初めての戦闘とマトモじゃない勉強

 それは日曜日の朝と昼の境目。


 「さぁ、今日はモンスターを狩りながら、チームワークを磨くわよ!」

 「「お~~~!」」


 本日はユキの発案により、邪教徒の町リンデンベーゲルの外れにある、魔物の出現ポイントに行き、戦いの経験を積むことと、チームワークを磨く事になったのだが、今日はすっごく落ち着かない。

 と言うのも。


 「一回引いて碇石するか……」


 なぜか我が家に教師型ゲーマー、黒田ネオンがジャージ姿で俺の部屋のベットに寝転がっているからであった。


 …………。


 「ん」

 「は? お、おい!?」


 早朝、家のベルが鳴り、何事かと思い外に出ると、ジャージ姿の不良教師が姿を現し、俺に3枚の紙を突き付けると、勝手に家の中へ入っていった。

 一体何なんだと思いつつ、受け取った紙の1枚目を見ると、次のように書かれていた。


 『プリティ女神のミラクル魔法で、学校のお偉いさんを洗脳しちゃいました、テヘ! クリスティアより』


 あの野郎、遂にやりやがったな。

 つーか、なら何で先生が来てんだよ!?

 そう思いつつ二枚目を見る、すると。


 『でもユキちゃんの勉強が不安なので、先生に出張家庭教師をしてもらいました!』


 と言う、明らかに人選間違ってるだろ!と言いたくなるメッセージ。

 正直、この人何で教師してるのってレベルの人だぞ、マジで。

 授業の半分が自習と言う名の自由時間だし……。

 そして俺は、そんな事を思いながら3枚目、すると。


 『なお、この手紙は自動的に消滅する』


 そのメッセージと共に爆発した。

 何で爆発させる必要があるんだよ……。

 俺は灰になって飛んで行った黒い紙切れ後を持った感触を味わいながら、そう思った。


 …………。


 そして、不良教師を案内して勉強が始まろうとしている訳だが、この不良教師、実にやる気がない。

 まるで我が家で寛ぐが如く、堂々とベットを占拠し、俺の部屋に隠していたはずのせんべいを、勝手にボリボリむさぼりながら、ゲームを行っている。


 「おい、不良教師……」

 「不良教師ではない、ネオンちゃんと呼べ、カス」

 「ならニート教師」

 「ハゲろ」


 めずらしくマトモに会話したな、コイツ。

 正直、また「ん」しか言わないと思っていたが、ちょっと驚きだ……。

 まぁ話が通じるなら、せっかくだし勉強を教えてもらうべきか?

 そう思った時の事であった。


 「ノブユキさん、ノブユキさん」


 リリアちゃんの声が聞こえる、一体どうしたのだろうか?

 俺はスマホをのぞかせる、すると。


 「うう、私って必要な子なのでしょうか……」


 と目を潤ませて俺の顔を見ている。

 ちょっと待て、一体どういう事だ?

 いまいち状況が分からないんだが、とりあえずどういう事か聞いてみるか?


 「リリアちゃん、何でそう思ったの?」

 「あのですね、私が呪文を唱えている間に、お二人があっという間に倒してしまうので、結局何もできていない状況なのです……。 アレを見てください……」

 「…………」


 そしてリリアちゃんが指を指した方へ画面を動かす、すると。


 「思うがままにぶっ飛ばせ、ビックバン! リロードそして、ビックバン!」

 「邪悪な意思に天罰を! デストロイパンチ! デストロイキック! デストロイハンマー!」


 ビックバンと口にしながらロケットランチャーをガンガンぶっ放すユキと、デストロイと口にしながら、魔物達を一撃で討伐するセレス、そんな二人から全力で逃げる魔物たちの姿があった。

 ……どう見ても、我々が加害者です、本当にありがとうございました。

 だけど、あの邪神の愉快な仲間たちである、あの二人と比べるのも何だかなぁ……。

 そう思っていた時の事である。


 「ふふふ、娘よ! 君にはまだ召喚する力が残っている!」

 「え!? え!?」


 どこからともなく響く声、そしてリリアちゃんは首を左右に振り、戸惑った表情を浮かべる。

 そして地面がゴゴゴと揺れた瞬間、リリアちゃんの目の前の地面から、一人の覆面の女性が飛び出し。


 「アタシの名は、マスク・ド・フェチフェチ! その娘を加護する守護神だ!」


 仁王立ちしてその様に名乗りを上げた。

 しかし嫌な名前だな、マスク・ド・フェチフェチって……。

 と言うか……。


 「どう考えてもクルシナさんですよね……? マスク被っただけで何でバレないと思ったのですか……?」


 俺はマスクマン?に画面を近づいてヒソヒソ声でそう伝える。

 マスクからはみ出る獣耳と尻尾を見れば、銀郎族って分かるし、それに声も恰好もクルシナさんなんだよね、どう考えても……。


 「な、何を言っているんだノブユキ少年……! アタシの名はマスク・ド・フェチフェチ! 決してクルシナ・フェチルなどと言う名前ではない……!」

 「誤魔化すなら、もうちょっと頑張ってくれませんかね……。 と言うか、別人だったら俺の名前知る訳ないでしょ?」

 「すまない……」

 「いいですよ、マスク・ド・フェチフェチ……」


 クルシナさん、俺すっごい笑みを浮かべているけど、今クルシナさんの事『守護神と言う名の娘ストーカー』って思い始めているからね。

 しかし、リリアちゃんが可哀そうに思って……ん? 何でリリアちゃん、目を輝かせているの?


 「わ、私に守護神が!? そ、それに、そんな力が私にあったとは……」


 あ、意外と気づかないものなんだなぁ……。

 と言うか嬉しそうな目で、マスク・ド。フェチフェチを見てるなぁリリアちゃん、あ、クルシナさんも嬉しいんだな、二人そろって激しく尻尾降ってるし。

 親子なんだなぁ……。


 「さぁ、命じるのだ娘! アタシに!」

 「では、行ってください! マスク・ド……」

 「はは、ではマスク・ド・フェチフェチ、いっきまーす!」


 あ、リリアちゃん、名前覚えきれなかったんだなぁ……。

 そして、マスク・ド。フェチフェチは激しく尻尾を振りながら、新たな加害者へと仲間入りしていった。


 「嬉しいかい、リリアちゃん?」

 「はい、お兄ちゃん……、じゃなくてノブユキさん!」

 「お兄ちゃん?」

 「え~っと……、何かノブユキさんってお兄ちゃんって感じでして、つい」

 「はは、お兄ちゃんって言っていいんだよ?」

 「で、ではノブユキ……お兄ちゃん!」


 ふふ、何だがリリアちゃんみたいないい子にお兄ちゃんって言われると、俺も正直嬉しい……。


 「ロリコンは犯罪だぞ」

 「うるせぇニート教師! だまってゲームしてろ!」


 ええい、このニート教師め、人が幸せを感じていたのにそれをぶち壊しやがって……。


 「ところでいい加減、ユキを呼べ。 さっさと勉強を始めるぞ!」

 「お、おう……」


 そして俺は、魔物を追いかけてはロケットランチャーでふき飛ばすユキを呼び、勉強を始めることになった。

 せっかくリリアちゃんとマトモで楽しい会話を繰り広げられそうだったのに……。


 …………。


 「とりあえず、今日はヨーロッパの地形を覚えてもらう」


 さて、ユキが宿屋の椅子に座る映像を、俺が両手で先生に向けつつ始まった授業だが。


 「さて、まずはロシアに近い国、エストニア、ラドリア、リトアニアを覚える方法を教えるぞ。 そうだな……『あ~こっちでも、エスト瓶(エストニア)があれば、ラドリア(ラドビア)でリトライ(リトアニア)する事無かったのに……』で覚えろ」

 「ニート先生、全くわかりません」


 全く意味の分からない覚え方なんて言われても、こっちが困る。

 第一これじゃあユキが……。


 「あ、すっごい覚えたかも!」

 「嘘だろ……?」 


 え、嘘だよね、何で分かるの!?

 いやきっと冗談だろ、うん、そうに決まっている。


 「ならユキ、上からその3カ国言ってみろよ」

 「エスト瓶だからエストニア、それにラドビアにリトアニアでしょ?」

 「合っている……」


 おいおい嘘だろ、何で分かるの!?

 …………。

 何だろう、ユキが出来て俺が出来ないって何かこう、納得できないって言うかだな……。

 うん、きっと覚え方が独特すぎるだけだ、そうに違いない!

 ならば!


 「せ、先生! どうせなら、皆が分かりやすい覚え方を教えてください!」

 「ん、構わないが?」


 ふふ、これならば、ユキだけ分かるって事は無くなるはず!

 もうユキだけ解けると言う、プライドが許さない現象はもうおさらばだ!


 「ならば行くぞ~、とりあえず、フランス、スペイン、ポルトガルの位置を覚えるとするぞ~。 とりあえず洋式トイレに当てはめて、背もたれが不安定っスでフランス、お尻のスペースインでスペイン、太ももに当たるポルトガルって覚えとけばいい」

 「何で椅子じゃダメなんですかね~……」

 「だって印象に残るだろ?」


 何だろう、この人の言ってる事に納得しそうな自分が嫌だ……。

 別にバカにしている訳じゃない、ただこんな覚え方をしたら、何か負けたような気がしてならないと言うか……。


 「何だお前不満か? こんな分かりやすく教えているのに?」

 「不満じゃないけど、下ネタで覚えたら負けの様な……」

 「……高校生の時はな、下ネタやイヤらしい覚え方に近ければ近い程、頭に入るんだよ、それが思春期特有と言う奴さ……」

 「なんか嫌な青春っスね、先生……」


 すっごい分かるんだけどなぁ、でもそんな生々しい話、聞きたくなかったなぁ……。


 「先生、洋式トイレが分かりません!」

 「ユキ、洋式は座る方」

 「分かった! ありがとうノブユキ!」


 ユキ、不思議とお前で和んでいる時点で、俺の精神はおかしいのかもしれない……。


 「まぁ、ノブユキが贅沢を言うので、普通の覚え方をするか。 次はフランスの近くから、ベルギー、ドイツ、オランダ、領土が小さい、大きい、小さいの順で覚えるぞ~『ベルギーチョコ、ドイツんだ? オランダ!』で覚えろよ! そして次にスイス、オーストリア……ん、おっと時間だ!」

 「は?」


 時間って何? まだ30分も経ってないよ! と言うか帰る時の動きはすごく俊敏だな!


 「それじゃ帰る、じゃあ!」

 「待て待て待て! 先生、急いで一体どこに行くんだよ!?」

 「戦場に決まってるだろ! 今日はギルドの仲間たちと侵攻して領土を獲得するんだよ!」

 「アンタ生徒とゲーム、どっちが大切なんだよ!」

 「ゲームに決まってるだろ、当たり前のことを言わせるな、カス!」

 「…………」


 そして、俺の掴んだ右手を振りほどくと、素早く出て行った。

 あの野郎、教育よりゲームが大切ってどうなってるんだよ……。


 「ノブユキ、ノブユキ!」

 「ん?」

 「二人だけの授業、楽しかったね!」

 「……あぁ」


 俺はそんな二人だけの授業を楽しんだ感覚を……二人だけ?

 そういえば残りの二人はどこに行ったんだろう?


 「ユキ、そういえば、セレスとリリアちゃんはどこに行ったんだ?」

 「リリアちゃんは、何か疲れたらしくて奥のベットで寝てるよ、セレスさんは何か『素晴らしい儀式が完成しました、これで聖なる審判を……』とか何とか言ってどこかに行ったよ」

 「聖なる審判?」

 「うん、よくわからないけどね」

 「ふーん……」


 邪教徒のセレスの事だから、どうせロクでもない儀式なのだろうが……。

 まぁ何かしたとしたら、またレモンの計にでも処してやればいい、慌てることもないだろう。

 しかしながら……色々あったせいか疲れてしまった。


 「さてユキ、俺はちょっと疲れたし寝るよ……。 どうせ明日学校だしさ」

 「あ、なるほど! んじゃお疲れ~」

 「あぁ、ユキ、また明日な!」


 俺はそう言ってアプリを切った。


 …………。


 次の日の朝。

 実に爽快な目覚めだ、と言うより寝すぎたのだろうか? どちらにせよ、素晴らしい朝だと感じた。

 しかしこんな爽快な目覚めなのだ、たまには早く出て教室でゆっくりするのもいいだろう。

 そう思った俺は荷物片手に家を出で、途中コンビニでおにぎりを買うと、それを片手に教室のドアを開けた。

 すると。


 「「「異端な者に地獄を!」」」

 「「「教団の使徒に幸福を!」」」


 どこかで聞いたような挨拶をする、モヒカン頭の集団に出会った。

 …………。

 よし帰ろう!

 あの邪教徒がこっちの世界にいる訳が無いんだ!

 きっとコレは夢なんだ、そう夢に決まっている!

 そう自分に言い聞かせながらも、俺はスマホを取り出し、アプリを起動する。

 そして。


 「おいユキ! あの大馬鹿邪教徒はいるか!?」

 「……へ?」


 よだれを垂らして寝ぼけた様子のユキにそう尋ねる、すると。


 「おやおや、お呼びですかノブユキ様?」


 ニヤニヤとした顔を浮かべて部屋の奥から姿を現すセレス。

 コイツ、えらく余裕だが、やはり……。

 俺は半分確信しながらも、セレスにきつく問いかける。


 「お前、何かやっただろ……?」

 「おや? おやおやおや? そう問わずとも分かるのではないですか? ほら、罰を与えるのでしょう、罰を?」

 「この野郎、やってみろってか? よし、ならば容赦なくやってやるから覚悟しろよ!」


 俺はレモン果汁をタッチし、慣れた手つきで挑発的な表情を浮かべるセレナの頭上でタッチを繰り返した、すると。


 「新奥義、レモン返し!」

 「ん? いだだだだだだ、レモン果汁があぁぁぁぁぁ」


 なぜだか俺の頭の上から果汁が降り注ぎ、俺は両手を押さえて地面を転がりまわった。


 「異端者が転げまわっています! 実に良い君です!」


 そして、実に腹立たしい声で、セレスはそう俺に言った。

 よし……。


 「ふっふっふ、今まで聖なる使徒である私を邪教徒と罵った罰です! もうアナタなんて怖くありませんよ! いくらレモン果汁を降らせようが怖くありません……アレ、何でそんなものを持っているのですか?」

 「こっちの世界ってさ、夏場はプールって授業があってな、俺はゴーグルを使わないと泳げないんだ……」


 俺はそう言って淡々とゴーグルを装着し、そしてスマホを改めて握る。


 「へ、へぇそうなんですか……、ちゃんと白状しますから、ここは引き分けって事で……」

 「引き分けはダメだ、そう思わないか?」

 「思いません! 分かりました、私の負けで良いです! だから止めてください!」

 「…………」


 そして俺は、ニッコリと笑顔を浮かべて、スマホの画面を容赦なく連打し始めた。

 セレスが何度泣きわめいても容赦なく……。

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