第20話 再び、影の街
「いいか、
夕景の境内に、正座させられた少年と、それをなんとも言えない目で見つめる少女、そして、説教を始めるもう一人の少年の影があった。
「お前の話には大きく分けて三つ、おかしなところがある。細かくいくと明日になっても終わらないからざっくりで行くんだからな?」
「……うん」
ちなみに、靴を履いたまま正座させられる少年―――晃陽の首には、即席で『私は勝手な妄想で同級生を傷つけました』と書かれた札が下げられていた。
「まず一つ目。明が木陰町の森からお前の言う“影の街”とやらに行ったとしよう。百万歩譲って、そうだとする。でも、だとしたらそこに通じる扉ってのはそこにあるはずだ。なんでお前の、何でもないただの社宅の一室にそんなものができるんだ」
「それは、俺がこの街に闇に近づいたからで―――」
「それが二つ目だ。お前の存在に、そんな価値はねぇ」
慈悲もにべもない物言いに、晃陽の反論が途中で止まった。
「この街の闇ってのは、あれか、アジフライ隠しのことか。それはいいが、お前、あの時に一体何をしたっていうんだよ」
「う……」
「解決に一役買ったのは、俺と、氷月先生と、明と、あとはあの配膳係の五人組くらいだろ。お前がやったのは、精々、出来の悪い割り箸細工つくって、学校中の教室を油臭くして、犯人だった女子にお得意の口八丁の口先マジックでなんか良い雰囲気にしただけだろうが。特にこれといって何もしてないだろ」
ぐうの音も出ない。
「あと、明を助け出すって言ってたけど、その目の前にいただろ、明」
あ……。
「お前の話は、最初の時点で全部おかしいんだよ。明が“影の街”にいるんだったら、こっちにいる明は何なんだ。“影”が化けて出てきたのか―――って、なんだその「その手があったか!」みたいな顔は。無いからな。お前それ、明に言ってみろ。部どころかこの世から退場させるぞ」
カラスが一羽、また一羽と、神社の木から発っていった。夕景は夕闇へと変わりつつある。
「ま、今回の妄想も、お前のあのできの悪い小説と一緒で、構成がガタガタだな。春休み前に貰った奴も、徹底的にアカ入れてやったから明日から地獄の校正作業な―――って、どうした晃陽」
「どうもしていない」
晃陽が、真剣な表情で言った。何かのっぴきならない事情がある顔だった。
「もしかして、足、痺れたのか」
「痺れてない」
「立てないのか」
「立てる」
「ここで俺が無理やり立たせたら、お前どうなる」
「やめてくれ死んでしまう」
直後、幸喜に彩られた黎の「うおりゃああああ」という声と、晃陽の「やめろおおおおお」という絶叫が境内に響き渡り「中坊共うるさい!!」という
一人、ずっとハラハラとした表情で事態を見守っていた二色神社の一人娘兼巫女・
「痛い痛い痛い。痺れた足に指圧マッサージは止めろ、黎」
「暴れるな! 下らない妄想癖が治るツボがここにあるんだよ」
「そんなものはない。いや、妄想ではない。俺は
「お前の通信機、壊れてるだろ。それか、そのアルケアナントカからもう見限られてんだ。おとなしくこっちの世界の住人として戻って来い! おりゃああああ!!」
「ぎゃあああああ!!」
その日の二色町は、ごぉーん、という鐘の音と、断末魔の如き絶叫が、同時に神社から轟いた。
それを気にした者はほとんどいなかったが、数少ない物好きが声の主に気付き、「やっているね、晃陽」と、満足気な笑みをこぼしていた。
※※
目覚めた。
というより、身体の内側が不可避の“異変”に覚醒した、という方が正しい。
―――やはり。
晃陽は、ほぼ確信をもって起き上がった。
寝巻を脱ぎ、Tシャツに半袖の上着を羽織り、ジーンズを履く。
靴を履いて玄関から出た瞬間、すべてに合点がいった。
―――漆黒の塔。
昔、背伸びした読んだ神話にあったバベルの塔よりさらに高く、しかし細く、天を
「黎、これでも俺の妄想だというのか」
晃陽は呟きながら、独り、“影の街”に踏み出していった。
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