第29話 晃陽の部活と少女たち㊤

「だからね、東雲しののめくん。いきなり自分の脳内設定をダラダラと書かされたところで、読むほうはたまったもんじゃないの。それが許されるのはトールキンとかローリングとか、文才と知識が両立している奇跡みたいな作家だけ。


 最初の一ページで脱落しそうになったけど、とりあえず仕事だと思って読み進めたの。ところどころ文法がおかしいことや、あなた特有の変なルビを使いまくるクドい文体にも我慢してね。


 でも結局、主人公とストーリーがようやく動き出したところで第一部完。……舐めてんの? ここまで付き合わせた時間を返して欲しかったよ。第一部って、もうこんなのここで打ちきりだよ。何を続きを読んでもらえるなんて甘えたこと考えてるの。この時点で五万字も使ってるなら、起承転結を終わらせるくらいのことはしなよ。


 今から細かい部分。誤字脱字は指摘したらキリがないから置いておくとして、まずはこの部分。五行くらいの文章に何回『黒魔術師サリヴァン』がでてくるの? 東雲くんは代名詞に村を焼かれたの? “彼”でいいじゃん。ちょっとくらい主語省いたって伝わるよ。それで、肝心なところで主語がないから誰が喋ってるのか分からないし。


 喋ってるっていえば、会話文が無駄に長くない? これ必要かな。やたらと登場人物が多いから一度に五人くらいが会話してるくせに、口調に特徴が無いから誰が誰に話してるのか全然分かんなかったけど。そこで得られる重要な情報が皆無だから、読み飛ばしたけどね」


「はいはい、ここまで。もう試合終了。晃陽の心が折れた音がしました」


 これは言葉の暴行罪でも拷問でもない。


 暁井明あけいあかりによる、晃陽こうようが書いた小説の感想である。


 彼の眼鏡の奥にある光がだんだん薄れていくのを見たれいが、温情のレフェリーストップをかけたところだ。


「まさか初めて三人揃った部活がこんな虐殺現場になるとは思わなかったね」


 顧問の氷月ひづきはいつも通り、微笑みをたたえて部員を見守っている。


「じゃあ、この小説をどう良くしていこうか、考えようか」

「全部削除して書き直しです」


 黎の仕切り直しの声に、明の無慈悲な返答が為される。


 と、やおら勢いよく図書準備室の扉が開いた。


「東雲ぇっ!!」


 ソフトボールのユニホームを纏った月菜つきなが、口調と同じく、跳ねるように入ってきた。


「球拾い手伝えっ」

「よし、行こう」

「え? いいの」

「何を言っている。早く行くぞ」


 晃陽が、きょとんとした表情の月菜を、逆に急かす。彼が教室を去ると、残る三人は、異口同音に言った。


「「「逃げたな」」」


※※


 公立とはいえ、二色南のソフトボール部は県大会のベスト8に入る程度には熱心だ。その功績のほとんどが、昨年やってきた小さな大エース藤岡ふじおか月菜によるものだ。


 そんな月菜のピッチングで、打撃練習が続いている。力としては八割くらいの投球だが、真剣勝負形式。それ故に、なかなか前に飛ばないボールだったが、ここで、一年生打者に会心の当たりが出た。


「うおおおおお」


 眼鏡を外し、体操着姿になった晃陽が、飛んできた痛烈なライナーをジャンピングキャッチした。


 部員から、ちょっとした感嘆の声が上がる。


 が、しかし。


「こらぁ! 新入部員のヒットを捕るんじゃないっ!!」


 月菜が理不尽な気炎を上げる。晃陽は「ぐぬ」と何か言いたそうな顔。


「あはは。怒られてる」

「超理不尽だね。東雲くん可哀想」

「守備が謎に上手くなってるよね」

「そうだね。そりゃあ、一年間ずっと球拾いさせられてたし」

「あの二人って、どんな関係なんですか」

「ん~? ライバル? みたいなことを月菜は言ってたけど」

「旦那じゃないの?」

「きゃー!」

「え? そんな感じなんですか」

「ううん。全然」

「色気ゼロ。マジつまらん」


「こらーっ! 先輩たちまで何してるっ! 声出せっ!!」


 無駄口を叩く部員たちに、月菜のげきが飛ぶ。


「月菜、お前も少し休憩しろ」


 晃陽が頼もしい魂のエース、熱血少女の背中に、声をかける。


「大丈夫だってばっ」

「朝の自主練から投げっぱなしだろう。少しは肩を休めろ。大会まで持たないぞ。あとは俺がやっておく」

「でも―――」

「信じろ。お前の仲間だろう」

「……分かった」


 渋々休憩に入る月菜とのやり取りに「やっぱり旦那なんじゃない」「そうですよねぇ」と、部員たちがニヤニヤ笑いながら囁き合った。


「よし、お前たちに俺の球が打てるか」


 なお、打撃投手こうようのノーコンぶりに、すぐにまた月菜が登板する羽目になった。


※※


 打撃練習が終わり、ようやく晃陽は解放された。


「……疲れた」

「あははっ。やっぱり二年生になっても東雲は東雲だなぁ」


 グラウンドの片隅で、月菜がからからと笑う。その笑顔に、多少の無理があることを見逃す晃陽ではない。


「すまなかったな、月菜。勝手にいなくなって」

「もういい。なんか事情があったんだろっ。あたしは気にしてないっ」

「いや、話す。お前には話しておきたい」


 銀縁の眼鏡の奥が、真剣な光を帯びる。その目に、月菜は多少身を竦ませる。


「といっても、詳しく話すと訳が分からない話なんだがな。

 ……自分にふさわしい世界を見つけたと思った。でも、そうじゃなかったんだ。月菜、覚えているか」

「なにを?」

「一年生の時、図書館にいた俺に、お前が初めて話しかけてくれたときだ」

「……覚えてないな」

「急に部活を手伝えと言われて、びっくりしたけど―――嬉しかったな」

「……ッ!!」


 何の気取りもない、静かな声だった。


「一人でいるしかなかった俺に、お前は、わざわざ話しかけてくれた」


 夕陽に照らされた晃陽の汗まみれの顔、その細長いフレームの眼鏡の奥の目が、柔らかく細まる。同級生が見せた今までにない表情と声に、月菜の顔が、ボッと赤く上気する。


「しんどくて敵わんが、感謝してる」

「……あ、そう―――じ、じゃあなっ!」

「ああ」


 月菜が、とてもアスリートとは思えない、じたばたとした走り方で去っていく。


「こうちゃ~ん」


 それを見送る晃陽に、間延びした声がかかる。


香美奈かみな。こんな時間までどうした」

「うん。校長室のお掃除。当然の罰ってやつ」

「そうか」

「……ねぇ、こうちゃん。ちょっとだけ話せる?」


 どうやら、晃陽の“部活”は長くなりそうである。

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