第28話 氷月の授業~二色町について
二色南中学校の授業が始まった。
生徒たちが、学校支給の授業用
「では、今日の授業を始めるよ」
「
「何かな、
「生徒の身体を
氷月の教師用CTに内蔵されたプロジェクターからの光が、教壇に立たされた晃陽の上半身に当たっている。映し出されているのは、二色町の空撮地図。丁度、晃陽の鳩尾に二色南中学校がある。その画像が、
「俺の授業を、何の相談もなく五回連続で学校ごとバックレたおバカさんは君が初めてだからね。ちょっとした記念だよ。
―――さて、今日は君たちの地元である
「問答無用か」
「
「そしてお前は鬼か明。あと今、なんと書いて“しののめ”と読んだ」
「誰にも何にも言わずに失踪しちゃう
「ぐぬぬ」
氷月は、芸の域に達しつつある生徒二人のやり取りにニコリと微笑むと、彼らの郷土にまつわる歴史の授業を始めた。
「まず、
淀みなく解説する氷月。
直立不動の晃陽。
生徒たち。
なんともシュールな授業風景であった。
「校区は、四つの町名に分かれます。二色南より東側から、東洋フィルムの工場までが、二色町。二色神社や、商店街。晃陽の家があります」
「個人情報」
氷月は、晃陽の異議申し立てを黙殺で却下し、続ける。
「北側の、山に向かっていく地区が、
西側の幹線道路までが
最後に、南側。二色駅から、南に一キロほど南下したところまでが、
つい二年前からの住人である晃陽も知っている情報だった。
「ここからが本題です。この地区は、平安時代から、朝廷の流刑地として機能していた闇の歴史があります」
生徒たちがざわつく。“闇”なる単語に反応した
「もともと、平安京自体、桓武天皇が
その真偽はさておき、人が呪い、呪われる不安定な時代に、政敵・朝敵を取り締まる場所も必要だったということでしょう」
静まり返った教室に、氷月の朗々たる声が響く。
「この街が選ばれたのは、理由があります。とある妖怪の伝説があったためです。“影”に潜み、人を食らう者。通称“影喰い”」
「え?」
晃陽がその言葉に反応し、氷月の顔を見るべく動いたが、指摘するものはいない。完全に生徒を授業に引き込んで見せた歴史教師が「今は待て」と言うように彼を手で制した。
「そんな歴史の中で、この街にいつごろからか、鐘を鳴らす者が現れました。流刑地に灯りなどありません。罪人たちは、何よりも夜の闇を恐れ、朝の光を求めた。そこで、北の森にやぐらを立て、鐘を設置した。朝の光と共に鳴らす“暁の鐘”」
「暁? 黄昏ではないのか」
「そうだよ晃陽。元々は夜明けに鳴らされる鐘だったんだ。神仏習合の二色神社が建立されたタイミングで、夕方にも鳴らすようになったらしいんだが、“暁”の方は、第二次大戦中に盗難にあって、今も見つかっていない」
晃陽は気付いた。
この授業は、自分に向けたものだ。だがなぜ、氷月がこんなことまで知っているんだ。一介の歴史教師、そしてカウンセラーの、しかもつい昨年に赴任してきた人間の知識量とは思えない。
そもそも、本当に歴史の教師なのか。電脳潜行専門のカウンセラーなのか。
「今となっては全国に数ある地方都市の一つですが、どのような街にも、その成立には歴史という名の分厚い物語があることを知っていただくために、今回、カリキュラム外ですがこの授業をしました。皆さんも、これをきっかけに歴史というものに興味を持ってくれるように期待しています。今日の授業は、ここまで」
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