第31話 探索、影の街
午前四時を過ぎたところで、
「よし、今日も“出勤”だな。晃陽」
「やっぱり、社長の家だから、対テロリスト用の武器が置いてあるのか」
「そうじゃない。これで怯むテロリストがいてたまるか。まぁ気にするなって」
電脳潜行の技術開発でトップグループを走る企業の御曹司は、晃陽のアホな言い分を跳ね返すと、さっさと外に出ていった。
「いやぁ、壮観だな」
そして、未明の街にそびえ立つ塔の威容に、感嘆の声を上げる。後ろからついてきた晃陽が、黎の隣に並んで、その円柱を指差す。
「今日は、まずあそこまで行ってみよう。商店街の方から、できるだけ見通しの良い道路を通るぞ」
「お、どうしたんだ晃陽」
黎が、やけにてきぱきと提言する後輩に、少し感心したように言う。
「まずは慎重に探索だ。この街がどこまで広がっているか調べる」
と、晃陽は香美奈からのアドバイスを実践する。
「あと、決して無理はしない。少しでも集中力が切れたらすぐに引き返す」
と、こちらは、月菜の部活に付き合った経験から。
「へぇ。ただとっかえひっかえ女子と会って遊んでたわけじゃなかったわけだ」
「人聞きが悪いぞ、黎」
「大丈夫だ。誰も聞いてない。いや、人以外は、聞こえてるかな」
「“影喰い”か」
“影喰い”と、そこに連なる氷月の授業の話は、既にしてある。
「何モンなんだろうな。あの先生は」
「分からない。だが、敵ではない、と思う」
「ふん。お前の勘じゃ、いまいち信頼性がないけど―――とりあえず、信じとくわ。行くぞ、晃陽」
晃陽の家から南下し、商店街のアーケードを西へ。昼は歩行者天国ということもあって、道は広かった。
「そういえば、明の分身には会っておかなくていいか」
「後でいいだろう。どのみち、あの
あの少女は、出入り口が通じているうちに晃陽の部屋に行っても、現実世界には帰れなかった。
晃陽は仮説として、影喰いに“喰われた”状態では帰れない、と考えていた。珍しく、黎もそれには賛意を示す。
「一週間お前が
「かも、しれないな」
晃陽が頷く。あの一週間、晃陽の足は影喰いに食われたままだったが、帰る気もなかったので、検証はできなかった。
「手傷を負えば、帰れない、か」
なおさら慎重に行かなければならないと気を引き締める。
「昨日は、あの影共が突然出てきたからなぁ」
黎がぼやく。それで散々逃げ回った挙句、おめおめと帰還したのだった。
「あの三匹の時は、“声”がしたんだけどな」
「それも、何か法則があるのかもしれねぇな」
囁き声で喋りながら商店街を抜け、さらに北へと歩いていくと、塔の
そこは、異様な光景が広がっていた。
まず、塔の色は、遠目からでは分からなかったが、薄い緑色をしていた。表面はツルツルとしており、実際に触った感触も同様だった。
全長はうかがいしれぬほど高い割に、円柱の半径は、約三十メートルほどしかない。何故途中で折れたりしないのか不思議なほどに細長い。
叩いてみると、空洞らしき音が出たものの、出入り口となるような箇所は無い。
また、塔が立つ場所は数百メートル四方に渡って、建物や道が無く、地面が塔と同じような謎の材質でできていた。滑って転ぶようなことはないが、鈍く光る緑色が、不気味だった。
「ここ、そうだよな」
黎が呟くと、晃陽が首肯する。
「ああ。二色南中の敷地だ」
中学校が無く、代わりに立った不気味な塔。謎の街、謎の塔。
「くっ……鎮まれ、俺の想像力」
「妄想力の間違いだろ。こんなことで中二病の血を騒がすな」
『―――!!』
晃陽がハッと振り返り、目の前に右手をかざし、こう言った。
「陽光は天へ
彼の名の上、墜落せよ
闇を統べし退魔の剣
汝の力をここに名状する
我が真名の告白と血の契約に基づき この手に宿れ
来い、デイブレイカー」
言い終えると、その手に西洋の剣がもたらされる。
「よし。黎、気を付けろ。影喰いの声がした」
「……あ、そう」
「ん? どうしたんだ黎、何で俺からそんなに離れているんだ」
「いや、中二病って、ホントに不治の病なんだなぁって」
「うるさいぞ、黎」
どんな非常時にも、晃陽は晃陽なのだった。
「いろいろ変だぞ。名の
「ええい細かいことを」
黎の口上へのダメ出しに、晃陽が怒りだす。
なお、影喰いはやってこなかった。
“病”の感染を恐れたわけでは、もちろんないだろう。
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