第39話 二色南中文芸部のダブルデート㊦

 やたらと活気に満ちたパワフルな神輿は、無事、境内に辿り着いた。あとは、社殿にて行われる儀式を待つのみ。


「よぉ、二人とも目立ってたなっ」

「おっつ~。たまには休みに陽の光を浴びるのもいいね~」


 月菜つきな香美奈かみなからそれぞれ労いの言葉を頂戴する。


 本当に疲れた様子のあかりが、


「目立ちたくなんか無かったし、浅井さんは、もうちょっと以前のキャラを取り戻した方が良いと思う」


 と嫌味を混じらせて言ったが、口調には力が無い。


「お前ら、ラムネ飲むか」


 晃陽の声に「飲むっ」と、「ごちで~す」と返す二人。炭酸は苦手―――そう言いたかった明だが、引っ込み思案特有の期を逸するミスを犯した。去っていく晃陽。


 だが。


「あれ? こうちゃん、何でジュースも買ってきてるの?」

「何だか、そんな顔をしてる奴がいてな」


 買ってきやがった。いや、買って来てくれた、だろう。明は自分を叱る。なんで彼の察しの良さにまで苛ついているのだ。本当に、おかしい。


「やっぱ、こうちゃんってこういうとこあるよね~」

「だなっ。たまーに、心を読んでくるっ」


 香美奈と月菜の声にも、曖昧な首肯を返す。そう、自分にだけ、ではない。勝手気ままに見えて、ちゃんと周りを見れる人だ。


 ―――なのに。


※※


 結局、四人で少しだけ遊んだが、月菜が「家の手伝い」で帰宅し、香美奈が「三次元の暑さつれーわ~」などと意味不明なことを言って帰宅し、また二人きりになってしまった。


「少し休憩するか。黎も貴江も、手伝いは今のところ大丈夫らしい」


 晃陽が言い、境内の広場近くに立てられた簡易テントの休憩所で休む。今度は明の奢りで、晃陽はコーラ、明はカルピス。


「はぁ、疲れた。小学生の体力舐めてた」


 おばさんのようなセリフを吐く明に、晃陽は笑う。


「“影の街”は、疲れ知らずだぞ。どれだけ走ってもな」

「あなたはもともと有り余ってるでしょ。このバイタリティの化身」


 明が、褒めているのか貶しているのか分からぬ言葉を発する。


「毎日毎日四時起きで小暮先輩と走り回って、普通に学校来て小説まで書いてって、いつ寝てるの?」


「夜、としか言えないが―――」


 晃陽は言葉を途中で切って、話題の矛先を変える。


「あか―――暁井あけいは、転校するとき、不安じゃなかったか」

「全然」


 即答。キッと、挑みかかるような目をする明。


「そうか」


 晃陽は、こともなげに言った。


「俺は、不安だったな」

「え?」

「潜行障害のことや、“調停員”である自分が、受け入れられるか。そんなことを考えて、夜も寝られなかった」


 授業中は寝ていたなと言ってヘラリと笑う晃陽。明は、急に自分が縮んだような気分になった。


「ごめん。さっき嘘吐いた」


 できるだけそっけない声色で、謝罪する。


「小学校のときも、今回も、すっごく嫌だった。お父さんは会社の偉い人だから、いろいろなところに行かなきゃいけないらしいんだけど、振り回される方は―――って、わがままだけど」

「うむ」

「あの―――神隠しのせいで、記憶が飛んじゃってるし、噂が広まって、いろいろ言われて、向こうの小学校でも。で、また帰ってくるなんてって」

「そうか」


 やや支離滅裂な説明だったが、晃陽は、分かってくれたらしかった。


「“影の街”で、明の記憶を取り戻す鍵を見つけた。黎の保証付きだ。少し信じられるだろう」


 明はカルピスをこくこくと飲み、微笑む。


「この間は、また大きな猿―――あれはゴリラ、いや、巨大な猩々しょうじょうだな。そんな形の影喰いを倒したんだ。黎と離れ離れにさせられてな。ピンチだったが、何とか勝利した」

「へぇ、すごいんだね」


 明は、素直に肯定する。


「そうだろう。腕を一本喰われてな。今はこの通りだが、戦いの中でやむなく切り落とさなければならなくなって――――」


 ―――え?


「なに、それ」


 明の表情が、険しくなった。


「……私、いつ東雲くんたちにそんなこと頼んだっけ」


 冷たい声が出る。


「いいよ、そんなこと。しなくてもいい。お節介。余計。勝手に人のこと、詮索しないで。ただの同級生でしょ」


 飲みかけのジュースを残して立ち上がる。

 西日が差し始めた鳥居の方へ歩いていく。


 やっちゃった。と、思いながら。


※※


 晃陽は、急に怒って歩き去る明の背を、しばらく見つめていた。

 そして、やおらCTを取り出す。音声入力で、何事かを吹き込む。


「明!」


 そして、大声で呼び止めた。


 参拝客たちが一斉に中学生男女に注目する。その中には、儀式の準備をしていた貴江と黎もいた。


「れ、黎、どうしよう?」

「まぁ、見てみましょうよ」


 珍しく不安げな声であわあわとしている貴江に、黎が微笑を浮かべ、答える。


 晃陽は、CTを持ったまま、明の驚いた瞳に向かって歩いていく。


 そこだけを見据えて、言う。


「たった今、久しぶりに世界アルケアカンドから通信が入った。“調停員”として、協力を要請する」

「な……っ! 何を言ってるの? それ、卒業したんじゃないの?」

「何を言っている。あの連中、滅多に通信をしてこないから、こっちから少々焦らしてやっていたのだ」

「設定はどうでもいいから黙ってよ! 恥ずかしいでしょ!」


 少し大きめなパーカーを着た色白少女の顔が、真っ赤になる。周りの不思議そうな視線。二カ所だけ、違う反応があった。晃陽が世話をしていた神輿の小学生たちが目を輝かせていて、黎と貴江が笑いを堪えている。


 晃陽はといえば、どのような目線も意に介さない。


 いつも通りを明にぶつけていく。


「暁井明、協力を感謝する」

「まだ何も言ってないし、この後ちょっと話があるから」

「任務を言い渡す」

「はいはい」

「待機だ」

「アホかっ!」


 まさかの待機。指令を下した晃陽は、それでも満足気に笑った。


「そうだ。待っていてくれ。で」

「あ、うん」


 声の調子を柔らかくして、穏やかに続ける。明が毒気を抜かれた顔をする。


「で、俺の任務は―――絶対に、誰も泣かさないことだ。もう、誰もな」


 一瞬、銀縁の眼鏡に西日が射しこみ、彼の強い瞳の色を覆い隠した。

 その直後に明の火照った顔を映す目は、とても、優しかった。


「任務が無事に終わって、帰ってきたら―――」


 いつの間にやら、例祭の関係各位までも仕事そっちのけで固唾を飲んでいる。三好家の神主夫妻もだった。貴江の母・奈江なえが「ほぅ」と、熟練の古美術品評者のような声を上げている。


 明はと言うと、すっかり逆上のぼせあがった頭で、次の言葉を待っていた。


 帰って、きたら―――?


「―――俺を明の友達にしてほしい」


 ……へ?


 全員の思いが一致した。


「このメガネ男子、何を言っていやがる」


 と。


「あ、あの、ええと、そのぉ」


 そんな、皆の内心を察しているのかいないのか。晃陽は、目の前で茹蛸のような顔になりながら目を回している少女に言った。


「明、仕事に戻るか」

「……! どさくさ紛れでも、名前呼びは禁止っ!」


 と、元気な声が返ってきた。


※※


 ―――晃陽のCTには、こう記されていた。


世界アルケアカンドよ、応答せよ。緊急任務だ。久しぶりにお前たちの力を借りたい。なに、いつまで経っても当たりが強くて、でも俺を心配してくれる優しい女の子の機嫌を直すだけだ。問題は無い』

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