変わる教えと増えた邪教徒達

 「おい、さっさと話せよ邪教徒……」

 「はい……」


 ユキとリリアちゃんには席を外してもらい、具合が悪いと嘘をついて、ゴーグルを装着したまま帰宅する俺と、綺麗な正座で、非常に居心地の悪そうな顔を浮かべるセレスと二人で話し合う事にしたのだが、こっそりマスク・ド・フェチフェチが入っていく姿は見なかったことにする。

 そしてセレスのバカは、全ての悪事を語りだした。


 「あの、ワタクシは正直、ノブユキさんの事『ハゲ散らかせば良いのに……』って思ってたんですよ……」

 「知ってる」

 「それで、毎日寝る前に『異端者に天罰あれ! 異端者に天罰あれ!』って願っていたのです、するとある日……」

 「するとある日?」

 「私の脳内に優しい声で『聞こえますか……、聞こえますか? セレスティア……。 私はあなたの崇める……その、えーっと……私です、私!』と聞こえてきたのです。 私はその時『も、もしやクリスティア様ですか!?』と私が念じると『そ、そうです! 私はあなたのクリスティアです!』と返事してくださいました!」


 おっと、早速怪しい雰囲気が漂ってきましたね……。


 「そして私は言いました!『どうかあの邪悪な異端者に天罰をお与えください! もう手加減抜きで容赦なく!』と! するとクリスティア様は『え、え~と……、分かりました! 信者をあちらの世界にも繁殖させましょう!』と仰りまして……。 そしてそのついでに、反射術の魔術を教えてもらいました! そして私の努力の結果、やっとマスターしたのです!」

 「おい、念のため本人に確認は取るつもりだけど、十中八九偽物だぞ、それ」

 「え!?」


 さて、驚いた表情のセレスを置いといて、俺がこの様に思うのにはちゃんとした訳がある。

 それは、あんな自己中の塊のような邪神が行動するのだろうか?という事。

 以前の悪落ち物語を聞いていて思ったのが、物語は結局、自分の事しか考えていないのが明白だ。

 そんな奴が他人の手伝いなんかする訳がない!

 俺だってそうだ、付き合いの薄い奴の為なんかにタダで時間を割きたくないし、無駄に金を使いたくない!

 うむ、実に当然だな!


 しかし、しかしだ。

 一体誰が、頭のおかしい教団員をこちらの世界に増殖させるなんて、おかしな事をしているのだろう……。

 と言うか、そんな事が出来るって事は、俺の存在に気付いているって事じゃないのか!

 ……不本意だが、あの邪神に頼らざる得ないだろう。


 「セレス、説教は終わりだ! 俺は念のためお前らの神様に聞きに言ってくる! だからユキ達の事を頼むぞ!」

 「ええ、分かりました。 ユキ様たちの事はお任せを……。 それと……」

 「それと、何だ?」

 「それと、もし偽物が騙していたのであれば、その偽物の名前を調べておいてください、聖なる使徒の名に懸けて、天罰を下しますから……」

 「お前、聖なる使徒を名乗るなら、邪悪な顔を浮かべるのは止めておけよ……」


 そして俺は、邪神の住まう家へ、駆け足で向かうのであった。

 っとゴーグル邪魔だな、外しておこう……。


 …………。


「おい、開けてくれ! 開けろって!」


 俺は邪神の家のドアをドンドン叩いてそう呼びかける、するとガラガラとドアが開き。


 「ん? ノブユキ君、どうしたんだい?」


 ユキの父であるコタロウさんの優し気な顔立ちに出迎えられた。


 …………。


 「えーっと飲み物はコーヒーが良いかな? それともコーラ、オレンジジュース?」

 「すいません、オレンジジュースでお願いします」

 「分かった、ちょっと待っててね」


 俺は家の広いリビングに招かれると、コタロウさんからその様に尋ねられ、俺はオレンジジュースを……ってそんな余裕はない!


 「おじさん! 奥さんのクリスティアさんを……」

 「今、買い物に出ているよ」

 「そ、そうですか……。 あの、何とか急いて帰ってきてもらう事は出来ませんか?」

 「ん~無理だね。 僕からの電話に出たこと無いし」

 「そ、そんなぁ……」


 くそ、あの邪神女、一体どこほっつき歩いているんだよ!?

 ええいどうすれば……。


 「ノブユキ君、ちょっといいかな?」

 「はい?」

 「私の話に付き合ってくれないか?」

 「は、はぁ……」


 …………。


 「さて、テーブルを挟んで座った所でだが、君はあの子の事をどう思う?」

 「ユキの事ですか? うーん……、分かりませんね」

 「はっはっは、そうか……」

 「おじさん、どうしてそんな事を聞くんです?」

 「…………」


 そう聞いた瞬間、おじさんの顔は固くなった。

 それは、久々に見た表情と言うか……。

 お陰で、先ほどまでの和やかな空気は消え去り、どこか冷たい空気が流れている。

 そして、おじさんは口を開く、ただただ真剣さしか含まない重い言葉をこぼすため。


 「……その前にもう一つ聞きたい、君の大切なものは何かね?」

 「……金ですよ、それが絶対です」

 「何故だい?」

 「単純に守る為です」

 「守る、何を?」

 「楽しい生活をです。 そうしなければ、ユキを幸せには出来ないでしょう?」

 「……追加で質問するよ、ユキとお金、どちらが大切かい?」

 「お金です……、一様……」

 「そうか……。 そうだろうな君なら……」


 そして互いに両手を組んだまま、口を閉ざす。

 だけど俺は感じた、あぁこれが男の真剣な話し合いなのだろうと……。

 普通の人なら、自分の娘とお金、どちらが大切か?と聞かれ、お金と答えたら殴られると思う。

 だけど、俺はお金と答え、そしておじさんはその答えに怒らなかった。

 それはきっと、互いの事をよく知っているからだと思う……。

 そして。


 「すまなかったね、くだらない質問をして……」

 「良いですよ、言わなくても気持ちはわかりますから……」


 互いににこやかな表情に戻ると、固い会話を終わらせた。

 その時。


 「ぎゃん!」

 「おぉ、何という事でしょう、都合よくダーリンが気絶してしまいました……」


 おじさんの後頭部を思いっきりフライパンでフルスイングし、おじさんを椅子から降ろしてソファーに寝かせた後、さも当然の様に邪神は目の前に座った。


 「ところで何の用ですか? こんな所に来るなんて考えてませんでしたが?」

 「おば……お姉さん、うちのパーティにお姉さんを崇める教団の信者がいるんだけど、その人と話した?」

 「いえ、ここのところ、スーパーの店員さんとダーリンと以外は話してませんよ?」

 「ですよね~」


 まぁそこは聞くまでも無かったのだが、本題はこの先だ。


 「実は、その教団入りした人間が、うちの学校にいまして……、どうもお姉さんの名前を語った人物が行ったみたいなんですよ……」

 「ふーん、私を崇める教団ってどんな教団?」

 「頭がおかしい連中の教団で、いだだだだだだ! 電撃は止めて! いだだだだだ!」

 「お姉さん、そんな失礼な事を言うと手が滑っちゃうゾ!」

 「分かりました、マイルドに言いますから! いだだ……た、助かった……」


 全く、事実を言ったくらいで怒るなよ……。

 全くもう……。


 「では、マイルドに……、教団の者以外は敵って教団で、いだだだだだ!」

 「どこがマイルドなのですか、どこが!?」

 「ホントですって! これでもマイルドですって! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 「なら、その教団の人間に会わせるのです! さあ早く!」

 「なら電撃を止めて、あ、骨がきしむぅ……! ……あぁ、死ぬかと思った……」


 そして俺は、腕を組んで絶賛お怒り中の邪神視線を受けつつ、スマホのアプリを起動し。


 「ん? どうしたの、ノブユキ?」

 「おいユキ、セレスを呼べ。 お前の大好きな女神さまがお話ししたいそうだ」

 「へ? お母さんが? うんちょっと待って、セレスさーん、お母さんがセレスさんとお話したいって!」


 そう、ユキが叫ぶと。


 「な、な、な、何ですって! わ、分かりました、少々時間をください!」


 という声が奥の部屋から聞こえ、そして奥の部屋の中から、バタバタと騒がしい音が響いてきた。

 あぁあいつ、身なりでも整えているんだろうな……。


 「お、お待たせしました」


 そう思った瞬間、バタンと扉が開かれ、セレスが飛び出してきた。

 と言うが、いつもより髪とかボサボサだぞ。


 「わ、わたくしは、い、いだ、いだ、いだだだ、偉大なるクリスティア様の使徒、セレスティア、セレス、せ、セレスティア・リブドーネで、ですです!」


 セレスはカミカミの挨拶をする、と言うかコイツ相当あがってるな、目が軽く泳いでるし……。

 まぁお陰で……。


 「ふふふ……、アナタが教団の子ですね……」


 俺の顔の横にある、カンカンにお怒りの邪神の表情に気づかないで済んだのだろう。

 さて、そんな怒りゲージ最大の邪神はセレスに対し。


 「さて、一つ聞きたいことがあります……。 私の教団が、頭のおかしい連中の集まりと思われているって本当ですか……?」


 両手から電撃をバチバチ放ちながらそう質問する。

 と言うか電撃は止めろ! 痛いから、俺に電撃バチバチ当たってるから!


 「確かに一部の異端者共がその様な事を言っていますが、我々はそういった連中を発見次第、洗脳部屋で自身の行いの恥ずかしさを理解させています!」


 こいつ今洗脳って言ったか!?

 やっぱり、ヤバイ連中の集まりじゃないか……。


 「それで、その様な連中は、一体どこがおかしいと言っているのですか……?」

 「はい、色々と言われていますが、特に教団の朝の挨拶である『異端な者に地獄を!』『教団の使徒に幸福を!』や昼の挨拶『異端なカップルに別れを!』『教団のカップルにご加護を!』そして夜の挨拶である『異端な建物をぶっ壊せ!』『教団の建物に栄光を!』と言う挨拶が特に言われてまして……」

 「当然です! 全く呆れてしまいましたよ……」


 おっと邪神のくせに珍しくまともな事を言ったぞ! しかも電撃放つのを止めてやがる……。

 これは天変地異が起こるかも知れないな……。


 「まず、何ですかその挨拶は! まったくおかしいにも程があります! 我が使徒セレスティア、考えてみなさい! 特に『異端なカップルに別れを!』『教団のカップルにご加護を!』っておかしいではありませんか!」

 「そ、そうなのですか、クリスティア様!」


 セレスお前、そこは驚くところじゃ無い。

 普通の事。


 「そうです我が使徒セレスティア! 全く私の考えを全く理解為ていない……、いいですか我が使徒セレスティア、しっかり聞くのですよ……」

 「はい……!」

 「まず、恋愛において教団も何も関係無いのです! 故に『異端なカップルに別れを!』『教団のカップルにご加護を!』と言う挨拶は間違っているではないですか!」


 は? 何言ってんのこの邪神?


 「良いですか! 私の正しい教えとしては『好きな人は洗脳』『自分以外のカップルは地獄へ』です! よく分かりましたか?」

 「は、ありがたきお言葉です、クリスティア様!」


 ん? 何言ってんのマジで……。


 「では早速クリスティア様! 今からクリスティア様の新たな教えを皆に広めてきます!」

 「あ、ちょい待……」


 俺が言い終わる前に、セレスは部屋を飛び出していった。


 「ふえ? ど、どうしましたお兄ちゃん?」

 「ん、リリアちゃん。 いや、何でも無いんだ、何でも……」

 「?」


 あぁリリアちゃん、お兄さん今、リリアちゃんの不思議そうな表情に、すっごい癒やされたよ、ホントありがとう、ありがとう……。

 あぁ、絶対ロクでも無い事が起きるんだろうなぁ……。

 うん、そうだ、そうしよう!


 「おば……お姉さん、お願いがあるんだけど?」

 「はい、ノブユキ君、何ですか~?」

 「ホント、胃薬をください、瓶ごと……」

 「いいですよ~。 そこの木の棚の二段目にありますからね~」


 …………。


 「あ~……」


 何だろう、胃薬のんだらなんだか眠くなってきたなぁ……。

 そう言えば、何か忘れている気がするんだけどなぁ……、あ!


 「そうだ、こっちの世界に沸いた教団の連中はどうすれば良い!?」


 そうなのだ、こっちに沸いてきた頭のおかしな連中をどうにかしなければ、俺の学校での生活は安泰にならない!

 この問題をどうにかして貰わなければ……。

 だからボーってしてないで、答えて、答えて下さいお姉様! いや、世界一美しい女神様!


 「うーん、手が無い……」

 「は?」

 「残念ながら手が無いのですよ、術者の術式が魔界の特殊なものですから……」

 「え!?」


 ど、どういうことだよそれ! 何とかして貰わないと俺、怖くてマトモに学校に行けないんだけど!


 「お、お姉様! マジでお願いします、何とかして!」

 「残念ながら無理ですね……。 この術式、ある立場のものしか使えない、特殊な術式なんですよ……」

 「特殊な立場? それって何!?」

 「……魔王ですよ」

 「魔王!?」


 俺はその言葉を聞いて、ただただ驚くしか無かった……。

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