第24話 発見、東雲晃陽

 氷月ひづきが、少し声の調子をおどけたものに変えた。


晃陽こうようが『アルケアカンド』なる異世界からやってきた調停員ピースメーカーを自称しているのは知っているね」

「言葉の意味は知りませんけど」と、あかり

「大丈夫。俺もよく分かっていないからね。でも、彼と何度かカウンセリングを行ってみて、一つの予測は立てられた」

「なんですか、それ」


 れいも、その話は初耳だったらしい。氷月は「仮説にすぎないよ」と、断ってから話し始める。


「彼は、自分のことを、こことは違う別の世界からやってきて、重大な使命を帯びたヒーローだと思っている。よくある設定だけど、晃陽にとって、それは“潜行障害者”という現実と折り合いをつけるための、一種の暗示じゃないかと思う」

「暗示って?」


 黎が首を傾げつつ、訊き返す。


「晃陽は、。敢えて言うと、“欠陥”を抱えている自分には、きっと、それを補うような“役割”があるのではないか。いや、そうあってほしい。そんな願いが、晃陽の“設定”からはうかがえるんだ」


 氷月の含蓄ある言葉を受けて、明は、晃陽と初めて出会ったときを思い出す。


『まぁ、そんなところだ』


 彼は香美奈かみなの“除霊”を行う際、そう言った。


 まるで、自分の言葉が下らない妄想であることを、はっきりと理解しているかのように。少しだけ、寂しそうな表情で。


「……晃陽くらいの歳で、ああいった「自分は特別な人間だ」という気持ちを持つのは、むしろ自然なことだ。けれど、彼にとっては、少々切実すぎる願いなのかもしれないね」


 氷月が晃陽に対しての講評を締めくくる。そして、重苦しい沈黙が、東雲家の居間を占領する。


「おや、皆さんいらっしゃい。寝間着姿で失礼しますよ」


 それを破ったのは、夜勤明けで眠っていた晃陽の父、あきらだった。


 その身体に、を巻き付けていた。


「お母さん、それに皆さん。晃陽の部屋に、こんなものが落ちていたんですが。

 無論、昨日まではありませんでした」


 それは、二色神社で紛失していた注連縄しめなわだった。


※※


 その日の深夜。


「あの、先輩。やっぱりまずいんじゃ」

「明は家に帰ってもいいんだぞ」

「それはいやです」


 明は、怖がりつつも生来の強情さを失わなず、きっぱりと言う。黎が、後輩に苦笑する。呆れられてしまっただろうか。かまうもんか。


「死なばもろとも、です」

「見た目に反して意外過ぎるくらい男前だよな、お前」


 東雲家をおいとまし、氷月に注連縄の件を任せた後、明と黎は、こっそりと情報海オーシャンで晃陽の部屋に忍び込む算段を立てた。


「トイレに行くとき、あいつの部屋の窓を開けておいた。そこから入る」

「見た目通り、意外でも何でもなくサラッと罪を犯しますよね先輩」

「犯罪顔ってことか」


 黎は、文学少女然とした毒舌少女の混ぜっ返しに微笑みながら、不法侵入を成功させる。明もそれに続く。


「さて、ここからどうするか」

「見た目に反して、意外過ぎるくらい考えなしのところがありますよね先輩」

「それはもういい。さて、あのアホの妄想を、まさか試すことになるとはな」


 異世界への扉が、晃陽の部屋にある。


 馬鹿馬鹿しい。だが、実際に、昨夜まで何もなかった場所に、よりによって紛失していた注連縄が湧いて出てきた。


 何かがある。


 微かだが、確かな証明。


「泥棒をとっちめて、三好みよし先輩に突き出さないとな」

「はい。神社の人も貴江きえちゃんも、きっと喜びます」


 しかし、“何か”は起こらず、時間だけが過ぎていく。


「明、言いたくなかったら、答えなくていいけど……神隠しって、本当か」

「……」


 明は、沈黙した。

 答えたくないのではない。

 言葉を探す時間が、欲しかった。


 ―――悪戯に過ぎていった時間が、あかつきを指し示す頃。


「明……」

「はい、先輩」


 “何か”が変わったことを感じた二人は、顔を見合わせ、部屋のドアを開ける。


 外に、出る。


 そして―――


「「……ッ!!」」


 同時に、息を呑んだ。


※※


 晃陽は、誰もいない商店街のアーケードを全力で走っていた。


「クソッ。やっぱり二対一は反則だろう」


 右手には西洋のものと思われる両刃の剣。


 左手には、少女の繋いだ手。


 この柔らかな感触が、この“影の街”と“影”と少女のについての仮説を、確信に変えた。だからというわけではないが、何があっても離すわけにはいかない。


「大丈夫か、暁井あけい? もうすぐ、神社だからな」


 二色神社は安全地帯セーフゾーン


 どういうわけだか、“影”はあの社殿には入ることができない様子だった。


 ちなみに、少女と外に出る→“影”に喧嘩を売る→危なくなって全速力で敗走。というのを、もう十回くらい繰り返している最中だ。


 身体の疲労は蓄積しないが、こう負け続けていると気が滅入ってくる。


「うおおおおお。やられてたまるかあああああ」


 気合の雄叫びを、無人のアーケード街に轟かせながら、神社の階段を三段飛ばしで駆け上り、社殿に滑り込む。扉を閉める。かんぬきをかける。


「今日も生き残ったな、あけ……い……?」


 社殿には、先客がいた。


「黎?」

「よう。迎えに来たぞ、ひがしくも」

「しののめ、だ」


 言い合い、笑い合う。


 懐かしいやり取りだなと思った。


 時が止まったこの街では、どれくらい久しぶりなのかも分からなかったが。

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