第三章 少年の物語

第40話 意外な強敵

晃陽こうよう、これで何匹目?」

「訊くな、れい。気持ちが萎える」

「悪い―――あ、あそこにまた一匹出たぞ」

「ていっ」


 やる気のない黎の声に、やる気なく応じた晃陽が、飛び出してきた球体の影喰いを斬る。


「……213匹目」

「ちゃんと数えてんじゃねぇか」


 ここは影の街の西側。現実世界では夕里ゆうり町と呼ばれる地区の、八車線にもなる幹線道路上だった。


 これまでも何度か近くを通っていたが、雑魚影喰いの多さに辟易として素通りしていた。今回、晃陽が身体持ち特有の“鳴き声”を聞きつけ、やってきた。


 広い車道なので逃げ場は多く、狼型のときのように待ち伏せされ危機に陥ることはなかろうと踏んでいたが、意外な厄介さに面食らうことになる。


 最初は、道路の北端にある小高い山だと思っていた。


 近付くと、それが間違いだと気付いた。


「な、な、な……」

「なんだこれ……」


 口が回らない様子の晃陽の言葉を、黎が引き継ぐ。


 そこには、山のように巨大な影喰いが鎮座していた。


 動くことはなく、どうやら周囲をうろつく雑魚の“もと”になっているようで、小型の丸い影喰いを、一定間隔で一匹ずつ吐き出し続けていた。しばらく見ていると、形が変わり、虫型をかたどった。


「こいつが、影喰いの親玉だったのか」

「晃陽、その剣で退治できるか?」

「やってみよう」


 言って、晃陽が剣を投げつける。的の大きすぎる敵に突き刺さる。そのまま、剣がずぶずぶと飲み込まれていく。


「戻れ―――うわっ、なんかベチャベチャしてるぞ、黎」

「え? いや、俺に触らせようとすんな。おい、晃陽、マジでやーめーろーよー!」


 中学生男子らしいやり取りでわちゃわちゃとやっている間にも、新しい影喰いは生産されている。晃陽が、全体的に何だかベチャベチャしてしまった剣で、それを倒す。性能的に問題はないようだ。


「で、晃陽。本当にここなのか」

「違いない。さっきから『ムゴゴゴゴ』みたいな声がずっとしてる」

「なんだその鳴き声。つまり、このデカブツの中にいるってことか」

「そのようだ」

「どうするんだ」


 ちょっとしたショッピングモールクラスの巨体を剣で斬れるとは思わない。


「身体持ちが出てくるのを待つしかないだろう」

「マジか」


 それから、薄闇の中で雑魚影喰いをプチプチと潰す作業を続けているのである。すでに体感で小一時間。


「黎、ちょっと代わってくれ」

「もうか? まだ15匹くらいだろ?」

「17だ」

「せめて20はやれよ。それ、結構重いんだよ」

「そんなことないだろう。そこら辺の木の棒並みに軽いぞ」

「お前はな。俺には重い」

「やはり、選ばれしものだけに扱える剣は荷が重いか」

「はいはい。あ、また出たぞ」

「仕方ないな。てぁっ」


 と、まだ軽口を叩き合う余裕があった二人だが、さらに百匹も討伐すると、次第に口数が減ってきた。


「……320」

「身体はまだかよ~。いい加減出て来いよな~」

「そろそろ鐘が鳴るんじゃないか」

「晃陽、先帰る?」

「え?」

「いや、お前、学校サボり過ぎて目ぇ付けられるだろ。俺なら一日くらいどうってことないからさ。ちょっと重いけど、このスライムみたいなのプチプチやるだけならできるし」


 まるでRPGのレベル上げを友人にやらせているような会話だと思ったが、晃陽は首を横に振る。


「いや、帰るときは一緒だ。怒られるのも一緒だ」

「お前はいよいよ氷月先生に殺されそうだけどな」

「……それでもだ」


 一瞬心が折れかけたらしい晃陽だったが、何とか友情が持ちこたえた。


 その後、さらに百匹。あまりにもつまらない雑魚狩りは続いた。


 そして、いよいよこの街の出口を開く鐘の音が聞こえだした。


「まずい」

「だから先に帰れって晃陽。明日には多分終わってんだろ」

「ダメだ黎、俺と同じになるな」


 晃陽の声色は真剣だった。かつての過ちを悔いる目をしていた。


「明だって待っているのだぞ。あいつが、どれほど心配するか」

「へぇ」

「……なんだ」

「いや、意外と入れ込んでるなと思って」

「何を言って―――あ」

「え?―――あ!!」

「「いたぁ!!」」


 小さな影喰い。その中に、人の右半身と思われる部位が認められ、二人は歓喜の絶叫を上げた。


※※


「それで、急いで倒して、ダッシュで帰ってきた、と」

「……ギリギリの戦いだった」


 机の上でぐったりしている晃陽が呟く。時間が一番の敵。朝の弱い明にとっても、頷ける話だ。


「これで、四肢は戻ったということだ。もう少しだぞ、明」

「……」

「暁井」

「え? あ、今のはごめん。本当に無視しちゃってた」

「本当に、とは」


 その疑問には答えず、明は思案に暮れていた。


 晃陽の与太話を鵜呑みにするつもりはさらさらないが、彼と黎が向こうで影喰いとやらを倒してくるたびに、頭のどこかが明瞭になっていく感覚は、確かにあるのだ。


 まるで、何もないと思っていた真っ暗な部屋に、ポツンと明かりが灯るような。そして、実はその部屋がもので溢れていたことを思い出すような。


「な~に楽しそうにお話してるのかな~」

「ひぃ!?」

「そのリアクションは流石に酷くない明ちゃん」

「―――ごめん浅井さん。ちょっと考えごとしてて」


 どうもあの雨の日以来、この元優等生の現ネトゲ廃人女子中学生の香美奈かみなが苦手になった。二面性のある子って、傍から見れば面白いんだけどな。


「こうちゃん借りていい?」

「え? ど、どうぞ」


 というか、自分が許可を与えていいものなのだろうか。見ると、晃陽も銀縁眼鏡の奥が不満気。また「人を猫のようにいうな」と思っているのだろうか。


 ふふっ。ちょっと頭良さそうに見えても、単純なのは変わらない。―――って、何で私はそんなことに楽しくなっているんだ。


 そんなことを思う明の、談笑する晃陽と香美奈に向けた表情を見て、周りのクラスメイトたちは一様にこう思った。


(暁井さん、東雲(くん)取られたからって顔が怖いよ)

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