怒りと驚きと新しい仲間
数時間経ち、時刻は夕方。
俺はクルシナさんに事情を説明しつつ、レモンを大量に出現させ、そしてクルシナさんは、凄いスピードでレモンを運び、正気を失った同胞達に食べさせて回り、正気に戻った銀狼族もまた正気を失った同胞達にレモンを食べさせて回った。
そして、日が沈みだした今、殆どの銀狼族は正気に戻ったらしい。
「アンタ達のおかげで助かった! これだけあれば、魔法でいくつか種に変えても、しばらく持ちそうだ!」
あ……、とりあえず何も考えずに、レモンをガンガン出したわけだけど、種とかの事は考えてなかったな……。
いや、まぁ結果オーライかな?
「いえいえ、こっちは出来る事をしただけですから、しかし魔法で種に変えれるのであれば安心ですね。 ですけど、どこか育てる場所の当てはあるのですか?」
「実は同胞達の数人がここから西へ行った所に、とても良い山岳部を見つけたらしい。 そこに住むつもりだから安心してくれ!」
「ええ、ホントすいませんね、そこの邪教徒にはキツく言い聞かせておくので……」
そして俺は、いつの間にか囲っていた壁を壊して脱出していた、その邪教徒の方へと視線を向ける。
「おぉ偉大なるクリスティア様! この邪教徒に味方するダメな男に大いなる天罰を……、具体的には、ユキ様と別れ、ストレスでハゲて、その後永遠に童貞で過ごす人生……ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! 目があぁぁぁぁぁ!」
俺は一切の迷いも無く、レモン果汁を選択し、セレスの頭上からかぶせてやった。
そして。
「ふざけんなよ大馬鹿野郎! ただでさえユキの行動にそこそこ気を使うのに、ストレスの核爆弾であるお前のせいで、俺の血圧は一気に急上昇してるんだよ!」
日頃溜まっていた怒りを吐き出すように、セレスを怒鳴った俺だが。
「おぉ偉大なるクリスティア様! 見えます、見えますよ! 邪教徒の頭がハゲ上がる姿が……」
この野郎、全く自分の行いを反省していないらしい。
悪びれもせず、そう口にしながら両手を組んでお祈りしてやがる……。
この世界にまともな賢者っていないのかね……。
「まぁノブユキ、我々としては元通りになったのだ。 もう我々は気にしていない、だからもう良いのだこの話は……」
「「「うんうん」」」
それに引き替え、クルシナさん達の出来た性格だよ。
クルシナさんと銀狼族のみんな、納得しているもの!
この寛大さ、少なくともホント見習ってほしいよ、あの邪教徒には……。
「お待ち下さい!」
ん? 何だろう、あの可愛らしい銀狼族の女の子は?
銀色のショートカットに一生懸命そうな顔立ち、何となく、犬って感じの雰囲気だな……。
そして、その銀狼族の子は、クルシナさんの前へ立つと、尻尾をバタバタ、両手を握りしめ意見を述べ始める。
「今回、我々銀狼族はこの方々にピンチを救って頂きました、ですが感謝の言葉だけで良いのか?とリリアは言っているのです!」
「リリア、言いたいことは分かる。 だが何をしたいと言うんだ?」
「リリアは恩返しの為に、この人達に付いていきます!」
そう高らかに宣言する、銀狼族の女の子、リリア。
あの子一生懸命なんだろうなぁ、尻尾の振る速度が上がってるし。
「だがリリア、お前はまだ12歳だ! 旅立ちは早いだろう!」
「ですがリリアは決めたのです、お母様!」
「アタシは反対だ! まだまだ未熟なお前ではこの方々に迷惑をかけるかもしれないぞ!」
「確かに、寝汗の匂いでは迷惑をかけるかもしれませんが、それ以外は賢者として立派になりました、問題ありません!」
うんうん、お母様……え、お母様?
つまり何、このリリアちゃんはクルシナさんの娘さん!?
でもクルシナさん、見た目若いんけど、って賢者なの、この子!?
と言うか、寝汗の匂いで迷惑をかけるって一体……。
そう俺が色々と驚いていた時だった。
「クルシナさん、この大賢者ユキちゃんがいれば、リリアちゃんがケガする事なんてナッシング! だから、冒険に行っていいって言ってあげて!」
全く、このバカはいきなり何を言い出すんだ! 腕組んで、無駄に良い顔しやがって……。
はぁ、全くコイツは……。
「おいユキ、お前な。 子を心配する親心って物が分からないのか?」
「親心?」
「そう、親心。 娘に危険が及ぶかも知れないのに、大切な娘に行ってこいなんて言いたくないだろう?」
「うんうん」
「だからこそだ、お前がリリアちゃんの思いを尊重しようと思ってそう言ったのはよく分かる。 だがリリアちゃんだけで無く、親であるクルシナさんの気持ちも尊重すべきだと思うぞ」
「そりゃ分かるけどさ、分かるよ、私だって……。 だけど……」
ユキは、正直バカだが人を思いやろうとする優しさがある。
だから、コイツなりに銀狼族の娘であるリリアの意志を尊重しようとしたのだろう『後悔しないように、自分の思うとおりに行動すべき』という、ユキが持つ唯一の哲学から……。
そして、クルシナさんの思いに対しては、安心して任せられるよう、あえて自信満々に『リリアちゃんを守る』と言ったのだろう、コイツなりに一生懸命考えて……。
はぁ……。
「クルシナさん、俺からもお願いします。 リリアちゃんを連れて行って良いですか?」
「ん?」
そう言った俺の言葉にクルシナさんは驚いた表情を見せた。
先ほどまでは反対だった、ユキの少々悲しそうな顔を見るまでは。
……別に気まぐれなだけだ、賛成になったのは!
「その、不安なのは分かりますが、人に言われた事をして後悔するより、自分で考えて行動して後悔した方が、自分の為にもなると思うんです。 そりゃ、命の危機ってあるかも知れないです。 だけど、俺ができうる限り、リリアちゃんを逃がします、だから……」
俺もバカだな、上手く説得させる言葉が浮かばない。
これじゃユキに、バカだの色々言えないな……。
だが、そんな俺の一生懸命さが通じたのか。
「分かった……」
クルシナさんは顔を俯かせながらそう言った。
そして。
「だから……」
「だから?」
「だがら、リリアを旅にうわあぁぁぁぁぁぁん!」
「えぇ!?」
そしてクルシナさんが、大声で泣き出した。
え? 俺何か泣かせるような事を言ったの!?
待て待て、え? 違うよね、絶対俺じゃないよね!
「あーあ、異端者が遂に一般市民を泣かせました。 神よ、これは天罰を与えるべきです!」
「ふざけんな、邪教徒の中の邪教徒であるお前に言われたくないぞ!」
「あ、遂に人のせいにしました! これは異端者である証です。 今すぐ天罰を与え、セレナーデ恋愛教団の使徒に生まれ変わらせるべく……、ぎゃあぁぁぁぁぁレモンが目にいぃぃぃぃ!」
「…………」
俺が邪教徒に静かに天罰を与え、セレスがゴロゴロ地面を転がる中。
「ヒックヒックヒック……」
「私がいれば大丈夫だから、ね、クルシナさん、大丈夫だって!」
大人げなく泣いているクルシナさんをユキが抱きしめて背中をポンポン叩いている。
しかし、それだけ心配なのかねクルシナさん、なんか俺、余計な事を言っちゃったかな……。
「だってだって……、アタシの可愛い娘だぞ! 毎晩毎晩熟睡している時にペロペロ顔中舐めてしまう程可愛い! そんな娘がいなくなったら、アタシは何をペロペロ舐めて生きていけばいいんだ~!」
「へ、お母さま!? 朝方私の体から匂うのは、寝汗が酷いからではなかったのですか!?」
あ、前言撤回、リリアちゃん、連れて行かなきゃ色々マズい気がする。
と言うか、このままだと絶対悪影響が出てくるだろうし……。
「そ、それは……アンタの聞き間違いだから! ともかくダメ! やっぱり行ったらダメ!」
「お母さま! どうしても嫌とおっしゃるなら私にも考えがあります!」
「な、何よ……!?」
「お母さまの事、大嫌いになりますよ!」
「ガーン!?」
あ、真っ白い石になったぞクルシナさん相当ショックだったんだな……。
そして、そんな真っ白な石をよそに、リリアちゃんは嬉しそうな顔を浮かべつつこちらにやってきて。
「という事でよろしくお願いしますね!」
と頭を右に傾けさせながらそう言った。
のだが……。
「ダメです、反対です! この魔王討伐パーティは、教団関係者以外入ることが出来ないのですから! 入りたいのであれば、この入信届にサインを……」
「そ、そうなのですか!? 魔王討伐パーティとなると、そのようなルールが……。 知らなかったです……」
「という事で、ぜひサインを……!」
このバカは邪悪な笑みで、リリアちゃんに詐欺まがいの発言をして、邪悪な教団に入れようとしていやがる……。
そして俺は例のごとく、レモンの計を実行しようとしたその時。
「へ? そんなルールあったっけ?」
ユキの天然に救われたような気がした。
無論、神の子であるユキの言葉にセレスが逆らう訳もなく。
「じょ、冗談ですよ~! こんなの冗談に決まってますよ~、ユキ様~! リリア様、よろしくお願いしますね!」
「そうよね~、セレスさん冗談がお上手なんだから~あはははは!」
「ユキ様、お誉めにあずかり光栄ですわ!」
そう言って上手く誤魔化した。
が俺は、笑顔の裏で右手の血管が浮き出る程、拳を握りしめるセレスの姿を見て、盛大に冷ややかな目線を送りつつ。
(やっぱりコイツは、クズだ)
と言う感想を送ってやった。
「冗談でしたか、これは失礼しました! 改めまして、銀狼族で賢者をやっていますリリア・フェチルと申します。 皆さま、よろしくお願いします!」
そんなクズはさておき、リリアちゃんは尻尾を激しく振りながら、そう自己紹介をした。
あぁ、きっと嬉しいのだろうなぁ、こうやって冒険に行くのが……。
そして、そんなリリアちゃんのあいさつに対し、ユキとセレスは膝と腰を少し曲げて目線を合わせると。
「リリアちゃん、よろしくね! 私の事はユキちゃんとか、ユキさんとか好きに呼んでいいからね!」
「リリア様、こちらこそよろしくお願いしますね! 私の事はともかく、ユキ様の事はちゃんとユキ様と呼んでくださいね!」
「あ、セレスさん、またまた冗談上手いんだから~。 ホント、好きに呼んで良いからね!」
「あはは、ユキ様には敵いませんね~」
とそれぞれらしい挨拶を返した。
そして、4人は銀狼族たちの声援を背中に受けつつ、冒険の準備の為に、街中へ向かうのであった。
…………。
「クルシナさん、何で自然について来ようとしてるんですか?」
「へ、いや偶然だ! アタシは偶然こっちに!」
「クルシナさん、娘大好きも度が過ぎると嫌われますよ?」
「うぐぐ、そ、それは……」
そして、そう頭を悩ませるクルシナさんを置いて、3人は町中へ旅立っていった。
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