第11話 退治、妖怪(悪霊?)アジフライ隠し

 晃陽こうようは、教室の真ん中で、香美奈かみなの眼前に立った。


 今年度までこの教室の委員長だった少女は、視線を泳がせる。


「あ、あの、ごめんなさい、東雲しののめく」

「ここにいたのか。妖怪アジフライ隠しよ」

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」


 九人が一斉にクエスチョンマークを浮かべる中、晃陽は左手を突き出し、「オン・アロリキャ・ソワカ」と、本人も意味はよく分かっていない呪文を唱える。


「くっ……流石だな悪霊。だが、この左腕の敵ではないわ。うおおおおお」


 そして、見えないなにかと押し合いを始める。


「……なんか今回長くね?」と、れい

「果たして妖怪なのか悪霊なのか」と、氷月ひづき

「浅井さん、困った顔でこっちをチラチラ見てるぞ」と、月菜つきな

「早く終わらせてあげてね、東雲くん」と、あかり


 十数秒後、ついにようやくやっとこさ、終わったらしかった。


 晃陽は「ふんっ」と一声気合を入れると

暁井あけい明、窓を開けろ。月菜、やしろを俺に寄越せ」

 と、叫ぶ。


 晃陽の剣幕と勢い―――黎曰く『シリアスっぽい雰囲気にする能力』に押され、二人が慌てて指示に従う。


「うおりゃああああああ」


 晃陽が、左手で掴んだ虚空あくりょうを、窓の外に放り投げた瞬間、曇天がパッと晴れ、陽が射しこんだ。


「ふん、造作もないわ」


 あまりにも出来過ぎた偶然であったが、意思が堅そうな大きな目で空を見つめる彼を見て、一同、納得させられてしまった。


 、と。


「香美奈」


 事件の犯人。否、妖怪だか悪霊だかに憑りつかれていた憐れな女子生徒の方を振り返った晃陽は、初めて彼女を名前で呼びかけると、こう続けた。


「もう、大丈夫だぞ」

「……ぷっ」


 笑われた。


 晃陽は不機嫌な表情を見せかけたが、直後の香美奈の様子に、安堵の息を吐く。


「ふふっ、なにそれ? そん、なの、ズッ……いるわけ……な゛いっ、じゃ、ない……! 」


 次第に立っていられなくなり、その場に崩れ落ち、顔面を覆って泣き続けた。


「もう、嫌だぁ……ごはん、ちゃんと食べたいよぅ……。その上泥棒なんてぇ……うわあぁぁぁん!!」


 遂には声を上げての慟哭どうこくへと変わっていった。


「……」


 晃陽曰くの“嘘臭い薄笑いの仮面”を外した香美奈に、色白でショートカットの、転校生が声をかける。


「なら、やらなきゃいいじゃない」


「む……無理だよぅ……あのグループ、勝手に辞めたら酷いんだよ?嫌がらせとか、いっぱいされるし、私も、一緒になってやったことあるしぃ……」


 空は晴れたが、一同にはまた重い空気がたちこめる。それを振り払ったのは、やはり明だった。


「それは分かるよ。何となくだけど、分かる。でもね、浅井さん。それでも、辞めなきゃダメ」


 きっぱりと、言った。


「もちろん、浅井さんは良くなかった。でもね、私、それよりも大勢の影に隠れてコソコソ人の悪口言う人が一番嫌いなの。

 もし、浅井さんが反省して、情報海オーシャンのグループも辞めるって約束してくれるのなら―――私が、浅井さんの味方になってあげる。転校生だしね。新しい友達も、欲しかったし」


「……ほんと、に?」


 ようやく鳴き止んだ香美奈が、か細い声で聞く。


「うん。でもね―――」

「当たり前だろう。香美奈、お前も二年生からは文芸部と、黎に次ぐ俺の助手としてむぐっ」

「東雲くんは引っ込んでて。今は大事な話をしてるの」

「誰が助手だってんだよ。このポンコツ探偵が」


 明と黎から両頬を掌底で押さえつけられている晃陽の顔を見て、香美奈が、また笑った。泣き笑いではない。本当の、笑み。


「でも、本当にできるの? 浅井さん」

「……頑張る」


 明も、今日初めての、はっきりとした笑顔を見せた。


「自分で決めたことは、ちゃんとやり抜くんだよ。そういう意味でなら、私はこっちの変な人の方がまだ立派だと思う」

「変な人とは何だ。まだとは何だ」

「紙一重の差だけどね」

「紙一重」


 絶句してしまった晃陽をよそに、明は氷月の方を見た。


「あとは、お願いしても?」

「もちろんだ。ここからは、先生の役目だからね」


 請け負った氷月は、「じゃあ、行こうか」と、変わらぬ柔らかな口調と仕草で香美奈を連れて行く。お説教と、なんらかの補習が増えることだろう。


「事件解決だな、晃陽。ま、お前にしては頑張った方じゃねぇの?」

「中二病が人を救うことって、あるんだね」

「うるさいぞ、黎、明」

「あなたに名前呼びを許した覚えはない」

「なんだと」

「あはは。やっぱり東雲は東雲だなぁ」

「どういう意味だ月菜」


 黎と明、配膳係の女子五人組も一緒になって笑う。そんな賑やかな輪の中心になった晃陽は、しかし、誰も気が付いていなかったが、心中で、こう呟いていた。


 ―――つまらない。


 せっかく、

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