第30話 晃陽の部活と少女たち㊦

 南校舎の屋上―――は開放されていないが、そこに至る階段の踊り場は、人気ひとけが無く、格好の穴場だった。


「話とはなんだ」

「ん? ん~」


 窓に寄りかかって、グラウンドを眺めている香美奈かみなは、どこか上の空だ。


「話がないなら―――」

「あ、ちょっと待っ」

「俺の話を聞け」

「……はい、ど~ぞ」


 香美奈は、苦笑がちに間延びした声で応じる。マイペースなんだからなぁ。


 晃陽こうようは、先ほど月菜つきなに話したのと同じようなことを言ってから


「だが、またその世界に、ちょくちょく行く必要があってな」


 と、続けた。


「困難なダンジョンに潜るような使命クエストだ。もし、それがゲームだったとして、お前はどう動く」


 香美奈は、ふわふわとした天然パーマを触りながら、首を傾げる。


「う~? 何の話だかわっかんないけどぉ。……そ~だなぁ、まずは、マッピングじゃない? 全体をくまなく歩いて、探索の感覚を掴んで―――うん、何があるか分かんないし、とにかく慎重に行くかな~」

「とにかく、慎重……マッピング……」


 一生懸命にメモを取る晃陽に、香美奈は何か合点がいったように言う。


「ふふ~ん。なんか新しいネトゲ始めたんでしょ~。私にあっさり追い抜かれたからって~」

「そうじゃない。それよりも大事なことだ」

「“調停員”さんとしての?」

「そんなところだ」


 力を抜いて笑う晃陽。香美奈は、話を切り出す。


「こうちゃん、さ。なんで私に―――私と、仲良くしてくれたのかな」

「迷惑だったか」

「そんなわけないじゃん。嬉しかったよ、すごく」


 喋りながら、香美奈は自分の鼓動がうるさくなっていくのを感じていた。


 眼鏡をかけたから―――だけではなく、醸し出す雰囲気が以前よりもずっと落ち着いて、大人っぽくなった男友達は、しばし考えた後、こう答えた。


「偉そうなことを言うようだが、居場所をなくす辛さは、分かっているつもりだからな」

「……!」


 先ほど、香美奈は「?」と言いかけて言い直したのだが、まさか心を読んでいるのか、そんな風に思うほど、芯を食った回答だった。


「といっても、俺はなくしたんじゃなく、最初から無かったんだが。だから、いろいろ居場所探しをした。それで、見つけたと思ったんだが、違った」


 何かを諦めたような、それでいて清々しい表情だった。


「ただのおせっかいだ。香美奈が情報海オーシャンに居づらくなると知って、何かできることはないかと思った。それだけだ」

「だけ、じゃないよ。すごく助かったよ」


 香美奈が“良い子を辞めた”ものから、昨年度までの委員長の顔に戻る。


「ありがとうね、こう―――東雲しののめ晃陽くん」


 西日が、茶色がかった香美奈の髪を照らし、金色に見せた。目を細めてそれを見つめていた晃陽は「それはどうも、委員長」と答えた。


「……あのぅ」


 そんな二人の間に、おずおずと恐縮した声が割り込んだ。


「わあああぁぁぁ!!!!」

「どうした、あかり


 密会を見られた香美奈の叫び声と、晃陽の冷静な対応のコントラストに、明はちょっと不憫な思いを感じながら、言った。


「そろそろ部活切り上げるって。あと名前で呼ばないでって―――あれ、浅井さん?」

「あ、あの、帰るから! もう私帰るからね! こうちゃん! 今日もログインしてよ!! 溜まってるクエスト、今日中に全部消化するんだからね」

「眠いぞ」


 晃陽の抗議は聞かず、慌てて帰る親友に、さらに不憫な気持ちが募る。


「まったく、勝手なやつだな」

「浅井さんも、あなたにだけは言われたくないと思うな」

「明……」

「うるさい。話しかけるなこのラブコメ野郎」

「何を怒っているんだ。少しくらい良いだろう」

「……」


 明は無言。しかし、立ち去る気配もない。


 晃陽は、独り言だと思って話を進める。


「今日も、黎と一緒に“影の街”に行く。氷月先生の言ってた“影喰い”を払って、お前そっくりな少女を救い出す。そこで、提案なんだが、明も、一緒に来ないか。あそこなら、俺のような運動音痴でも人並み以上には動ける。人手は多い方が良いし、助かる。お前は頭が良いからな。無理にとは言わないが―――」


「ごめん。無理。別に、東雲くんが頼りないから、とかじゃなくてね」


「いい。怖いなら仕方ない」


「怖くないよ! ただ、は、なんか、嫌なの。神隠しなんて、馬鹿な話だと思ってる。けど、小暮先輩と行ったとき、少しだけ思い出したの。間違いない。が、だった」


 二色神社の鐘が鳴っていた。黄昏の鐘。かつては“暁の鐘”と表裏一体だったという、夜更けを告げる鐘の音。


「これ、すごく変な感覚なんだけど、自分の“半身”がなくなってしまったような気持ち悪さが、ずっと、ずっとあるの。私、で、何か大切な物を落としてきてしまったような、そんな気がする。ねぇ、東雲くん、ひょっとしたら、あなたが言っている私そっくりの女の子って、本当に―――」


「明は、今ここにいる明がすべてだ」


 切迫していく明の話を遮って、晃陽が断言した。


「自分は、いつだって今ここにしかない。何か大切な物が無い気がしても、それで、身の回りにある大切な物が、意味を無くすわけじゃない。俺は、そう思ったから、帰ってきたんだ」


 陽が落ち、校舎内が暗くなる。晃陽の目、眼鏡の奥は、ずっと輝き続けている。


「明、俺はお前とも、ちゃんと友達になりたい」

「え!?」


 あまりに実直な申し出に、戸惑う明。少年の表情は、揺るぎもしない。


「だから、行ってくる。この街の謎を解いて、お前の抱える“闇”を祓う。それが、俺の新しい任務だ」

「……東雲く―――」

で、頑張ってくる」

「へ?」


 今度は呆けた声を出してしまった。すっかり晃陽のペースに乗せられた格好。


「なんなの」


 と、悔しがる明に、彼は破顔して、こう言った。


「今度はもっと、良い小説を書いてくるということだ」

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