第12話 黄昏に鳴る、鐘の音は

 結局、学校から出たのは夕方になってからだった。


 配膳係の五人組と校門で別れ、残った四人は、を待つことにした。


「腹減ったぞ東雲しののめっ。なんか食わせろ」

「冷めきったアジフライならあるぞ。というか月菜つきな、なんでお前はずっと一緒にいたんだ」

「お、お前が来いって言ったんだろっ!」

「そうだったか。……晴れたな」

「話をそらすなっ」

「そうじゃない。明日は、お前たちの部活の練習を手伝えると思っただけだ」

「……そ、そうか……絶対、来いよ。―――ありがとな、東雲」

「ん? 何の音だ」

「こらー!!」


「で、去年までは、三年に幽霊部員が一人いてくれたんだけど、今年はどうにかして増やさないと廃部になるんだよ」

「そうですか。別に、私なら入ってあげても構いませんよ」

「本当か、あかり

「本を読むのは好きだし、運動部には入る気が無かったですし。でも、小暮こぐれ先輩は、何でそんなに文芸部にこだわるんですか」

「あー、そうだな……実は―――あれ、鐘だ」

「え?」


 晃陽こうようと月菜、れいと明で同時進行していた会話が、同時に止まった。


 大きな鐘の音が、暮れていく西の空から聞こえてきた。


黄昏たそがれの街、か」


 背後から届いた柔らかな声に、四人が振り向いた。夕日が作る影で、いっそ耽美たんび的な印象すらある氷月ひづきの顔が微笑む。 


「一日の終わりに、必ず鐘を鳴らす街。俺も来たときは驚いたよ。随分と古風なことをしているものだとね」


 教師らしからぬ風体と容貌の教師に、黎が呆れた声を出す。


「氷月先生までそんなこと言ってちゃ、晃陽こいつがますますつけあがりますよ」

「東雲くん、何をやらかしたの」

「この鐘の秘密を暴く! とか言って、二色にしき神社のおやしろに突撃していったんだぞっ。で、全校集会でお説教されたんだっ」

「余計なことを言うな月菜。あと、明よ。そのゴミ箱でも覗くような目で俺を見るのをやめろ」

「小暮先輩、やっぱり文芸部入るの、もうちょっと考えさせて―――」

「え!? そりゃ困る。おい晃陽、お前が文芸部辞めろ」

「それじゃあ結局二人きりだろうが」

「週刊トラブルメーカーなお前が辞めれば、あと三人くらいは簡単に増えそうなんだよな」

「分かります。あと東雲くん、明って呼ぶのやめてって言ってるでしょ。馴れ馴れしくしないで」

「ぐぬぬ」

「あははは。東雲は東雲らしくソフト部のマネージャーにでもしてやるよっ」

の意味が分からんぞ」


 彼らがかしましく会話を続けている間も、黄昏を告げる鐘は、ごぉん。ごぉん、と、人々に闇夜の到来を告げ続け、十度、打ち鳴らされた。


「おや? ……晃陽、黎、明、月菜、お客さんだよ」


 一人一人、丁寧に名を読んだ氷月が手で示した方向から、ロングヘアの女子生徒が、桜が舞い落ちる中を歩いてきていた。


「あ……」


 氷月に噛んで言い含めるように諭された後、生徒指導室でさらに昏々こんこんと叱られ、その足で情報海オーシャンのグループメンバーに旨を伝え、親にも怒られる今夜への不安と疲弊の極みにあった少女の顔が、その中で得た“新しい友達”の姿を認め、呆気にとられ、歪み、また号泣へと雪崩れ込んでいく。


 春の暖かな陽が落ち、冬の名残を含んだ風と夕闇が、街を覆っていく。


 終わってみれば何でもない、いつの時代も変わらない少年・少女たちが抱える小さな悩みと苦しみが、ふとした拍子に肥大化し、一つの事件を作る。そんな成り行きであった。


 氷月は、一人、明かりの灯る校舎と街並みを眺めていた。


 ―――あのとき。


 香美奈かみなが食缶備え付きのトングで潰したアジフライは、ほんの数尾だった。証拠の隠滅としてはそれで足りるし、時間も限られたいたからだ。


 しかし、晃陽が見たとき、フライはすべてがグチャグチャに潰されていた。すぐに片づけが入ったので、氷月以外には誰も気づかれなかったが、実際、おおよそ人の業とは思えない有り様だった。


 学校に。


 二色町に。


 本当の闇が、残っていた。


「うええええん……ありがどぉ、待っててくれたの~」

「この短時間で、ずいぶんなキャラ変しやがったな浅井」

「浅井さん、私と一緒に文芸部入る? たった今、東雲くんを辞めさせるから」

「おい」

「はははっ! 浅井は泣き虫さんになったなっ」


 すっかり泣き虫キャラと化した香美奈を囲む晃陽たちにも、それは迫っていた。


「だが……」


 と、氷月は明るい声を出す。


「みんな、もし、保護者の方が許してくださるようなら、飯でも食いにいかないか」

「え? 氷月先生、奢ってくれるんですか! やったぜ、行くだろ、晃陽」

「……ああ」

「小暮先輩、東雲くんは、真っ黒になった袖が気になって仕方ないみたいです」

「もうお腹が限界だぞっ。浅井もだろっ。たくさん泣いた後は腹が減るよなっ」

「うん、そうだね」

「決まりだな」


 今のところは、一つの小さな事件を解決した祝勝会が先決だった。


序章『黄昏の街』 終

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