第22話 二色南中学校文芸部の活動

 ホログラムPC、CT(コンパクト・タブレット)の導入と電脳潜行技術の革新により、ペーパーレス化が極まった2030年の日本において、紙の本は衰退期を越え、絶滅しつつあった。


 故に、図書館のある南校舎の三階は、放課後ともなると心霊スポットの様相を呈してくる。


 暁井明あけいあかりは、廃校舎と見紛う廊下を、少々おぼつかない足取りで歩いていた。コツコツというローファーの音が、やけに大きく響く。


 ―――怖い。いや怖くない。


 頭に浮かんだ怯えを、持ち前の強がりで瞬間的に吹き消す。でも、歩みは素早くなる。『文芸部室兼図書準備室』と、大きな字で張り紙された引き戸を開けた。


「お、お疲れ様です。小暮、先輩……」

「よう、明。……走ってきたのか」

「走ってないです息切れてないです怖くないです」

「そうかそうか、まぁ座れ」


 れいは、早口でまくし立てる後輩に、優しげな苦笑を返して、狭い部屋の中央に置かれた長机とパイプ椅子に手招く。


「この階は授業が終わると、本当に誰もいなくなるからな。ま、主な幽霊は晃陽こうようがあらかた調べて退治してるから、問題ないと思うぜ」

「退治?」

「あれ? 図書室が塩まみれになった事件の話、しなかったっけ」

「聞いてませんけどしなくてもいいです」


 明は、大きく溜息を吐く。本当に碌なことしないんだな。


「気持ちは分からんでもないけどな。本の貸し出しも完全無人化で、普段から誰もいないのに物音だけはするから―――って、もうちょっと興味持てよ」

「ふぅん」


 相変わらず、明は晃陽の話題になると反応が紙よりも薄い。黎が、この部屋から図書室に繋がる扉を見やりながら言った。


「いや、あのアホがやった除霊もどきなんて、“本物”には効かないか」


 ガラス細工のように整った顔、その目元を怜悧れいりに引き締め、声のトーンを落とす。囁くような音量。明が、訝しげな声を上げる。


「どう、したんですか……?」

「いや、氷月先生くらいの世代には、まだ図書委員なんてものが残ってたらしい。昔、不慮の事故で亡くなった生徒の霊が、まだ“仕事”をしているなんてこともあるかもしれない」

「……」


 黎と明。

 部屋に二人。

 静寂が訪れる。


 だが、確実に、がいた。


 と、ドアが勢いよく開いた。


「俺を呼んだかい?」

「きゃあああああああああああ!!!!」

「ああ、やっぱり氷月先生だったのか」


 この日、図書室の心霊話が、怖がりの絶叫のせいで、再び盛り返してしまった。


 数分後。


 黎と氷月が、むくれにむくれた明の不機嫌をどうにかなだめすかした。


「まぁ、ちょっとした歓迎会的な」

「こういうの嫌いです。先生に言い付けます」

「俺も先生なんだけどね」


 結局、二人は、まだ少し涙目な明に、ケーキを奢ることを約束させられた。


「小暮先輩は顔の割に子供っぽいですよね」

「それほどでも」

「ほめてないです。そういうところです」


 言って、氷月が買って来てくれたジュースを飲む明。炭酸も、カフェインもダメなので果汁30%のオレンジジュース。こちらは見た目通りの子供っぽさである。


「さて、顧問も来たところで部活動といくか」

「はい」

「晃陽が春休み前に書き上げた小説だけど」

「読みました」

「早いな。どうだった?」

「控えめにいって、ごみです」

「控えめとは」


 部長と後輩のやり取りに、ぷっと吹き出す顧問。氷月はブラックコーヒーと、トッポを齧っている。


「無駄に長い癖に、独りよがりな設定と専門用語が多すぎです。読み始めて数行で呼吸困難になりました」

「そこまで」

「我慢して読み進めてみましたけど、誤字は無いにしても語彙が貧弱で、誤用も多いです。ちゃんと小学校出たのかっていう」

「はいはいストップ。そこまでだ。それ以上はいけない」


 小柄で色白、ショートの黒髪が特徴のおとなしそうな文学少女といった明だが、「おとなしそう」という予断だけが外れていた。


「私、本にはうるさいんです」

「本当に? 私怨入ってない?」

「はい……って、ないです」

「あはは。言行不一致のお手本のような顔してるぜ」

「あぅ……」


 明自身、第一印象の悪さがここまで尾を引くものかと、少々自分の頑固さに驚いていた。


「さて、じゃあこの小説、どこを直したものかな」

「全部です」

「身も蓋もねぇな」

「なら、設定、人物、ストーリー、文章、作者を一から練り直しです」

「作者は練り直しちゃダメ。というかどういうこと? 作者の練り直しって何? 生まれ変わって出直せって?」

「あははは!!」


 氷月がたまらずといった風に、声を上げて笑った。


「これは良い新入部員が入ったね、黎」

「まぁ、文芸部らしいっちゃらしいかもしれませんけど」

「あとは、その練り直しが必要な作者が

「……」


 黎が押し黙った。先ほどまで毒々しい批評をぶっていた明も、顔を俯かせる。


 2030年、4月15日。


 二色南中学校二年生、及び、文芸部部員の東雲しののめ晃陽が行方不明になってから、一週間が経過していた。

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