろう、すっごい感動してきたんだけど……。

 グロリアさん、良い人過ぎて辛いんだけど……。


 「ん? は! グロリアさん終わった!?」

 「あ、まだですよ。 もう少し待っていて下さいね、ユキさん!」

 「分かった! んじゃ、また寝たふりしておくね!」


 ……この野郎、寝たふりしてやがったのか、人が心配していたのに……。

 まぁ良かったけどさ……。


 「その、ノブユキさん。 少し、私からお願いがあるのです……」

 「ん?」


 あれ、グロリアさん、祈るように両手を組んでどうしたのだろう?

 お願いって一体……。


 「その、今回の件から引いて貰えないでしょうか?」

 「今回の件と言うと?」

 「その……、今回、ユキさんを助ける活動と言いますか……」

 「はぁ、別にいいですけど?」

 「そ、そうですか! ありがとうございます! 私もなるべく争いたくはないのです、そして魔物や人々が傷つく姿をみたくないのです!」


 そう言って感謝するグロリアさん、だけど……。


 「だけど、条件として、ユキをこっちの世界に戻してくれるならだけどね!」

 「!?」

 「俺は、一応ユキの彼氏だ! だからコイツがこっちの世界に放置されるのだけは見捨てておけない!」

 「その、それは大変申し訳ないのですが……。 それに関しては私の力でも……」

 「ならダメだ! 俺は手を引かない!」


 この世界がどうなろうが知ったことではないが、ユキが無事に戻らないのであれば、俺がこの案に乗る気にはならない。


 「……お金なら支払います……」

 「え?」

 「勿論、タダとは言いません! 不本意ながらユキさんと離ればなれになるのですから!」

 「…………」

 「それに、失礼ながら私の配下からの報告で、アナタとユキさんのお父様の会話の内容を聞かせて貰いました。 アナタはユキさんとお金、どちらが大切かと言われ、お金と答えていましたね?」

 「あぁ、そう答えた……」

 「十分な金額はお支払いしますので……」

 「だけど断る!」

 「え……!?」


 グロリアさんは俺の返答に驚いた様子だった。

 

 「俺が金を大切に思っているのは、ユキコイツがいるからだ! 大人になってから、このバカを死ぬまで楽しませるために、とにかく金がほしいだけだ。 コイツがいなかったら金なんかいらないんだよ! だからあの答えを正確に返すなら『お金が良い、だがユキと一緒にいることが前提だ』と言うのが俺の答えだ! だからその願いには応えられない!」


 これが俺の思いだった。

 きっと寝たふりをしているこのバカも聞いているだろう。

 ……ええいクソ、恥ずかしい!


 「そうですか……残念です……」


 俺の返事にグロリアさんも残念そうだ、ホントごめんなさん……。

 でも、俺にはユキあっての金だから……。


 「あの、私もう良いよね? ロープ、解いてくれて良いよね?」

 「あ、そうでした……。 ユキさん、ゴメンなさい……」


 コイツめ、せっかくの雰囲気をぶち壊しやがって……。

 もう少し空気を読むとか出来ないのか!?

 そして、ロープを解くグロリアさんはフフッと笑みをこぼしながら。


 「しかし、ユキさんの言ったとおりでしたね。 お金が大切と言いながら、アナタがいないとダメと言うのですから!」

 「えへへ、伊達に付き合いは長くないからね! ノブユキの言いそうな事は何となく分かるもの!」

 「ふふふ、正直お二人の関係が羨ましいですね。 妬いちゃいますよ!」


 と……、え、つまり、こう言うって知ってたの?

 何かもう……恥ずかしいです……。

 そして、ロープを解かれたユキは『ふあぁぁぁ……』と口にしながら背伸びをすると。


 「え~っと、もう帰って良いんだよね?」


 とグロリアさんに訪ねる。

 そして、グロリアさんはそれに対し、少し悲しげな顔を浮かべ……。


 「はい、ですが次はきっと……」


 そう呟いた。


 「闘わなければいけないの?」


 ユキが再び訪ねる。

 それに対しグロリアさんは声も少し弱々しくなりながらその理由を口にする。


 「ええ、残念ながら……。 先ほどの電話で、勇者を排除、もしくは魔王化させる事に成功しないと、魔王の職をクビにするとの事でして……」

 「ならば、私が魔王化すれば! そうすればグロリアさんとも闘わないで住む訳だし!」


 そんなグロリアさんにユキはそう提案する、だけど。


 「それはあまりオススメしませんよ……。 魔王化すると言う事は、完全にこちらの世界の者になると言う事、天界の加護で元の世界に帰還することが不可能になりますので、より元の世界へ帰還できる可能性もなくなりますね……」

 「そっか……」

 「ふふ、でもユキさん。 私を気遣ってくれてありがとうございます。 心より感謝しますよ」


 グロリアさんの言葉で、俺もユキもハッとして、根本的な部分に意識を戻される。

 しかし、何でこんな良い人なのに、魔王をやっているのだろうか?

 何か残念だ……。


 「さてユキさん、目をつぶって下さい! 今から仲間の元に戻してあげますからね……」

 「うん!」


 そしてユキは目を閉じ、グロリアさんは眼鏡を外し、ユキの額に指を当て、力を込める。

 すると、ユキの体は徐々に透明になり、最後には跡形もなく消えていった。

 そして、グロリアさんは。


 「これでユキさんは仲間の皆さんの元へ戻ったはずですよ」


 そう俺に微笑んでくれた。

 でも残念だな、何か次はグロリアさんと闘わなければいけないのは……。


 「正直、次闘わなければいけないのが残念です。 でも失礼な話、グロリアさん、何か弱そうですよね」

 「あはは、確かにそうですね~。 ですけど、これでも歴代で3本の指に入るほど、私強いのですよ~」

 「あはは~、そうなの……今なんて言いました?」

 「ですから、これでも歴代3本の指に入るほど強いのですよ、あ、そろそろ魔王城に戻らないと……」

 「あ、ちょっと待って! 今からでも戦闘回避のための話し合いを……、行ってしまった……」


 ちくしょう、あんな外見で歴代で3本の指に入る強さってどういうことよ!

 この手の場合、そんな裏ボスめいた強さの奴が出てくるっておかしいだろ!

 あ~ちくしょう! ちくしょう! どうすれば良いんだよ、ホント!

 このままだと、ユキのバカが戻ってこれないぞ! あーちくしょう!


 俺は歴代で3本の指に入る強さという敵がボスである事に、どうすればいいのか分からず、不満を述べる事しかできなかった。

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