第23話 捜索、東雲晃陽

 休日の午前。


 文芸部員らは顧問を伴って、東雲しののめ家の社宅にお邪魔した。


「あら、れい君いらっしゃい。それに氷月ひづき先生も―――あとは、あら?」


 晃陽こうようの母、ひなたが、嬉しそうに明の姿を認めた。


「初めまして。晃陽のお友達? こんな可愛い子と仲良くさせて貰ってるなんて、あの子も幸せ者ね」


 別に友達じゃないし仲良くもありませんただの部活の仲間です、とは言えず、明は曖昧に頷く。若くて、可愛い感じのお母さんだな。


「どこに遊びに行っちゃったのかしらねぇ。あ、上がってください。すぐにお茶を―――」

「いえ、お構いなく……」

「あら、お茶の葉がオミジャ茶しかないわ」

「なんて?」

「韓国のお茶だね」


 黎の疑問に、氷月が答える。明は、逆に何故それがあるのだと訊きたかったが、黙っておく。


「お茶菓子はちゃんとあったわ。どうぞ食べてくださいね」


 ―――変わった人だ。流石は、あの東雲晃陽へんなののお母さん。


 明は分からなかった。


 いつも、息子の食事を何かしら食べてしまうあの母親が、出すお菓子をつまみ食いすることなく出したことの深刻さを。


※※


 複雑な風味のお茶を飲みながら、氷月が口を開く。


「家出の兆候は学校でも見られませんでしたし、誘拐という線も薄い。だからこそ、晃陽の行方不明は、尋常ではない事態だと考えています」

「はい……。氷月先生には、本当に中学に入る以前からお世話になりっぱなしで」

「滅相もない。私は、彼という得難い友人を得られてむしろ感謝していますよ」


 いつもより多少かしこまっているが、やはり柔らかな雰囲気を崩さない氷月が、和やかに陽との会話を進める。


「あの、訊いてもいいですか」


 明が、おずおずと手を上げる。おとなしくしていようと思ったが、知りたい欲求が勝ってしまった。


「なぁに、明ちゃん」


 と、優しげな声で応えてくれた陽の目を見ながら言う。


「東雲くんは、いつからなんですか」

「……ふっ」


 吹き出したのは黎。


 続いて母親と、氷月が同時に笑みを零した。


「確かに、ここらで彼のをおさらいしておくのもいいかもしれないね。良いですか、お母さま」

「はい。せっかく新しいお友達だもの。知っておいて欲しいわ」


 黎は、あらかたの事情は既に知っているらしい。我関せずと言った様子で、お茶菓子に手を伸ばしている。


「そうねぇ。あの子が潜行障害だってことは、ご存知?」


 陽の問いに、明は首肯する。


「はい。本人から聞きました」


 そうなの。と、少し嬉しそうにしながら陽は続ける。


「小学二年生の、電脳潜行の授業で、一人だけ潜行ダイブできなかったの。世界で十例しかいないらしくて。認定されるまで、一年以上かかったわね」


 彼女の言ったことを、氷月が補足する。


「日本中の医療機関と電脳研究所を回って、さらにアメリカまで行かれたんだ。徹底的に調べて、電脳潜行ダイブに必要なあらゆる要素が先天的に欠落していることが明らかになった」


 一年以上、世界中で検査。その間、どんな気持ちだったのだろう。明は想像し、想像し切れないことに気付き、やめた。


「明は、情報海オーシャンに行けない生活をどう思う?」


 黎が訊いてきた。明は、首を振るしかない。


「……分かりません」

「そうだね」


 氷月が同意してくれた。


「黎や明くらいの世代は、もう情報海オーシャンが物心ついたときからある世代だからね。当たり前にあるはずのものがないって想像は、大人でも難しいよ」


 黎も伏し目がちに首肯する。氷月はさらに言葉を重ねる。


「明も知っている通り、情報海あっちでは、かなり“なんでも”できる。情報海オーシャンの中だけで働いてお金を稼いだり、歩けない人や目の見えない人が、健常者と変わらぬ“生活”を送ることもできる」


 電脳潜行。2019年あたりに起こった、技術革命イノベーション


「で、片や現実世界リアルワールドの方は、機械化と自動化の波で、人が携われる仕事や事柄がどんどん減っている。二十年後には、世界人口の八割が電脳世界で社会生活を送るという信憑性の高い予想も出ているくらいだよ」


 明は素直に驚く。


 中学生にとってはまだ、ただの遊び場の一つに過ぎない場が、そんなことになっていたのか。


 そんな世界に、生まれつき行くことが許されない―――やっぱり、分からない。いや、簡単に分かる、とか、分からない、とか言っちゃいけないのだろう。


「東雲くんは、どう思ってたんでしょう」


 明は、陽に訊いた。


「どうかしら。障害を知って最初の頃は、かなり落ち込んでたわね。元気を出したのは、小学五年生のとき。明ちゃんの知っている晃陽になったのも、その時期ね」


 何があったのだろう。と、考える明の表情を読んだのか、氷月が言った。


「俺も、その当時のことは知らないんだが、晃陽曰く、強烈な出会いがあったらしい。それで、くよくよ考えることを辞めたんだそうだ」


『自分の、思った通りにやってごらん』


※※


 ―――最近、よく思い出すな、あの言葉。


 晃陽はふと、黎たちのことを思った。


 今、何をしているだろうか。せめて、安否だけでも知らせようか。


 そう思い、行動を起こした。

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