第19話 神隠しの少女

「太鼓のバチと、大麻おおぬさと、注連縄しめなわ。うん、確かになくなってるな」

「どうしよう、れい。とりあえず、お父さんが被害届出すって言ってるけど」

「犯人ならここにいますけどね」

「おい、黎。あれはしょうがなかったんだ。“影”から自分と、暁井明あけいあかりの身を守るためにだな」

「続きは署で聞こう」

「ぐぬぬ」

「ねぇ、今、暁井明って言った?」


 貴江きえが驚いた声で訊いた。晃陽こうようは、黎に送っていた恨めし気な視線を外し、言った。


「俺たちのクラスの転校生だ。知り合いなのか」

「うん。家同士で古くから付き合いがあって。……明ちゃん、帰って来たんだ」


 しかし、貴江の表情は優れない。


「何かあったようだな」

「晃陽。あまりその手のことには首を突っ込むなよ」

「でもな、黎。明らかに暁井明にはがあるんだ。それを聞かなければ始まらないんだ」


 晃陽は譲らない。黎は嘆息しつつ、貴江に言う。


「話せる範囲でいいですから」

「うん、ありがとうね、黎。でも、神社で起こったことと、関係があるかもしれないから、話す」


 貴江の話はこうだった。


 ことが起こったのは、今から二年前の七月。


「私が中三で、明ちゃんが小六の時ね」

「俺が引っ越してくる直前か」

「そっか。暁井さん一家が引っ越したのと、入れ違いに晃陽くんが来たんだね」


 黎が、「明とは、二色小学校で一緒だったんですね」と確認する。


「そう。黎は校区が違うから、耳に入ってこなかったんだね。木陰こかげ町の森で起きた、神隠し事件」


 晃陽らが住む二色南中学校区は、さらに四つの小学校区に分かれている。


 木陰町は、街の北側に位置し、鬱蒼うっそうとした木々が広がる、ちょっとした森があった。


「明ちゃんがそこに迷い込んじゃったらしくて……それで、ね」


 “消失”したのだという。


 貴江は細かいことは、やはり言えないと断った上で、こう話す。


「それが原因で、明ちゃんも結構、嫌な思いしたみたい。だから、本人にはこの話題は出さないであげて」


 晃陽は、しばし真剣な表情で考えた後、やおら立ち上がった。


「よし、分かった。まずは―――」

「まずは」

「洗い物を手伝おう」

「偉い」

「ありがとうね、二人とも」


 三人は三好家特製のオムライスを食べ終わったところだった。


 どのような謎を前にしても、腹ごしらえは忘れない。皆、そんな晃陽のペースに、なんだかんだと乗せられていく。


※※


 お暇する時間となった。


 貴江が帰宅する二人を、境内まで見送ろうとした、そのときだった。


 先ほどまで噂にしていた人影が現れた。いつにも増して、身を小さくしているように見える


「明ちゃん……!」


 貴江がその名を呼ぶ。と、突然、晃陽が走り出した。


「晃陽くん?」

「なんか嫌な予感がする」


 黎の勘は当たった。


「明!」


 晃陽は、明の怪訝な顔の前までくると、こう宣言した。


「大丈夫だぞ」

「何が? 東雲くんに比べたらよっぽど誰でも大丈夫だと思うけど」


 時間が、一瞬止まった。

 が、すぐに均衡は破られた。


 明が「は?」という絶対零度の声を出す。

 黎が、慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「ふざけんなアホかバカかおめーは本当に何なんだ! さっきは妙にやけに察しの良いこと言ったと思ったら次の瞬間には先輩の忠告、秒で忘れやがって! この妄想暴走中学生がああああぁぁぁぁ!!」

「や~め~ろ~れ~い~、オムライスがでる~」


 黎が、馬鹿者の両肩を掴んで激しく揺さぶる。あまりの剣幕に、明の方が止めに入った。


「に、入部届け、渡そうと思ってたんですけど」

「……おう、そうか。そんなことで、わざわざここまで来たのか」

「氷月先生から聞いて。家も近いし。でも、やっぱり、ちょっと待ってください」


 明は、境内の地べたで四つん這いになって吐きそうになっているクラスメイトを一瞥しつつ、そう言った。


「この馬鹿を辞めさせてほしいなら、この場でとどめを刺すこともできるぜ」

「あ、それとは、そんなに関係なくて―――すみません、さようなら」


 明は、黎に頭を下げ、その後ろで所在なさげに立っていた貴江にも軽く一礼して、小走りで神社を後にした。


「よう、ひがしくも」

「東雲、だ」

「言い訳があるなら聞かせてもらおうか」

「ない」

「潔くて結構。お前は首だ」

「待てよ黎。俺の話を聞け」


 どうやら言い訳とは別口らしい。晃陽の考えはこうだ。


「暁井明の神隠し。それがこの謎の発端だ。恐らく、明は木陰町の森から、“影の街”に行ってしまったんだろう。そのときに通じた扉が、今度は俺の家に現れた。何故なら、俺がこの街の“闇”を探っていることが、奴ら―――“影”の注意を引いたからだ。連中は人間をさらい、この街から少しずつ人間を減らし、徐々に侵攻をしていくつもりなんだ。

 だが、俺を狙ったのは誤算だったな。俺の手にかかれば、“影”どもを消し、明を救い出すなど造作もない。だから俺は言ったんだ。明を安心させてやるためにな」


 話が終わった。黎はこう言った。


「なるほど。話は分かった。それはそうとして、お前は首だ」

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