第一章
彼女の母はマトモではない!
「要約すると、ユキから異世界にいると、連絡がありました。 おじさん」
「なるほど……、ちょっと待ってね」
俺がそう言うと、年齢の割にとても若く、そして爽やかなイケメンであるユキのお父さん、森崎コタロウおじさんは、優しい表情を浮かべる自身の頬を抓り。
「すまない、もう一度言って」
「ユキから異世界にいると、連絡がありました」
「うん分かった、夢じゃないね」
そして、それが現実であると分かると、頭を抱えつつも、やや無理矢理納得したようだ。
ユキから連絡が会った後、俺はユキの家に急いで向かい、偶然にも家で留守番していたコタロウおじさんに、テーブル越しに一通り説明した訳だが、おじさんの顔は未だに険しい。
その険しさは怖い雰囲気ではなく、単純に理解が及ばない為の険しさなのだろう、俺も同じ気持ちだからすっごく分かる。
ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ!
「ん?」
そして、そんな沈黙の時間を与えないかの様に、俺のスマートフォンから電話がかかる。
「おじさん、ユキからです。 きっとこれから更に頭が痛くなると思いますよ」
「ちょっと頭痛薬を飲んでくるから、少しユキと会話しててくれるかな……?」
「わかりました」
俺は、真顔で述べると、おじさんの後ろ姿を見ながら電話に出る。
「やっほ~! 異世界で大賢者になったユキちゃんだよ~! イエーイ!」
「おじさーん、頭痛薬を俺の分もお願いしまーす! すっごく頭が痛くなりそうなんで!」
「お、つまりは、アタシん家! パパー、ママー、私、異世界にいまーす!」
「お前、声のボリュームを下げろよ……。 すっごい耳にキーンときたんだけどさ、今……」
まったく異世界に行ったというのに無駄に元気だな、コイツ……。
そう思ったその時。
「ぎゃん!」
「ん?」
奥の方から、ゴンッと鈍い音が聞こえ、それに続くようにおじさんの悲鳴が聞こえたけど、どうしたんだ?
俺はキョロキョロと辺りを警戒しつつ、おじさんが薬を取りにいった部屋へ足を進める、すると。
「ふふ、ノブユキ君いらっしゃい」
奧から、おっとりとした女神のような金髪美女で、ユキのお母さんである森崎クリスティアさんが奧から現れる。
それも右手にフライパン、そして左手で頭痛薬を手にして白目を向く、おじさんを引き釣りながら。
「あ、おばさん、お邪魔して……」
「お、ね、え、さ、ま! 美人で素敵なお、ね、え、さ、ま!」
「美人で素敵なお姉さま、お邪魔しています」
「あら、そんな褒めたって何も出ないわよ、おほほほほ……」
俺はアンタが言わせたんだろ、と言いたかったが、言ったらマズイと言う本能に従い、おれは口にしなかった。
と言うのも以前、こんな警告をうけた時、そんな警告を全く気にせず『はっはっは、お姉さんは無理ありますって! だって30越えたらどう考えたって、おばさ……』っと口にした後の記憶が全く無い。
それどころか、それ以降、あのように笑顔で警告されると、本能的に逆らえなくなってしまっている。
「ところで、ノブユキ君。 アナタに伝えねばならない事があります」
さて、一通り笑ったおばさんは、真剣な顔を浮かべて、そう口にする。
正直、今まで見たことのない真剣な表情。
俺は流石に何か重要な話なのだろうと思い、自然と表情を硬くする。
「い、一体何を?」
「ふふ、ユキが異世界にいると言うのは知ってますね」
「はい、知ってますが……」
「ならば、話が早い! 実は……」
「実は?」
「実は私、元武闘家で元悪魔で元賢者で元大魔王で元天使長で元堕天使で元女神で元邪神で現主婦なイケイケお姉さんなんです!」
「は?」
え? ちょっといきなり何言ってんの、この人?
と言うか今まで想像もしなかったけど、ユキのあの70パーセントの中二病と言うべき症状は血筋なの?
「ふふふ、驚いてしまったようですね。 もう一度言いましょう、私は元武闘家で元悪魔で元賢者で元大魔王で元天使長で元堕天使で元女神で元邪神で現主婦なイケイケお姉さんなので……」
「ちょっとおば……お姉さん、どういう事かまったく理解が出来ないのですが……」
「ふふふ、ならば聞くのです、私の人生を……」
「いや、聞きたくないのですが!」
「聞くのです、わ、た、し、の人生を!」
「じっくりお願いします……」
そして、おばさんは話し始める。
それは熱く、そしてデレデレと恥ずかしそうに。
「実は私は元々、武闘家として生きてきたのです、そしてある時、初めての恋をするのです、それは第3代目の勇者でした……」
んん?勇者?
「そして私は彼に告白するのです『好きです、つき合って下さい!』と。 ですが彼は『すまない、私には愛する者がいるのです』と断られてしまって……。 私はつい、悪魔を拳で脅して悪魔に転生し、見事に悪落ちしてしまったのです」
いや、それ悪落ちって言うか、フラれてヤケになっただけですよね。
「それから、私はカップル狩りを始めました。 そしてそうしているうちに、私は出会ったのです、それが四代目勇者です。 彼に破れた私に彼は言いました『恋を邪魔するより、自分の恋に生きるべき』だと。 私は彼の告白に惚れ、悪魔を脅し、人間に戻ると、職業神殿の神官に対して、熱く物理的説得を行い賢者になることが出来ました」
うん、色々とおかしいよ、うん。
「そして、私は勇者に近づき、彼のパーティメンバーとして、一生懸命頑張ります。 無論、伊達に賢者になった訳ではありません、知性も気品も圧倒的に上がったのです。 そんな私は、ある時村の宿屋に立ち寄った際、遂に行動に移したのです。 夜になり、皆が寝静まった後、勇者の部屋に押し入り『オラオラ、襲われる方が好きなんだろ!? 一緒に大人の階段を上ろうぜ! グヘヘヘヘへへへ!』と良いながら勇者に襲いかかりました。 そして、気づいたら次の日で、呪い除けのお札でぐるぐる巻きにされ、教会のベットに一人置いていかれていました」
そうだよね、そんな事があればそうするよね、勇者、可愛そうに……。
まぁ、その後どうせ悪落ちするんでしょ?
悪落ちのスペシャリストらしく、悪オチなんでしょ?
「そして私は、私を置いていった事で怒りに燃え、先回りして魔王を倒すと、勇者パーティを倒して勇者を洗脳し、世界中のイケメンを私のモノにするため、世界征服を始めました。 ですが、そんな中私は、5代目勇者に倒されてしまったのです。 そしてやられる前に彼は言いました『次は天使にでも生まれ変わってこいよ!』と……、私は惚れました」
「…………」
「そして私は、無理矢理天使に転生し、彼を愛する天使になったので……」
「ちょっとまって下さい!」
「はい、何ですか、ノブユキ君?」
「あと何時間続くでしょうか?」
さていい加減、悪オチパラダイスな話に限界を感じ、俺は早く終焉を迎えて貰う為に声を上げる。
だってこれ、校長の朝礼時のお経と比べても、お経が心地よく聞こえるレベルなのだから……、それだけ苦痛なのだ、この悪オチの話は。
そして、そんな俺の気持ちが通じたのか。
「ふふ、疲れましたか?」
と優しい笑顔を浮かべたおばさんは、顔を近づける。
あぁ、俺はこの地獄から助かったんだ、言って良かった……。
ホント……ん? おばさん何でニッコリスマイルで俺の両肩を掴んでるの……?
「いだだだだだだだだだ!」
「どうですか? 疲れた体に電気マッサージ、とても効果的でしょう?」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ、骨に、骨に染みる!」
そう思った次の瞬間、俺の体中の筋肉が自分の意志と関係無く引き締まり、そして骨が悲鳴をあげる!
と言うか、おばさん電撃を放てるの!? 電気ウナギじゃないだろう!? というか、このままでは俺は死ぬ! マジで死、いだだだだだ!
「疲れ、疲れ取れました! 取れた!」
そして俺は痛みから逃れるために必死に声をいでででで!
その必死の思いが通じたのだろうか、両肩を掴む感覚はなくなり、体の痛みも消え去った。
「さて、話を再開しましょうか?」
「はい……」
そして、俺はまた電撃を味わわないために、我慢しておばさんの話を聞くのであった。
…………。
「と言う事で、私はダーリンと永遠にイチャイチャしたいので、不老の呪いをかけ、楽しく現在も生活しているのです!」
「ヘー、ソーナンデスカー、ステキデスネー」
さて結局、悪オチしてーの恋してーのを繰り返す長々とした話を2時間ほど聞いた所で、やっと終わり、ようやく邪神の長話から解放された。
……と思ったが。
「そして現在、私は天界から土下座されて、とあるお願いをされました」
「え?」
残念ながら話は終わっていないらしい、もしや悪オチ劇場第2部の開始なのか!?
と言うか、こんな邪神に天界もよくお願いするね。
「『天界の力が届かない異世界に魔王が誕生し、人々が苦しめられ、遂には病んだ人々が破壊行為をしたり、身勝手な自己の考えで行動するような人類が現れた大変な世界が誕生してしまったのです! その地域の平穏の為にクリスティア様、未知なる魔王を倒すため、全知全能なるあなた様のお力をお貸し下さい! ……豪華船舶での新婚旅行、1年分の代金をすべて天界で出しますので……』と……」
どうせ受けるんだろ?
どうせ受けるんだろ?
俺でもどうなるか分かっているのだからな、さっさと言ってくれよ、受けたって。
「そして私は優しく『邪神なめてるの? その程度の貢ぎ物でお願い聞いて貰えると思ってるの? 天界滅ぼすわよ!』と注意した所『申し訳ありませんクリスティア様! 旅行1年分と言わず、天界に命令されれば何でも差し上げます、ですので、天界を滅ぼさないで下さい……』と土下座されました、全く天界の子羊たちにも困った物ですね」
困るのはアンタの性格だよ、と言うか天界って人材難なのか……。
まず、こんな邪神野放しにしてて良いのか?
「さて、そんな迷える子羊たちの為に私は大変素晴らしいとしか言いようのないアイディアを思いつきました。 娘を送れば、私はダーリンとイチャイチャ、報酬も手に入る、ついでに娘の賢者の力を活用できる。 そう、全知全能な私らしい、一石三鳥のアイディアだったのです!」
「……なら、何でおじさんに教えてあげなかったんですか? 『ユキが行方不明になった』って電話越しに慌てていたんすけど……」
「それは、敵を欺すにはまず味方からと言いますから」
「敵を欺す以前に、味方を大混乱に陥れてどうするんですか!?」
「大丈夫ですよ、混乱した味方は殴って混乱を解けば良いのですから! 記憶が飛べば、なおよろしい! ゲームの常識です!」
もうヤダ、この人の相手!
気を失ってないで、助けておじさん、俺の精神力は0になるよ!
「スー……スー……」
ん、この聞き覚えのある寝息、まさか……。
俺はふとスマートフォンを見る、そして。
「お前は、寝てるじゃない。 まったく草原の上で、ヨダレ垂らして気持ちよさそうに寝やがって……、お前は少しは自分の心配をしろ!」
「ふえ?」
「ほら起きろ! ちゃんと服装を整えろ、Yシャツがはみ出してるぞ。 ほら、髪を整えろ!」
「あ、うん!」
「全く……」
全く、どんな危険性があるかも分からないのだから、もう少し緊張感を持つべきだと思うんだがな、ホント。
それに、外見だけは美少女なんだから、少しは……オホン!
「ユキちゃん、今からお母さんは大切な話をするので、静かにしていて下さいよ~」
「はーい」
そんな俺をよそに、おばさんはスマホの中のユキに対し、そう言い聞かせると、俺の前へ来て、顔を近づけ、目を潤ませると。
「さて、美人でステキな私の娘のアレ、ノブユキ君、お願いがあります」
ややムカつく表現でお願いしてきた。
うん、腹立つよ、マジで。
「わざわざ嫌な良い方をしないでくださいよ……」
「うふふ、そんな話は、美人で素敵なお姉さんは聞き流しまして~、お願い言っちゃいます!」
うざい……。
ウザいから両方の人差し指を頬に当てるなよ!
ホント腹立つから!
「さて私からのお願い、それは娘である大賢者ユキちゃんのサポートをお願いしたいのです!」
「???」
おばさんの理解しがたい言葉に、俺はキョトンとした顔を浮かべて固まった。
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